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28>●第五幕 終わりの儀式――バンソーコーが剥がれるとき>第一節:キミは何を怖がっている?

第五幕最終節まで、あと2節。

●第五幕 終わりの儀式――バンソーコーが剥がれるとき


28:キミは何を怖がっている?


 残花がキズモノだと判明してからの数日、いくつかの変化があった。


 野球サークルのリベリアンドに菜々穂が入部した。


 解呪の祝詞を聞かされるまでは明乃の傍にいたいがために、リベリアンドに入り浸っていたが、キズモノの呪いから解放された菜々穂は、晴れてリベリアンドの正式なメンバーとなった。とはいっても、野球に詳しいわけでもなく、色めき立つ男子に愛想を振り撒くこともなく、もっぱら明乃の専属マネージャーのように振る舞っている。あれだけ熱を上げていた絹倉とも「フツーの友達」として、良好な関係を作れているようだった。


 ただ、そんな菜々穂と入れ替わるように、僕はリベリアンドに顔を出すことが少なくなった。大学では授業に出る以外は、学術情報センターか情報処理室のパソコンで、ひたすら調べ物をしている。


 不意に絹倉が後ろに立っている、ということがないように警戒しながら。


「最近、とっても眠いんだ……お腹もぜんぜんすかないし……」


 そうこぼす結美は、ベッドで横になる頻度が多くなった。


「きっと冬に入って本格的に寒くなったからじゃないかな。大丈夫、春になったら陽気も良くなって元気になるよ」


 僕はそんなふうに返していたが、その理屈にはなんの裏付けもない。


「ねえ森也……?」


「何?」


「お友達はもう来ないの?」


「お友達?」


「ほら……前に尋ねてきてくれた男の子」


「そんなの、いたっけ?」


「忘れちゃったの?」


「忘れた……のかな。前に専門家から、記憶が抜け落ちているときがあるって言われたことがあったけど」


「いたじゃない。森也とどこか雰囲気の似ている……」


「それはたぶん僕なんじゃないかな。結美が寝惚けて、僕以外の男の子に見えたとか」


「そうかなぁ……」


 結美の瞼の重さはもう限界を迎えつつある。開いている時間よりも閉じている時間のほうがどんどん長くなってきた。


「僕は日課の素振りに行ってくるよ。そろそろおやすみ」


 僕が結美の頬に手を当てると、結美は小さく寝息を立てていた。結美の寝顔をしばらく見届けて、僕は部屋を出る。今までと同じようにバットケースを肩にかけて。


 夜の道を歩きながら、僕は次の一手を考えていた。


 残花から「おまじない」と称して額に触れられた翌日、僕はそれまで忘れていた記憶を思い出すことができた。


 高校二年生の頃、祖母の静江さんを襲った突然の死に、すっかり意気消沈していた結美が元気を取り戻したときのことだ。静江さんの葬儀後、結美はとある女子と意気投合していた。それがなんというか、普段の結美ならあまり交流がなさそうな、肌の焼けた金髪の女の子――いわゆるギャルと呼ばれる人種――だった。


 すっかり忘れていたが、僕も一度だけ、その金髪女子といっしょに過ごしたことがあった。名前はたしか……エミと呼ばれていたはずだ。とにかく元気で、よく笑う彼女に、結美は影響を受けたのかもしれない。若干、粗暴なところもあって、「結美のこと、頼むぜ」なんて言いながら、拳で胸を殴られたこともあった。


 もともと親の用事についてきただけらしく、結美といっしょに過ごした期間は十日にも満たなかったと思う。だが、その短期間であれだけ結美を元気にしてくれた人柄には、きっと僕が想像し得ないエネルギーがあったのだろう。


 結美の笑顔を取り戻すためには、エミの力を借りるのがいいのではないか。それが良案だと、僕は結論づける。今、どこで何をしているのかわからないけれど、どんな手を使ってでも、エミを探し出し、結美の笑顔を取り戻すのだ。


 僕の中で新たな方針が決まった。


 そのときだ……。


「なんで?」


 いつも唐突で、いつも間が悪い。


 絶妙に会いたくないタイミングで出くわすのは、神の采配か、本当にどこかで見張られているのかもしれない、と思うくらいだ。


「もう見回りをする必要はなくなっただろ?」


 早足で歩く僕の横を、ぴったりと絹倉が並走する。


「ただ習慣になっただけだよ、夜の散歩が」


「バットの入ったケースを持ちながら?」


「素振りの練習をするためだって。知ってる? バットっていうのは野球の道具なんだ。けして凶器じゃない」


「説得力がないなぁ」


 絹倉は「まあ、いいけど」と流し、「その後、彼女の様子はどうだい?」と訊いてくる。こちらが本題のような口調だった。


「解呪の祝詞、効果はあったんだろ」


 絹倉の質問に、僕は「ああ、うん……もちろん」と答えた。


「いつ頃外に出られそう?」


「なんで?」


「今度いっしょに出かけようよ。前みたいに明乃も誘ってさ」


「『前みたいに』って、前が楽しかったときに使わない?」


「ボクは楽しかったよ」


 絹倉はやっぱり僕とは異質の感性を持ち合わせている。だが、そこには触れず、とりあえずお茶を濁そう。


「とにかく、外に出られるようになるには、もう少し時間がかかると思うな」


「そうなの?」


「君と違って、結美は繊細なんだよ」


「そうかな、同じだと思うけど。ただの気持ちの問題なんじゃないかな」


 絹倉の軽口に、「そんな簡単にはいかないんだ」と言い放つ。


 会話はこれで終わりだ、と言わんばかりに、僕は今歩いているほうとは反対方向に体を向けて歩みを進める。先ほどよりもかなりピッチを上げた。


 後ろから絹倉の声だけが飛んでくる。


「キミは何をそんなに怖がっているんだい?」

読んでくださってありがとうございました。


ブクマ・ポイント・ご感想、すべてが力になります。

どうか、最後の風景まで見届けていただけますと嬉しいです。


──────────────────

次節:第五幕 第二節「ベランダから」

8/7(金) 20:00 公開予定

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