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無音の魔術師  作者: 芹沢十嘉
第二章 学園
31/63

7.彼らとなら

 暗い、深いところに堕ちていく錯覚。自分を見失いそうな予感。

 何の為に、俺は武器を持つのだろう。

 初めはアリスティに会えるかもしれないという、浅はかな考えで戦うつもりだった。きっと、その思いはまだ、俺の中の片隅に残っている。

 だが、その為にアリスティに銃を向けることは出来るのか。魔術を放つことが、出来るのだろうか。彼女と会うために戦う術を手に入れ、結局、俺が彼女に武器を向けることになるのだとしたら。俺は何故、武器を握るのか、分からなくなる。

 何故、俺は入れ墨を彫って貰おうと思ったのか。捨てることの出来ない武器を体に刻みつけてまで、俺は人殺しになりたかったのか。

 確かにあの赤髪、ヘンリーは殺したいと心の底から思う。しかしその為に俺は、アリスティを殺せるのか。

 共にいた時間は、彼女より学園の皆の方がずっと長い。その上、ライラックとヴィクトルは、きっと、戦場まで共に行くだろう。


 俺は、誰を守り、何と戦えば良いのだろうか。


 この暗闇に堕ちて、全てが夢になってしまえばいいのに。

 彼女との思い出が、重荷になるのなら、全てを夢にしてしまえばいいのだ。


××××××


 父は降伏をするべきだ、と言っていた。しかし、父は死ぬことになる。

 軍の上層部の連中は、降伏はすべきではない、と言っていた。どうせ、戦争をしたいだけなのだろう。逆に攻め込んで、煩わしいロテリアを滅ぼすつもりなのかもしれない。

「レグルス?」

「……」

 目の前では、皇帝たる父と、軍の連中が言い争っていた。

 現在、この国には徴兵制度は無い。つまり、職業軍人と、軍人志願の学生。奴隷、そして、身寄りのない子供たちによる臨時兵。それが俺らシャルル帝国の兵力だ。

 しかし、魔術師はエルフが多い為、その大半を奪われたことになる。

「青き森のエルフ共を使えばいいだろうっ!」

「彼らは中立です。その協定を破れば、ロテリアに回られる可能性もある」

「それでも、大した魔術も魔道具も持たないロテリア軍などに引けは取らん。エルフ共も数発魔術か攻撃を食らえば呆気なく死に絶えるだろうよ」

「ちょっと、あっさり第一防衛線を破られておいて、何を言うのよ。半分はエルフだったと聞いているわ!」

「黙ってろ、リース。大人は子供に指図されるのが嫌いだ」

 父が、自らの命と引き替えに民を救おうとしているのに、彼らはそれを止めることもなく、王の決意を嘆く事もせず、戦争で得られる利益のみを主張していた。

 俺は、降伏しても良いと思う。皇帝の力を軍が支配しているような、腐った国は滅びるべきだ。

 例え、父が犠牲になったとしても。

「リース」

「何よ」

「……おそらく、敵はもう戦争の準備を始めている」

 今、シャルルも本格的に始めなければ、例え戦うことになっても、手遅れだろう。軍人はいい。国境付近の国民を、避難させるべきではないのだろうか。

「そうね。でもあの人たちは、国のことしか考えていないわ。国の利益とか。国民も国の一部だというのに」

「理解不能。あいつ等はきっと、脳みそが縮んでいる」

「しぃっ、聞こえちゃうわっ!」

「平気だ。聞いてない」

 双子の姉は辺りを見回すと、小さく微笑んだ。釣られて俺も笑みをこぼす。リースは俺の片割れだ。エミルも含め、三人で安全に過ごせる場所がほしい。

 戦争をするにしても、長引かせないでほしい。エミルが、戦争に出るくらいなら、俺は何をしてでも戦争を止めてみせる。

「レグルス?」

 ここまで考えて、俺はため息を吐いた。正直、子供が考えることではない気がする。切実に、年相応な思考回路がほしい。


××××××


 主に今週は、左手の水と風の魔法陣を使った陣魔術を中心に特訓をしていた。やはり、利き腕の方が使いやすい。

 正直、雷の魔術が一番得意だ。一番最初にコツを掴み、自在に操れる。他のは無理だが。

「調子も良さそうだな。魔術も安定してきた」

「……」

「後は、その力任せな所を繊細にいけたらいいのだが……」

「んなの無理だろ。こいつはこれでも勢い任せな馬鹿だからな! ……て、うわぁっ! バチバチの方の魔術はやめろっ!」

(猫は黙ればいいのに)

「本当に、雷の方は凄いのに」

 あれから、一ヶ月。

 俺は、入れ墨での陣魔術の訓練を受けていた。魔法陣が両腕に二つずつついている為、感覚で位置を把握して、安定して魔力を込めなければ魔術は使えない。

 根が適当なのか、いつも色々な魔術が混ざり合ってしまう。

「確かに雷の魔術だけは、上手いんやけどな。ゼシカ、止めたってあげてな。流石に怖がっとる」

「そ、そうだぞー。こ、怖くはないけどなっ」

 近頃は、ずっと訓練だ。もう何日も授業を受けていない。一級と三級の生徒たちは、すでに兵士として扱われているのだろうか。だとすれば、シャルルは戦争を選んだのだろう。

「そうや、僕と手合わせせぇへんか?」

 いきなりのヴィクトル先輩の申し出に俺は力一杯首を横に振った。とても太刀打ちできないだろう。

せめて、まともに銃を使えるようになってからにしたい。

「んじゃあ、ライラックは?」

「ヴィクトル、本気出してくれないから嫌だ」

「仲間相手に、本気は無理やって」

 苦笑してヴィクトルはため息をついた。ここの所、訓練もメニューが定められて、自由に出来なくなった。つまりヴィクトルはここ数日間、誰とも手合わせをしていない。

「はぁぁ……酒飲みたいわー」

「え? そういや何歳なんだよ」

「僕? 二十一」

 正直、俺と同じくらいだと思っていた。近いが、それでも二歳程差がある。


『では、いつも酒を?』


 地面に書いた俺の文字を読んだヴィクトル先輩は、微かに目を丸くして、その後笑った。

「なわけないやろ。僕、酒癖悪いねん。一緒に飲む相手がおらへんのに、無理やって」

「イリーナとかって奴は?」

「あぁ、イリーナはまだ十九なんよ」

「へぇ……」

 ライラックは、水をがぼがぼと飲んでいる。何度も魔術を放った俺は、汗を拭った。段々暑くなってきたように思う。頭が痛いのは何故だろうか。

「ライラックは何歳なん?」

「お、俺は、十五歳、だけど……」

「そーなん。後五年で一緒に酒飲めるな!」

「え? あ、うん」

 ヴィクトル先輩は気づかなかったのだろうか。高等部に入学するには、少なくともその年に十六歳になっていることが必要だ。しかし、ライラックは十四歳で入学したことになる。二年も足りない。

「なあ、ゼシカは? 二十歳になっとるん?」

 どうやら熱にやられて、頭がいかれているようだ。

(まぁ、指摘しない時点で、俺も充分いかれているかもな)

 俺はため息を吐き、地面に木の枝で文字を書く。

 話せないのは、やはり面倒だ。特に訓練中は。


『十九になります』


「なる?」

 そうだ。俺の誕生日は明日。だが、二人に言う義理はない。

 こんなご時世、誕生日を祝う心の余裕がありはしない。後、明日の休みは一人でゆっくりとしたい。

「僕だけかぁ。しゃあない。諦めるわ」

 その時、全員走れ、と合図があった。

「んじゃあ、行ってくるで!」

 一番足の速いヴィクトル先輩は、飛び出していった。

「……?」

 しかし、いつもは先輩について行くライラックが、俺をちらちらと見てくる。

「その……、誕生日!」

 ライラックがそう叫んで、顔を赤くした。こいつは、俺の誕生日がすぐだと気付いたのだろう。

「べ、別にあんたを祝いたいとか、そんなんじゃなくてだな、その。……ちゃんとした日教えないと、ヴィクトルと適当におしかけるからなっ」

 訳が分からない。

 ライラックはヴィクトル先輩に負けないくらいの勢いで駆けていった。

(……何だ?)

 胸の辺りが、とても熱い。

 ライラックが言った通り、ヴィクトル先輩は誕生日だと聞けば騒ぎそうだし、ライラックも意外と仲間には尽くすタイプだと、俺はここ三ヶ月で知った。

 彼らとなら、戦える気がした。

 命を懸ける価値のある人達が、ここにはいるのだ、と気がつけた。


××××××


 自室に戻ると、ジノが何かを書いていた。

「おかえり」

 俺は頷いて答える。

 結局、食堂では両側から二人に言い詰め寄られ、誕生日を教える羽目になった。

「さっき、ライラックが来たぞ。明日お前の誕生日、一緒に祝わないか、と」

 振り返ったジノに、メモ帳を突きつけた。

「え? 勿論、祝う。妹もな」

 何故妹を巻き込むんだ。妹と一緒にいたいなら、そうすればいいのに。

 そう言えば、ライラックと面識があったのか。

「俺らとライラックは、友達になった」

 ジノは微かに口を開きかけて、躊躇っていた。俺が首を傾げると、小さく呟く。

「お前もな」

 ジノはロテリア人だが、嫌いではない。だから、ロテリアには悪い奴らしかいない、とも思わない。

 ジノは書いていたものを、封筒に入れた。ほんのり青い封筒だ。


『これは?』


 すると、ジノは淡く微笑んだ。手紙を撫でて、呟く。


「ラブレターに、返事をな」


 そのまま苦笑する。

「遅いって、怒られそうだけど」



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