Doppelganger
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Kamishirasawa's side_
「はぁ……はぁ……。こっちだ!! 急いでくれ!」
慧音は息も絶え絶えに足を進める。
そんな彼女の後方を三十超の武装した自警団員たちが、後に続いていた。
的場からの話だと、妖怪が人間を襲っているらしい。
彼はその事と場所を慧音に伝えると、『所用がある』とどこかに消えてしまった。
「しかし慧音先生、その外来人は信用できるので?」
「……分からない。だが、襲撃は本当のようだっただろう? 行くしかない」
現場に向かう途中、一部錯乱状態で逃げる村人から状況を聞き、事の真偽はほぼ確定している。
的場はどこに行ったのか気になるところではあったが、それを確認する手立てはない。
兎に角、今は現状を打開すること。
その一点につきる。
その後暫く走り、人里東部に到着したのは正午を少し過ぎたあたりか。
慧音は自警団員達にテキパキと指示を出しつつ、周囲の状況を窺う。
「こいつは、ひでぇ……」
誰かが唐突に口を開いた。
その言葉に誰も肯定も否定もせず、眼前の惨状を傍観していた。
これは虐殺だ。
男も女も、老いも若いも関係なく、人間が……。
「ふざけるなよ……。何なんだよお前ら(妖怪)! 人里では人を襲うなって、賢者様のお達しを無視するのかよ!」
内、若い隊員が怒声を上げるも、返答は無い。
「慧音先生、奴らはまだ隠れているので?」
「……分からない。が、そう考えて行動する方が無難だろう。各自、隊形を崩すな!!」
妖怪が去った、と考えるのは安直すぎる。
完全にここら一帯を完全に安全化するまで気を抜かない方がいい。
しかし、誤算があった。
この地方が広い。広大すぎる。
家だけでも三十棟以上はあるのだ。
三十人で全てを確認するのは骨が折れる。
なまじ相手は妖怪だ。効率化ばかりに気を取られて、一部隊あたりの人数を減しすぎると各個撃破されかねない。
第一こちらが分かっているのは、『相手の人数は複数』、『敵は妖怪』と言う事くらいだ。
判断もクソも無い。
こちらの人数、情報、練度、何もかもが稚拙すぎた。
それでも、慧音たちに撤退の概念は無い。
こんな惨状を見せつけられて蜻蛉帰り? ふざけるな。
何としてでも犯人を暴く。
そんな思いが一丸となって隊員達に走り、慧音が号令を上げようとした。
その時―――――
「……待って下さい!! 私は敵ではありません!」
二つ奥の家屋から一人の男が、そんな声を張り上げながら姿を現わした。
「……! おい、動くな貴様ぁ!」
それと同時に、何人かの隊員が鉄砲を向けると、『彼』は両手を頭の後ろに組み、膝を付いた。
……あの体勢では、ろくな攻撃を出せない。完全に無抵抗を示す意思表示に見えた。
彼に敵意は無い……かは不明だが、少なくとも『戦意』は無い様だ。
第一彼は―――――
「おい動くなよ! 妖怪め、こうなったら……」
「よせ! 彼は妖怪ではない」
『彼』を知らない隊員が銃口を向けるが、その必要はないだろうことは慧音がよく分かっている。
銃口を手で遮り、慧音は『彼』に近付いた。
「申し訳ない。みんな気が立っている。悪意はないんだ」
「……心中お察しします。もう立っても?」
「勿論だ。的場君」
彼、的場 善路はゆっくりと立ち上がると、膝に付いた土を払った。
「どうも、慧音さん。私の顔を知っている人がいて助かりました。なんせこの格好ですからね」
そう言って自分の服装を自虐的に指した。
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Matoba's side_
「妖怪は全部で四人。どうやら家族のようでした。両親、長男、そして……長女、と」
殺害された村人の亡骸を葬る作業の傍らで、慧音、そして二人の隊員の立会いの元、俺の眼前には三人の妖怪の死体が陳列されている。
妖怪の死体は両親と長男。
長女は厳重な拘束をされ、どこかに連行されていった。
「……的場さん。この妖怪達は、その全部貴方が……」
一人の自警団員がもの珍しそうに俺に話しかけてきた。
「……えぇ、まぁ。しかし誤解しないようお願いします。私は超人ではなくただの人間で、身体能力は妖怪に遥かに劣ります。……現にこの長男を見て下さい」
俺はそう言って、長男の遺体を指した。
三人の視線が向く前に俺は再び話を切り出す。
「彼と組み付いて分かったのですが、これくらいの幼い個体でも、私とほぼ同等の筋力があることが分かりました」
「……あなたと、同等の筋力……ですか」
まあ、そう思うよな。
俺は身長180の筋肉ダルマで、この『妖怪の長男』は身長150半ばにも満たない。
体重で言えば、約50㎏程の開きがあるだろう。
格闘において、体重と体格は重要な要素だ。
基本的に『技術』や『経験』よりも重い。
「今回は運よく相手を倒せましたが、真向勝負ならまず私は死んでいたでしょう。この長男は兎も角、両親はさらに倍近い力を持っているようだったので……」
「この程度の妖怪でも、それほどの力を……。げに恐ろしきあやかしよ」
「……あの、慧音さん。『この程度』って事はこいつらは、その……あまり強力ではない妖怪なのですか?」
俺は慧音さんに近寄り、二人の自警団員に聞こえない様に耳打ちした。
慧音は、妖怪達の死体から物悲しそうな目を離さず、小さな声で答えた。
「あぁ。どこにでもいる……凡庸以下の『一人一種』の妖怪だ」
「一人一種、とは?」
「『鬼』や『妖狐』など、一纏めにできない妖怪だ。能力は、強力な者から貧弱な者までピンキリだがね」
なるほど……。
で、今回の俺が倒した妖怪は、間違いなく貧弱な方だな。
……こいつらで貧弱、か。
頭が痛くなった。
何度も言うが、俺がこいつらに勝ったのは、状況が恵まれていたからだ。
いざとなればリベレーターがあるが、そうバカスカ撃っていいものではない。弾には限りがある。
第一、こいつらクラスでも、万一徒党を組んで村を襲撃して来たら……。
「あ、慧音さん。ちなみに吸血鬼って強いんですか?」
「吸血鬼……スカーレット卿か? 何故そんな事を?」
「いえ、少し気になって……」
慧音さんは訝し気に眉を寄せながらも、なにやら思案している。
「確か、非常に強力な種だ。この幻想卿の中でも確実に上位に入る」
「おぉ、やはり……! それは素晴ら」
「だが、所謂『上位入賞』クラスだ。スカーレット卿以上の実力者は、この幻想卿には両手両足では足りないほどいるよ……って、大丈夫か?」
「……………………………うす」
いかん。冗談抜きで吐き気がして来た。
あの化け物で『上位入賞』だぁ?!
……本気で核ぶち込むしか勝機見えないんだが。
ちょっと待て、これは本気でヤバイぞ。
この世界の人間の状況を少し整理してみよう。
まず、人間は弱小種である。
で、文明基準は明治初頭レベルで、正規軍、またはそれに準ずる組織を保有していない。
妖怪の賢者とやらの保護下にある様だが、その条約が機能しているように見えない。
……妖怪は人間からの『畏怖』がないと存在できない(?)らしいが、要は最悪人間を拉致って拘束してただの家畜にすれば済む訳で。
て言うか、もうすでに、広義的にはこの『人里』とやらが人間の牧場と化してないか?
俺は慧音さんの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「慧音さん、事態はひっ迫しています。一介の歩兵でしかありませんし、高卒なので……お世辞にも教養があるとは言えない。だが、そんな私でもこの状況には危機感を覚える」
「分かっている。……何か策が?」
「あります。私に任せて下さい……などと、大それた事は言いません。ただ……少しお力添えを願いたい」
慧音さんは、少し困った様な表情を浮かべ、何やら思案していたが、唐突に口を開く。
「……惨状、だな。これは、そう言う以外形容しがたい」
周りの現状に悲しみのこもった瞳を向け、そう漏らした。
「……分かります。もう、人類に退路はありません。対抗しなければならない」
「ああ。……なぁ、的場君、君の言葉は現実になったな」
「はい?」
「歪、さ。寺小屋の子供達が、一人の……半妖の子供に、暴力を振るっていた。『忌まわしい存在』として彼を排他しようとしたんだ」
半妖?
確か、人間と妖怪のハーフ。
なるほどな。詳細は不明だが、大体は想像できる。
「その半妖の子は……何か強力な力を?」
「いや、力も何の能力も無い、真面目でか弱いただの子供。酷い話だ。私も………………」
「?」
「いや、何でもない。……村の犯罪件数も上昇し続けている。これも歪なのだろうか?」
「人間は……生物は皆、自分の安全を第一に行動します。見えない敵に翻弄され、恐らく捌け口がないのでしょう。……この異変が終息すれば、全て元に戻りますよ」
「…………………………分かった。これから、よろしくお願いしたい」
それから少しの沈黙があり、慧音さんは俺にそう言って頭を下げた。
「はい。お任せ下さい」
「……滑稽だな私は。種の共存など夢物語なのだろうか?」
「いえ、そうとも言い切れないですよ。ですが、まず彼らと均一なパワーバランスを保つことが重要です」
「つまり、舐められない様に、と?」
「はい。手を組んでも、相手が弱ければ付け入る隙ができる。まずはそれを無くしましょう。明日、西村司令に面会できますか?」
「分かった、伝えておこう。……しかし、すまないな。何からなにまで……」
そう言って彼女は弱々しい笑顔を見せた。
彼女の心境を考えると、あまり直視出来るものでは無かったが……。
「いえ、お気遣いなく。これも仕事の一環ですよ」
「謙遜するな。しかし、所用とはこのことだったのかな? もう少し待ってくれれば、君一人で戦わせることもなかったのだが……」
俺は適当な返答を慧音に返すと、彼女は気になる事を口にした。
「所用? 慧音さん。すみません、何の話です?」
俺の言葉に、慧音は呆れ笑いの様な表情で、眉をハの字に曲げた。
「からかわないでくれ。君が、寺小屋に来た時、私に言っていただろう」
は?
俺は寺小屋の場所知らんぞ。
「えぇと? 私……的場 善路が寺小屋に? 今日です? それで、あなたに会った、と?」
「あぁ、それでこの事件を知れらせてくれたんじゃないか」
「私が、貴女に知らせた? 村人ではなく?」
「………的場君、大丈夫か?」
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何の話だ!?
慧音さんの言葉に、胃が猛烈に軋み、視界が歪んでくる。
今日で、この幻想卿に来てから二日目。
正午過ぎに、この事件は起こった。
だが、それまでの感、俺は彼女――――上白沢 慧音と接触した覚えはない。
俺は内心の動揺を悟られぬよう、彼女に聞き返す。
「慧音さん。その……自分が、この惨事を慧音さんに報告を?」
「おいおい、勿論だ。だから私たちは――――――
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【疑似連プログラムからの応答】 Serious paradoxを消去しました。