断章.美女探しに行こう
「あ、女王」
通り過ぎていった教師の、女の方を見て、ヴィクトル先輩は呟いた。
確かあの教師は、厳しいことで有名だ。ついでに、隣を歩いていた男教師と付き合っている。
「女王って。ただの教師じゃねえかよ」
「性格からして、そんな風に呼ばれてるんよ」
「他に付けようがないのかよ。魔女とか、ツンデレお嬢とか、唐辛子とか」
「……何や、それ」
俺は引き続き、本の続きを読むことにした。下らない話に付き合うのは御免だ。
「ほな、ゼシカは女王のニックネームは、どんなんが良いと思う?」
俺に振るな。
しかし、ニックネーム、あだ名か。
まぁ、イメージならある。
『酸っぱい林檎。料理しないと美味しくなさそう』
ソズの林檎みたいな感じだ。
すると、ヴィクトル先輩とライラックが目を丸くして俺を見ていた。
『下ネタではありませんけど』
「なんやぁ」
「ま、まあ、アンタなんかに下ネタ言えるわけ無いけどなっ!」
「じゃあ、あの教師は?」
ヴィクトル先輩が視線を向けた先には、なんとも優しそうな、老女。つまりは教頭なのだが。
『熟れすぎたバナナ』
「あー……なんか分かってしもた」
「悔しいけど、俺もだな……」
無駄に甘ったるくて、逆に鬱陶しいあの、バナナだ。
きょろきょろしていたヴィクトル先輩は、なにかに気付いたように立ち上がると、窓に駆け寄った。
慌てたように俺たちを手招きする。
「あの女子、見えるか」
軽く頷いておく。
「高等部一の美女らしい」
確かに、黒い髪は艶やかだし、スタイルは、遠くから見ても良いのが分かる。
「そう言うわけで」
「なんだよ?」
「アスパティ市学園の美女探しに行くでっ!」
俺は全力で首を横に振った。行きたくない。面倒だ。美女が気にならないのか、と言われれば嘘だけど。
彼は、あからさまに不満げな表情を浮かべてやった俺の肩を掴む。
「僕かて、今まで築いてきたキャラ壊す危険冒してまで誘ってるんや。ええやろ。一緒に来たってー!」
「え、あ、ヴィクトル、俺は行くから、大丈夫だってばっ」
意味が分からない。だったらそんな大冒険しなければいい。俺は溜息を吐き、一言二人に聞いた。
『何故、そんな事するんですか』
「男やから」
「…………」
他に理由はないのかよ。言いたいことはあるが、文字を書く手が疲れた。結局、ヴィクトル先輩が言い出したことに、俺たちは逆らえない。
××××××
まさか、初等部から見て回るとは思わなかった。全部見て回る気だろうか。
「ヴィクトル兄ちゃんっ」
「また遊びに来たのー?」
「…………また?」
話を聞くとよくここに来ては相手をしているとか。面倒見が良いらしく、ヴィクトル先輩も子供は嫌いではないらしい。
初等部の教師になればいい気がする。
オリガと同じくらいの子が沢山だ。
「あの子や。将来美人になるんとちゃう? 僕が勝手に予想しているんやけど」
確かに、二重の瞼に、白い肌。微かに紫がかった髪。しかし、幼女。
勿論、俺の好みではない。
気弱そうで、おどおどとしているところがウサギみたいだが、もう少し落ち着きが欲しいところだ。初等部の生徒には求められない要素だと思う。
つまり俺は、ロリコンではない。
「んー、壊れやすそうな危ういところが良いんじゃねえか?」
「ライラックっ、分かるんやなっ!」
お前らが色んな意味で危ういよ。
中等部。
ここでも彼は人気だった。
「ヴィクトル先輩!」
「私の話も聞いてくださいよぉっ」
流石は学園一の男。
そして、美人美人と言いつつ、あまり男女での態度に差がない。
「……」
ライラックまで、ヴィクトル先輩に目を輝かせている。
ヴィクトル先輩は、慣れた様子で後輩と話しながらある教室まで、俺たちを連れてきた。
「あの子」
見れば、この年齢にそぐわない体つきの少女。男ならば、眼福だと思うのだろう。勿論俺も男だ。ロリコンではないが。
「今度はどうやっ」
「な、何か見るのがはばかれるよ。ヴィクトル」
「…………」
だが、まあ好みではないな。
高等部。
「例の美人の友達もなかなからしい」
『見たことないんですか』
「無い」
「…………」
初めに窓から見た女は、貴族らしい。二級の教室にいた。
「美女やなぁ」
「綺麗な女だ」
『美人なのは認めます』
自信に満ち溢れている女性と言うのは普通、魅力的だという。しかし彼女の場合、周りを見下しているように見えて、あまり好感を抱けない。
××××××
昼休みも終わりが近づき、俺たちは並んで教室に向かう。
「あの女、おしいよなぁ。後は胸が大きければいいのに」
「何言ってるのさ、ライラック。小さい方がいいに決まっとる」
「大きい方がいい。男のロマンだろっ」
「でかすぎは嫌らしいだけや! ものには加減がある!」
こんな内容の言い合いを廊下で繰り広げないでくれ。恥ずかしい。お前らと知り合いだと言うことから、まず恥ずかしい。
「ゼシカはっ!?」
『じゃあ、その間で』
二人は極端だ。
俺の答えを適当だと思ったらしく、ライラックは頬を膨らませた。
「じゃあ、あんたの好みは何だよ」
「……?」
「女の」
考えたことはなかった。取り敢えず、偉そうな奴は苦手だ。押しつけがましいのも嫌いだ。しつこいのも御免だ。
嫌いな奴ばかりだ。
「僕は何だかんだで、笑顔が可愛い子がええなぁ……」
微笑ましい回答だ。
「僕の周りの女、馬鹿怖ぇ奴ばっかやったし……」
こいつは一体何されたんだろうか。
「でも俺も笑うと嬉しいぞ。すぐ怒る奴は嫌いだ。焼き肉してくれると大好きだ」
(……猫。それは現金過ぎだろ)
ため息を吐いて、思考を巡らす。
好きな表情か。俺は身近にいた女といえば、メリアとソフィア様、エミルにベル、そしてアリスティだろう。
みんなある意味気が強かった。
「ゼシカはどうなんだよっ」
メリアはよく怒った。ソフィア様は人妻なので考えない。エミルは、再会した時の殺気放つ表情が脳裏に焼き付いている。ベルは、ひたすら笑顔しか思い出せない。
アリスティは。
(……泣き顔、か?)
正直、アリスティの泣き顔は欲情的で、略奪欲に駆られる。俺にしか見せない表情が何だか。
そこまで考えて、思考が停止した。
(お、俺は一体何を考えてっ……!)
気付くと、二人が俺の顔を覗き込んでいた。
「ゼシカくーん? 顔、赤いで」
「……どうせエロい事でも考えていたんだろっ」
「…………」
顔が熱い。俺は覗き込んでくる顔を押し返し、顔を俯けた。
(やばい。やばいやばいっ!)
やけにうるさい心臓の音を、押さえる術が分からない。服の胸元を掴んでみると、やはり早鐘を打っていた。
「ほんまに大丈……って、なぁ!?」
「うわっ! ちょ、……もういねーし」
暫くお前等の顔は見たくない。
馬鹿やろう。




