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無音の魔術師  作者: 芹沢十嘉
第二章 学園
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3.VSライラック

 ヴィクトル・タウフェニスの戦いを見て、呆然としていた俺たちは、彼が近付いてきたことで我に戻った。脳天にかかとを食らった先輩を背負っている。

「君たち、二年生やって……だってね」

 ライラックは、キラキラと輝いた目で彼を見ている。どう見てもあなたのファンが増えましたね。

 一方俺は、そんな気持ちにもなれずに赤髪を見つめた。やはりヘンリーにそっくりだ。雰囲気が正反対だが。

 あと先程は気付かなかったが、なんだか話し方が微妙に訛っている。言い直していたけれど。

「あーっと……どうして、輝いた目と、殺気のこもった目で見られとるん?」

「は? あんた、何睨みつけてんのさっ! 失礼だろっ」

「安心し。別に僕は気にしないさ」

「気にしろよっ」

 お前も充分失礼だろう。

 俺はライラックの足を踏みつける。痛みにしゃがみ込む彼は無視し、メモ帳を取り出した。速書きも慣れてきた。なかなか文字は綺麗にならないけれど。


『睨んでいません。目つきが悪いのは通常装備なので』


「んー、そうなん。笑えば可愛いんだろうに、勿体無いで」

「いっ! 痛い痛い痛いっ! 踏むな、俺を踏むな悪魔ぁっ!」

 可愛いなどと言われても、すこぶる嬉しくない。逆に殺意倍増したけれど良いのですか、ヴィクトル先輩。俺短気なんですけど、どうなのですか。と言う怒りを、ライラックの足の甲にぶつける。

「き、君ら何しとん?」


『訛ってますよ』


「なぁっ!? どうせ、エセとか言うんやろっ!」

「…………」

 まだ何も言ってない。

 動揺のし過ぎに笑いがこみ上げる。

 ライラックは痛みから復活したのか、むくりと起きあがって俺の顎に頭突きを繰り出した。

(ふざけるなよ、チビが)

「散々踏みにじりやがって……っ」

 舌を噛んで痛い。下手したら窒息するだろう。口を押さえた俺は、奴の頭を押さえつけた。やはり彼には心を広く持てそうにはない。

 火花を散らし始めた俺たちに、ヴィクトル先輩はおろおろするばかりだ。先輩としての威厳はどうしたのやら。

 学園一が聞いて呆れる。

「な、仲直りせえ。今から試合せなあか……いけないだろ」

 再び修正した赤髪。面白いし、そのままでも良いのに。

 涙目のライラックを見下ろし、ため息を吐く。本当なら今頃、隅で銃の練習でもしていただろうに、どうしてこうなったのだろうか。

 俺たちは片付けの終わった試合場の真ん中へ歩いていった。


××××××


 二丁の拳銃の安全装置を外し、構える。一丁に二十五の弾丸、つまり両方で五十の弾丸が込められている。だからと言って、両方同時に使うだなんて芸当、俺に出来るわけがない。つまり、二丁あるのは、弾丸数を増やす為、盾代わりにする為だ。

 しかもこのロテリア製の拳銃は、どうやら改造してあるらしく市販では売られていないらしい。火力が強く、弾丸にスピードがつく代わりに、上手く使わないと肩を痛めるぞ、としつこい位に言われた。

 ライラックは、腕に鉄の爪のような武器をはめ、グリップを手のひらで握り込んでいた。先がフォークのように三つに分かれている。食事を始めるには物騒過ぎるけれど。

「どうした、ビビったのかよっ」

 動き始めたのは、ライラックが先だった。俺は伸ばした右手の下に左腕を添えて、狙いを定める。

 いや、定まらない。

 右に行くと思えば左に行き、下がると思えば迫ってきた。

(……近いっ)

 俺は、定まらないまま慌てて引き金を引いた。強い衝撃に腕が悲鳴を上げる。そう言えば片手で打つのは初めてだな、とか思って。

「下手すぎ」

 ライラックは腕を振るった。慌てて拳銃で防ごうとしたが、発砲の所為で予想以上に重心が後ろにあったらしい。

 俺は、後ろにひっくり返った。頭上で、ひゅんっ、と空気を割く音。

 俺は躊躇わず、下から再び銃を撃ちまくる。運良く当たれ、と言わんばかりに。自分でも呆れる。

「なっ……」

 その銃弾の雨から逃げるようにライラックは飛び退いた。

 彼は離れたところから、警戒して俺を見ている。

 衝撃に震えた肩は、力が入らない。右の拳銃は、弾丸が尽きた。

(……やばいな)

 格好悪すぎる。まず、当たらない。勢いに負ける。撃ちまくってしまった。機関銃、と言う物もロテリアにはあるらしいが、俺にはその方が向いている気がする。

「ゼシカ、降参しろよ。エルフは遠距離専門だろ? ワンオンワンで勝てるわけ無いから」

 また、手加減されてる。

 戦いの中に身を置き続けてきた人を羨ましいなどとは思わない。きっとライラックも、武器を握り続ける日々を送ってきたのだろう。アリスティだって、弓の練習をしていたのだから。

 だったら俺は一体、何なのだ。

「ゼシカ? おーい、疲れて声も出ないのか?」

 ライラックが遠くで叫んでいる。もう俺が勝つことないと言っている。

 魔術が使えたら良いのに。全力で魔力を込めて暴走すれば、あの時みたいに。

(……手加減したら、俺が負けるし)

 声は出ない。

 だったら方法は一つだろう。

 ちょうどライラックは、余裕で勝てるからと気を抜いている。正直腹が立つが、実力差は認めざるを得ない。

 俺は地面を引っ掻いて、魔法陣を描き始めた。指先が血でにじもうが、構わない。二度とあんな惨めな思いなんてしたくないから。

「……魔法陣?」

 赤髪の声が届く。ヘンリーと向き合った時の高揚感が、蘇った。

 俺は、思わず口角が上がるのを感じた。魔法陣に両手で触れ、全力で魔力を注ぎ込む。

「……っ」

 狙いはやはり、定められない。しかし、一つでは無理でも、沢山で攻撃すれば当たるかも知れない。

 そう考えたら、辺りに魔法陣が現れた。黄色に輝いているから、雷の魔術とわかるだろう。

「猫っ! 集中せぇ!」

 魔法陣は、一斉に雷を吐き出した。

 ライラックは持ち前の反射神経と俊敏性を駆使して直撃を免れた。

 しかし、雷はまっすぐに進まない。

 ライラックの鉄の爪に引き寄せられた雷は、微かに当たった。

「ゼシカ、このっ……死ぬだろーがっ」

 叫びながら武器を投げ捨て、俺に向かってくる。

 俺は立ち上がり、まだ弾の残っている拳銃を彼に向けて、視界が暗転した。


××××××


 起きたな、とか思いながら、目を開けるのもどこか億劫で俺は寝返りをうった。やはりベッドの上だ。

「…………」

 目を微かに開くと何故か、そのベッドに突っ伏した奴。目の前で耳がびくびくと動いた。妙に俺を苛立たせる耳だ。

 俺は容赦なく落としてやった。

「ったああああ!」

 ざまあみやがれ、猫野郎。

「友達の一人もいないあんたの為に、看病してやったこの俺の恩に仇で返しやがったなっ」

(……頼んでないし)

 放置すればいいのに、物好きな奴め。

 額に手を持って行くと、ヘアバンドはついていた。俺は思わず、息を吐いた。あの傷は見られたくない。

 どうやら連れてきて寝かしただけのようだ。靴は何故か片方だけ脱がされていたが何故なのか。こいつがやったのなら、馬鹿なのか。

 ノックの音が聞こえ、医務室に人が入ってきた。

「ん、ゼシカくん起きたんか」

(ヴィクトル先輩か。……面倒くさい)

 彼もライラックも、既に制服に着替えていた。起き上がるが何ともない。

 どれ位の時間が経ったのだろうか。窓から見える空は、暗い青になっている。吹き込む風は少し冷たかった。

「先生、ゼシカくんに話ある言うてたけど、もう遅いし明日にし」

 俺は頷き、ベッドから降りる。あの後どうなったのか聞きたいが、どうやら今その話はしたくないらしい。ライラックも目を逸らして頬を膨らましていた。

「ライラックくんも機嫌直し。勝ったんやから心は広く持ったって」

「怒ってねぇよっ」

「じゃあ、いじけとるん?」

「いじけてもないっ!」

 うるさい。

 ライラックは何故か今日初対面のはずのヴィクトル先輩と仲良くなっている。元々二人は社交的な性格なのだろう。一方、人見知りな俺は、堪え切れなくなった腹が、空腹だ、と訴えたのだった。

 勿論過剰反応したのはライラック。

「ぐーって、ゼシカの? ぐーって?」

(うるさい)

「喧嘩せんといてや。取り敢えず、僕から提案」

 俺はメモ帳を出すのも面倒なので、首を傾げて促した。

 ヴィクトル先輩は、ニコニコと笑い、煌めく瞳で俺たちを射抜く。どこかで見覚えのある瞳に、俺は軽く息を吐いた。

 すると、ヴィクトル先輩は俺とライラックの腕を掴んで引いた。

「夕飯にしよう。ほな、お二人さん行くでー!」

 行く気満々のヴィクトル先輩が、未だ火花を散らしていた俺たちを引きずって食堂に現れたという話は、あっと今に学園中に知れ渡った。結果的に俺は、目立たない生活は出来なくなったという訳だ。

 近頃は、ライラックの所為で悪目立ちしていたらしいから、今更かも知れないけれど。


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