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たとえばこんな恋物語。  作者: あかね


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10/10

10、おしまい

「なによ。ジーク」


 なんか文句あんの? と表情が語っている。自室であり、ここには彼しかいないことから被っている猫は捨てられていた。


『貴方が望むならば問題はありませんが』


 それはもう彼の口癖のようなものだった。彼の主は言葉の裏に潜むのは従順ではなく、嫌味として受け取っているようだが、それは少々違う。


 やめた方が良いんじゃないかな。僕としてはおすすめしないな。こういったところで、黙殺されるだけだからだ。だから、意見は述べずに不服の意だけを伝える。


 不服を述べる時は、大体、彼女自体に関わることであるといことに気がついているのか微妙なところだ。


 主が傷つくところなど見たくはないものだとの考えは過保護というニュアンスで伝わっているようだが。本当のところは伝わらずにすべて終わってしまうことを願っている。


 しかし、今日はもう少しだけ言っておいたほうがいいかもしれない。


『大人の女性を大人扱いしてあげないと嫌われますよ。お姉ちゃん大嫌いっていわれたいんですか?』


 主は黙って口をへの字に曲げた。それはもう立派なへの字。ひっそり溺愛している妹がいなくなるのが不満だが、嫌われるのはもっと不満なのだろう。


 それは、主にとっての普通の生活の象徴であったのだから。


 もっとも彼にとっては初めてあったときから規格外のなんかが居るという認識でしかなかったのだが。彼女の妹の力というのは美しい宝石を泥で固めて擬態しているが、その存在感は隠し切れていない。この世界生まれの人間は知覚できないらしいことが幸いだったのだろう。


 しかし、それは過去の話。今はもう、完全な開花に近づきつつある。


『それにこの家で守るのは不可能です。知れ渡るのも時間の問題でしょう』


「わかってますぅ」


 小娘のような口の利き方をするときは相当にご機嫌ななめだ。彼はため息のようなものをついて、シッポをぱたぱたとゆらした。


 階段を上ってくる音がした。


1、


「もう、ジークは口うるさいのだから」


 戸を叩く前に不機嫌の極みと主張する声が聞こえた。璃亜は首をかしげる。姉の部屋の中には愛犬ジークと姉しかおらず、ジークが口うるさいといわれるほど鳴いている声は聞こえない。そもそも口うるさいとは犬には言わないのではないだろうか。


 がりがりと扉をひっかくような音がして、ジークが扉のすぐそばにいる気配がする。扉の反対側にいる璃亜の存在に気がついたのかもしれない。


 犬にしては妙に察しがいい。


 璃亜は扉を叩いた。姉に内側から開けられるのは少し気まずい。


「姉さん、家族会議だって」


「……はぁい。すぐ行く」


 少し機嫌を持ち直したような声で返答があった。璃亜はそれに少しほっとして先に一階に降りる。

 階段を下まで降りきり、璃亜はふと階段の上を見た。黒い大きな犬がぱたぱたとシッポを振っている。彼がこういった気がした。


『ご武運を』


 疲れているのだろうか。璃亜は頭を振ってリビングに向かった。


 璃亜がこの世界に戻ってきて、一週間ほど経過していた。両親、妹、姉のスケジュールがことごとくすれ違いようやく今日全員そろった。なぜか皆一様に疲れているのは気にしないことにした。この後に及んでも聞いておきたくないことがある。


 璃亜は自分が平凡だと思っていた。我が家も普通だと思っていた。ジークだって普通の犬と思っていた。


 それらすべてを一度にひっくり返したくはない。


 たぶん、ひっくり返されるのだろうけど。


 リビングにはこたつがある。ソファがあるような家ではなく、ダイニングテーブルで一応ごはんは食べるが大体はこたつ付近でごろごろしている。


 しかし、今日はダイニングテーブルに集合している。やや大きめな円卓には椅子が6脚。家族分には一人分多いが、なぜか片付けられることもない。誰も座ってはいけないとされているにもかかわらず、だ。

 誰も座ってはならない規定の椅子は今日は謎の人物がそこを占めている。


 璃亜が二階に上がっていったときには誰も座っていなかった。


「異界調停協会より参りました。人界の方には発音できぬので正式な名の名乗りはいたしませんが、トゥラとお呼びください」


 推定彼は璃亜に気がつくと自分の所属を伝えた。璃亜には馴染みのない単語ではあったが、自分のしたことに関わることであることはわかった。


「璃亜です。あの……」


 名乗るのはいいのだが、それ以上なにか言う言葉がみつからなかった。


 トゥラと名乗った人は推定中学生くらいに見えた。中性的な容貌と表情の乏しさから作り物めいた印象と性別も不明に見える。かろうじて声が男性的でそう判断したくらいだ。明らかにこの世界の人間からは遠い角のほうが印象的だった。ここまではっきりとした異界人にあったのは初めてだ。


「F系14異界通称ファーラス生まれです。どうあっても象徴を消すわけにはいきませんのでご容赦を」


 よりいっそうわからなくなった。璃亜は異界が身近な世界で生きていると思っているが、そこまで細かく知っているわけでもない。もとより自分の一族も異界から引っ越ししてきたのだ。世界の消滅ということから逃げ出すために。だからといっても現地民とそんなにかわることもなかった。


 正確には璃亜はそう考えていた。


「娘は全く知らずに育てたのでわからんよ。彼の元の姿は竜のようなもの。名乗るなんて珍しい。私も聞いたことがないのに」


「賢明なことだ。名乗らないのは、しかたなかろう。一体どこで会ったと思っている」


「協会会議室に乱入かまされたときかな。陛下」


 トゥラは眉をひそめた。たぶん、嫌な顔レベルだろうか。璃亜はどこか現実的ではない相手と平気に話しをする父に胡乱な目線を向けた。


 来客用の湯飲みをセットしている父親に全く通じてはいなかったが。


 璃亜はいつもの席に座る。ちょうど来客の正面にあたるということに初めて気がついた。


「一族は離散し、王を名乗る訳もない。調停官くらいがちょうど良い。カザト」


 父は渋面し、キッチンに帰っていった。今時の対面式キッチンとはいえものを運ぶには遠回りが必要だ。そうしている間に藍良と伊織もリビングに集まり、いつもの空席に人がいることに目を見張る。


「異界調停協会よりきた。お嬢さんがた、今回は調停官と呼んでくれ」


 璃亜と明らかに差がある態度だが、二人は気にした風でもない。


「伊織です。不肖の従者が面倒をかけたとか。主として謝罪いたします」


「迷惑と言うほどでもないが、アレの気持ちは少しばかり気にかけてやって欲しい。不憫だ」


 伊織は首をかしげ、藍良は苦笑し、璃亜は従者ってなんだろうと思った。


「藍良と申します。高名な調停官殿にお会いできて光栄です」


 いつもの甘えた様子はなりを潜め大人びた顔で藍良は挨拶する。姉二人の冷ややかな視線にめげないでにっこり笑う姿は大物感がなくもない。


 お茶菓子をもって父が、母がお茶セットをもってテーブルに置きようやく家族と来客一人がそろう。


「ここでの方針は協会において考慮されることを我が名にかけ約束をする。代わりにすべての言葉は我が名のもとに記載され資料として会議にて提示されることをあらかじめご了承願いたい。今より、10分後に開始を宣告する」


 トゥラは淡々と告げ、ストップウォッチを取り出し、タイマーをかけた。


 家族会議の議題は璃亜の処遇についてだった。


「どこからは始めたものか」


 父親の困った風な声に璃亜は咎めるような視線を向ける。どうも璃亜だけが、璃亜の能力を知らず、異界に関連深いらしい一族を知らず、家族の能力すら知らなかったようなのだ。


 意図的と言わずしてなんとする。


 彼はため息をついて長い話を始めた。



2、


 うちの祖先はC系2異界、シーラと呼ばれる世界にいた。異界から一族がやってきたのは璃亜も知るとおりだが、これは異界門を開発後の話だ。


 開発後、さっさと引っ越ししたのは、一族には未来視といわれるものがいたせいだが、これが未来を見るというのではなく、未来に行くというものだった。


 能力的に言えば、時を渡る、と分類されるものだ。しかし、不確定な未来にしか人はいけない法則があり、結果、いくつかの未来に言った結果の結論が「3/5くらいの確率でこの世界は別の異界と衝突し喰われる」だった。


 それが、父さんの方の一族の話。


 母さんの一族の話は異なる。


 異界の存在を知り、異界に渡るコトが可能であったがどうしても偶発的だった。その存在を見込まれ、異界門の開発に協力した後、異界門の調整としてこの世界に渡りそのまま居着いたそうだ。


 その後、予定通りシーラはA系1異界アースに喰われた。


 元の世界を失った我々の一族はコミュニティを作り、閉鎖的に暮らしていたらしい。別の世界との混血は嫌だとか。結果、能力は保存され、嫌で飛び出したはずがなぜか同じ世界の人と結婚して、子供ができるということになったんだが。


 伊織には異界に落ちやすいという母方の形質が出てきた。藍良には不確定未来に飛ばされる形質が出てきた。


 璃亜には血統が元々あった異界をたどる形質、時を動く形質が両方出てきた。


 困ったことに、既にないシーラならば過去にいけるという形で。


 ただ、どちらも強く出てはいなかった。異界門にも近づかなければ問題がなかったはずだった。


 しかし、困ったことに、拓真氏がでてきてしまう。


 母さん一族は彼とは縁が深く交流もずっとしていたそうだ。その遠縁の子がどうも関連会社に就職したらしいから興味本位で見に行って、璃亜を見つけてしまった。


 元々ずっと探していたらしい。


 拓真氏は過去に渡ってくる異界人のおかげで異界門を作り上げ、今に至る。そして、それをその通りに行わないと異界門はつくられないだろうと。


 過去を観測する記録協会もやっきになって調べたがそれは本当のことだと確証を得るに至り、異界調停協会及び、異界門連盟、異界派遣協会等々の上層部でさがしまくって、未だに観測されていなかったのが璃亜だった。


 何でも、能力の発露がないせいで見逃されていたようだ。


「これが大体の事情の説明だ。大体、かいつまんだ結果だが」


 璃亜は曖昧な顔でうなずいた。実はよくわかってない。ただ、姉の言っていた世界貢献とはコレのことかとおもった。その場に、彼に、璃亜が会わねばいけない理由は異界門に集約する。


 しかし、彼が璃亜に会いたかった理由はもっと切実だったのではないだろうか。


「では、これより記録をとってもよいかね」


「かまわないよ。まず、璃亜に尋ねたい。その力をどうしたい」


「放置はまずいということ? まあ、勝手に発動されるのは困るけど」


「困ったことにシーラの元住人はまだ世界にいくらでもいて、シーラが喰われるのを阻止したかった人というのもまだ思想として残っている。シーラの過去にいけるのはとても魅力的で、正直、父さんの実家が非常に危険地帯になる」


 滑稽無糖だ。人一人で何ができるのだろうか。それとも歴史的事件をピックアップして修正していくのだろうか。過去にいけるというのは現状に影響がないためではないだろうか。既に結果は出ていると。


 しかし、璃亜の存在が異界門の発祥に必要であるという結論を出されているあたり流動的なのかもしれない。過去というものも不確定だと。


 璃亜は身の安全のためにきっぱり決断した。元々必要と思っていたものでもない。


「能力はいらない」


 納得の結論だったのか、家族からは異論はでなかった。トゥラは少し、意外そうに眉をちょっとあげた。


「血統の力により、封をし、他の能力への変更が必要となり、そこで目立つことは否めないが少しはマシだろう」


「それらは今後、要検討としましょう。調停官さん、この件はこれで問題ないかしら」


「承った。記録は以上とする」


「おや、その後の話は良いのかい?」


「その後の進退については、ご家族の問題です。我は撤退いたします。願わくば、あの子供みたいな男の子孫を見たいものです」


 トゥラは澄ましてそう言い井石家を去っていった。藍良が引き留めて連絡先をゲット!といって意気揚々と帰ってきたのは後の騒動の前兆であったがそれは別の話。



3、


「来客?」


 引退宣言を行い、屋敷に引きこもっていた拓真は露骨に嫌な顔をした。来る客は大体、ろくでもない。執事もそれを心得たもので、たいがいのお客はお引き取りいただいている。


 ただし、それでも断れぬ客というのはいる。


 先日も今は調停官を名乗るトゥラからおまえの嫁は面白いと言いに来た。子供が出来たら加護してやるから呼べとも言われた。嫌がらせだろうか。


 嫁じゃないと否定するとにやにや顔でふぅんと言って肩をばしばし叩いていった。義理の息子もそうだが、なんで肉体派の連中は肩をばしばしと叩くのが愛情表現なのだろうか。痛くて顔をしかめるのさえ楽しんでいく。


「いえ、お帰りになられたと言った方がよろしいでしょうか」


「璃亜が?」


「はい」


 どういう顔すればいいのかわからない。とりあえず、だらしない部屋着は着替えるべきだ。


「人に会えるくらいにはしてくるから客間に通しといて」


 機嫌良さそうに拓真は着替え客間に向かう。しかし、扉が見えると怖じ気づく。


 正式に断りにきたのかもしれない。


 はたまた、だましていたのかと殴りにきたのかも。


 泣かれたら本当にどうしていいのかわからない。


 ここにきて扉さえ開けそうにない主を見つけた執事はこともなげに扉を開けて拓真を押し込む。片手にティーセットを持ったままの所行であった。


 何事もなかったようにテーブルにセットをし、彼は立ち去る。


 残されたのは何が起こったのかわからない顔をした拓真と笑いをこらえる璃亜であった。


「随分と長く実家に帰っていました。私の部屋はもうないですか?」


「そ、そんなことはありません。そのままです」


 断られるのでも殴られるのでもなさそうだった。拓真はほっとしてソファに座った。


「良かった。では、これ、書いてくださる?」


 彼女はなんでもないことのように紙を取り出した。


「これって」


「見たことありませんか?」


 首をかしげてみせる璃亜が非常にかわいらしい。


 しかし、きっちり保証人欄と妻の欄が埋まっている婚姻届を見たのは初めてだ。


「ええと、君は僕のことを許してくれると。それを踏まえてこの先も一緒に居てくれると」


「怒ってますけど、私は貴方が嫌いではありませんでした。碧であった貴方も、拓真であった貴方も。それでは答えになりませんか?」


 挑むようにしっかり目線を会わせてくる彼女に決意を感じる。拓真は小さく笑った。長くかかってここまできたものだ。


「いけませんね。それは」


 この先は未確定で、自制など必要もない。


「まあ、そのうち言わせてみせます」

 ペンを取り出し、事項を埋めていく。


「さて、出しに行きますか」


「はい」


 同日、仮初めの夫婦が正式な夫婦となった。




「待っていて。いつか、君のところに行くから」


 その言葉を口ずさむ。


 なんと執念深いと璃亜は感心する。


 世界も時間も越えてここに来る。


 笑い出したいような気持ちがする。


 その言葉にはどういう返事が似合いだろうか。


「おかえりなさい」



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