6.準備の開始
僕にとって会って間もないゼシカとライラックは、それでも弟の様な存在だと思っている。出会いはほんの偶然で、一方的に気に入って、付きまとっただけだったが、今では何となくこの形に落ち着いたような気がする。
まだ一カ月程しか経っていないが、きっと友情が芽生えた、と僕は思う。
「ヴィクトルっ、あんたまた寝ていたでしょ! ただでさえ授業数減ったんだから寝てたら留年するよっ」
「んー、きっと大丈夫やって」
「きっと、って!」
イリーナは、何かと心配してくれる良い奴だ。一年生の時から手合わせをする仲で、ライバルだ。相手をした中で、彼女が一番、僕についてこれる。胸は小さめだがそこが良い。僕は欠伸をすると、そのままため息を吐いた。
「イリーナ。そのまま三歩バックしたって」
「え?」
「ええから」
イリーナは三歩下がった。それと同時に、彼女の両脇から男子生徒が二人、僕に近付いてきた。イリーナは気付いたが、何か言うよりも早く、彼らは僕に水をぶっかけた。
「どうしてお前みたいな奴が、この一級にいるんだよ。タウフェニス」
「……シャルルの裏切り者め」
これは今に始まったことではない。この学園が始まってからずっと続いている。ただ、イリーナが見たのは初めてだろうけれど。彼らの気持ちが分からないわけではない。逆に、彼らは自分の気持ちを押さえている方だとも思っている。
「僕はシャルルに忠誠を誓っとる」
「んなのわからねーだろ」
きっと僕なら、殺そうとするはずだ。
「兄が立ち塞がろうが、僕は戦うで」
あいつを、殺すつもりでいるから。
「そ、そんなの知るかよ。言うだけなら言えるだろっ」
「僕は、この国の為なら死ねる」
「……っ!」
今まで、こんな人前で言われたことはなかった。だが、周りが僕をそんな目で見る事は当然だろう。
僕は彼らに笑いかけると、髪を掻き上げた。昼休みだし、食堂に行けばゼシカとライラックが僕の分の昼食を用意して、待っているだろう。
「腹減ったなぁ……」
「ちょ、ヴィクトルっ」
「なんや?」
「どうして、笑ってるの」
イリーナは、僕を見て顔を真っ青にしている。心が優しすぎる彼女には、やはりここは似合わない。
「ありがとな。僕は大丈夫や」
きっと、イリーナは戦場で戦えない。
××××××
カレー、ハンバーグ、パスタ。
俺が座ってくると、ライラックがそれらを持ってきた。
「おい、あんたも手伝えよっ!」
「…………」
器用な奴だ。頭に一つ、片手に一つ、口に一つ加え、もう片方の手には飲み物のコップが上手く重ねられている。
「あんたどれ食う? 俺ハンバーグ!」
俺は、カレーを取った。この頃パスタばかりで飽きたから、今日からはカレーを食べようと思う。
「ゼシカぁー! ライラックーっ!」
「あ、ヴィクト、……っ!?」
ライラックの言葉が途切れた。俺も振り返って、固まった。
ヴィクトル先輩は、頭から爪先までびしょびしょだった。見ると、歩いてきたであろう方の床も水が光で輝いていた。
「ん? あぁ、水も滴るいい男やろ?」
「こんの……馬鹿やろーーっ!」
ライラックはヴィクトル先輩に駆け寄り、その顎に頭突きした。痛いんだよな、あの頭突き。俺はタオルを借りてきて、ヴィクトル先輩に投げた。
「……君らなぁ。僕のことなんて心配せんでもええのに」
別に、心配しているわけではない。ライラックは無言で俯いている。
「どないしたん?」
「……誰がやったんだよ」
「え?」
「俺が、そいつらを……うぐっ!?」
ライラックの後ろに来た俺は、彼の頭に全力で手刀を振り下ろす。少しは筋力もついてきた。ライラックは勢い良く地に伏した。
「な、何やってんねんっ」
俺はヴィクトル先輩に微かに笑みで返して、カレーの下へ戻った。
「うわぁぁ、どないしよ……どないしよぉっ」
「ヴィクトル、取り敢えずお前が着替えてこいよ」
「なんで?」
周りの声にヴィクトル先輩は、疑問で答えた。俺が彼のことで怒ったりしているというのに疎いにも程がある。
振り返れば、ゆらゆらと起き上がったライラックが恥ずかしそうに俺の隣に座った。ヴィクトル先輩はそのままライラックの隣に座ると、パスタを食べ始めた。
「悪かったな……ゼシカ」
横を見下ろせば、ライラックはハンバーグにかぶり付いたところだった。
「今日やな、そう言えば」
「んー、なんの話だ?」
「ゼシカの入れ墨」
俺は頷いた。両腕に魔法陣を彫って貰うことにした。ジノは反対していたが、あれ以来何も言ってこなかった。
××××××
ゼシカがいない訓練の時間は伸び伸び出来て気分がいい。
「ライラック、僕がおるやろ。寂しくないで。な?」
「さびしくねーよっ!」
何となく周りを見回していたのは、変な気配がしたからで、気配を探していたわけではない。
ヴィクトルは俺の隣で片腕で逆立ちしていた。しかも、それで前に進んでいた。俺も真似してみる。二人してそのまま前に進む。
「…………う」
頭に血が上る。
「おいっ、お前ロテリア人らしいな」
「なんでこんな所にいんだよ。怪しいなぁ……」
「えっ、あの……」
そんな声が聞こえて、俺とヴィクトルは立ち上がった。男の生徒が、女子生徒を囲んでいた。
薄い、どちらかと言えば銀髪に近い金髪を肩の辺りで束ねている。可愛い子だ。
「あれ、やばくないか?」
「んー。なんか見覚えが」
その時、一人の男子が、その女の子の腕を掴んだ。びっくりして可哀想だ。可愛い子なのに。俺は駆け寄ろうとした。多分ヴィクトルも。だけど、足は固まった。横を何かが通り過ぎたから。
「俺の妹に触れるな!」
猛スピードであいつらに突っ込んでいった男は、華麗な跳び蹴りを食らわせ、女の子を後ろに庇った。
「大丈夫か」
「お、お兄ちゃん……」
「下がれ。俺が守るから」
何だか女の子みたいな顔の奴だ。でも、女の子がロテリア人と言うことは、あの跳び蹴り野郎もロテリア人なのかも。
「ジノやったかぁー。ライラック、止めるでっ! あれはヤバいわっ」
ヴィクトルは槍を掴むと、全速力で悪いほうの生徒と、兄妹の間に入った。
「はいはい、喧嘩はやめたってな。君、ロテリア人が嫌なら関わらんでええわ。で、ジノ、跳び蹴り格好良かったで」
「先輩……。どうも」
「タウフェニス……お前も裏切り者のくせに」
今度はヴィクトルが標的になってるし。俺もヴィクトルの隣に行ったけど、ヴィクトルはへらへらしていた。
「何言っとるん? 僕は裏切ってないで。裏切りもんは兄貴の方や」
「ヴィクトル、もう行こう」
「……そうやな。後ろのお二人さん、一緒に訓練せぇへん?」
薄い金髪の兄妹は、小さく頷いた。
ヴィクトルは、自分が何を言われても怒らない。それが不満だ。馬鹿にされたなら怒るのが当たり前だと思う。ヴィクトルは強いし、尊敬してる。だからそんな風に言い返しもしないのが、不満だ。そんなんだから侮られて、馬鹿にされるのに。
「ライラック? 怖い顔やで」
「ヴィクトルの馬鹿やろー」
「えぇっ? 何でやぁ……っ」
全く理解してないなんて、質が悪い。馬鹿にされるのは馬鹿だからだ。
「なんか今日はえらい馬鹿ばっか言われるなぁ」
「だけど……」
ジノとか言う奴が口を挟んできた。やっぱり可愛い兄妹だ。顔が。
「俺も先輩は馬鹿だと思います」
ただ無表情に言い放つ奴のオーラが凄く怖い。思わず毛が逆立ったし。
「ヴィクトル先輩ー、一戦ほど頼みますー!」
「すぐ行くで! ライラック、あと頼むわー」
「あ、えっ?」
いつもの通り、ヴィクトルは呼ばれてしまった。二人が何だか怖いのに。
振り返ると、女の子が言った。
「ライラックくん、ですよね?」
「そう、だけど」
「お兄ちゃんは怖くありませんよ?」
「……二人の名前は」
兄の方はジノ、なのは分かっている。俺たちは並んで腹筋でもしながら話し始めた。
「俺は、ジノ・ハプノス」
「私はミキナ・ハプノスです」
で、ロテリア人か。
確かに雰囲気も、シャルルのとは違うような気もするような。
ジノは、動きを止めて俺を見た。
「なぁ、君のゴーグルってどんなの?」
「んー。部屋にあるけど、俺のはただの支給ひ、ん……」
「へぇ」
答えてしまった。
真っ青になってると思う。俺はかなり真っ青だ。空色だ。
だけど、ジノはそれ以上何も聞かずに手をさしのべてきた。
「これから、宜しく」
「え、あ、うん」
「じゃあ、私も」
「……うん」
訓練場で仲良く手を繋ぐ三人って、凄く合わない。
××××××
「この辺りはどうかな?」
「あぁ、ただ値が張るな。逆にこっちだと、サイズが無い」
「じゃあ、これは? 少し高いけど、あれ程じゃないし、皆少し良いやつの方がいいって言ってたし」
ヘンリーは、私の指したゴーグルと別のとを手にとって、検討している。
ロテリアは砂埃や、塵が凄いので、皆自分のゴーグルを持っている。中にはブランド物もあったりして、面白い。
「仕方ない。ロイゼンには、機能性を語るとしよう」
「皆、気に入るといいね。そうだ。ベルトの部分に青い旗のマークつけて貰おうよっ!」
「……その分働くぞ」
「勿論。後は軍服だね」
「それは明日に届くらしい」
ロテリア軍の中で新たに、兵団、というものを作った。言わば小隊の様なもので、機動力を武器にする、らしい。
私は、ヘンリー率いる、第六兵団の団員だ。今まで軍服は、古い型の物から新しい物まで色々だったので、兵団に所属している者は新たに軍服を支給することになった。あとゴーグルは、皆でお揃いにしようよ、と言ったら了解してくれた。
「アリスティ。人数分買っておくから、荷物運びを連れてきてくれ」
「了解です、団長殿!」
「……はぁ……早く行け」
私は、だいぶここに馴染んできたと思う。周りの人は、良い人ばかりで、中にはいけ好かない奴もいるが、大切な仲間が沢山出来た。
私はもう、シャルルには戻らない。それにあの頃の私は、世界のことを、余りに知らな過ぎたのだ。




