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14>●第二幕 キズモノと傷神様>第八節:フブキとクノ

第五幕最終節まで、あと16節。

14:フブキとクノ


 教室内に拍手が湧き上がる。


 情報整理学の講義で、今日一番手のグループが終えたプレゼンテーションに向けられたものだ。その後、学生同士の質疑応答や教授からの講評が述べられるあいだに、次のグループが発表の準備をおこなう段取りになっている。


 僕らは、いそいそと壇上に上がり、パソコンなどの機材をケーブルにつなぐ。本当なら僕らの発表は、次の次になるはずだった。だが、講義開始時に教授から、第七グループのプレゼンは諸般の事情により延期する、というアナウンスがなされた。結果、第八グループである僕らの順番が繰り上がったのだ。


「嘘だろ!」


 演壇でパソコンを設定していた杉山が頭を抱えた。


「どうしたの?」


 明乃が問うと、半泣きの杉山がこちらを振り返る。


「データが……読み上げ原稿のデータがない!」


 どういうこと? とメンバー全員が杉山の周囲を囲む。


「クラウドに置いといたデータが丸ごと飛んじまっているんだ」


 杉山が操るパソコン画面のなかで、いくつかのフォルダが展開されたが、そのフォルダはどれも空の状態だった。


「何かの不具合で、クラッシュしちまったんだろ。復元は時間がかかる。バックアップは用意してあるんだろ」


 竹本は慣れた様子で頭をぽりぽり掻く。


「ない」


「何が?」


「バックアップがない」


「なんで?」


「昨日の俺に聞いてくれ!」


 杉山は涙こそ流さないが、泣き笑いのような表情になっていた。


 杉山の舞台弱さは、グループのテーマ発表の際に露見済みだ。その時点で話者交代の案も出たが、「ここで克服したい」という杉山の意思と、それを応援したいという僕らの気持ちが一致し、本番はそっくりそのまま読むだけで場持ちする朗読原稿を作成しようということで落ち着いたのだ。プレゼンテーション用のスライドを竹本と僕が作り、杉山は明乃に手伝ってもらいながら朗読原稿を作成した。


「紙出力したものは?」


「あるけど、バージョンが何段階か古い。構成が最新になってない」


 最新版のものは、スライドの切れ目に入る節回しやルビも丁寧に入れてあったのだという。中身を充実させることに気が向きすぎて、保険をかけることに意識を回せなかったのかもしれない。


 明乃が「ごめん、わたしがバックアップをちゃんと取っていれば……」と頭を下げる。


「明乃が謝ることじゃない」


 竹本がフォローをする。


 杉山ががっくり肩を落とす。


「ごめん俺がちゃんとやってれば……!」


「それはそう!!」


 全員が小声で口を揃えた。


 僕らのグループは小さなパニックに陥っていたのだと思う。


「第八グループ? そろそろ準備はいかがですか?」


 講義の学生アシスタントから声がかかる。


「焦る必要はない。今日が最後ってわけじゃないんだ。杉山になら、いくらでもやり直すチャンスは巡ってくる」


 絹倉が杉山の肩に手を置いた。


「だから今回は……ボクに任せて欲しい」


「絹ちゃん?」と小声で明乃が問いかける。


 絹倉は、問題ない、とでも言うように明乃に頷き、PC操作担当の竹本に向かって「ボクがこうして二本指を上げたときにスライドを切り替えてくれ」と右手の人差し指と中指を上げた状態を見せる。


 竹本が「わかった」と了承すると、絹倉は微笑んで、壇上の中心へと進み、百名以上いる聴衆と向き合った。


「第八グループです。すみません……ちょっとしたトラブルがあって、少し予定を変更して発表させていただきます」


 絹倉が、改めて名乗ると、右手の二本指を突き上げる。


 絹倉の後ろのスクリーンに、タイトルのスライドが映し出された。


「ボクたち第八グループは、この相南平に伝わる民間伝承、『傷神様』について調べました」


 絹倉はそれを皮切りに、サラッと傷神様の伝承についてあらましを述べる。


 だが、その説明はあまりにも淡白すぎて、僕らが用意したスライドは三分とかからず、その七割を使い切ってしまった。さすがに絹倉も場の雰囲気に飲まれて緊張しているのだろうか。そんなことを考えたときだった。


「ここからは、スライドには載せていないのですが……この傷神様が祀られるきっかけを昔話調にした資料がありましたので、そちらを紹介させていただこうと思います」


 そう絹倉が口にし、一拍の間を置いた途端、場の雰囲気が一転したように周囲の意識が絹倉へと吸い込まれる。


 その昔……クノとフブキという夫婦が住んでおりました。


 クノは医術を志し、都へ出たものの、自身にその才がないことに打ちひしがれ、この地へ流れ着いたところでフブキという女性と出会ったのです。


 フブキは特別な才能……いえ、異能と呼ぶべき力を持っていました。


 それは他人が負った傷に手を当てると、立ちどころに治してしまうというものでした。


 ですがその異能は、なんの代償もなしに使える便利なものではなかったのです。


 フブキが言うには、傷を治す際に相手の罪も引き受けなければならない、というものでした。引き受ける罪は、治すべき傷の大きさや相手が持っている罪の総量によって変わるのだそうです。傷の大きさは目で見てわかるものの、罪の深さのほうは、傷を吸い取ってみないとわからず、フブキはそれを、自身の体調不良の度合いで感じるのだと言います。傷が小さくとも、罪が大きい者を治したときには、あまりの痛みに丸一日、気絶していたこともあったほどでした。


 フブキは良く言えば善性の塊、悪く言えば呆れるほどのお人好しでした。


 多くの村人は、幼い頃から異能を発揮したフブキのことを、大事に扱いはしましたが、中には、金のかからない便利な薬くらいに考える輩もおります。フブキにもう少し知恵があれば、一財を成すこともできたかもしれません。しかし、悲しいかな、フブキも村人も、そこまでの損得を考えられなかったのでした。


 クノはフブキと所帯を持つにあたり、フブキの身を最優先に考えました。


 怪我をした村人がフブキを訪ねてきても、仕入れた薬草を売り渡すことで、フブキの異能を使わせないようにしました。ここでクノは医師になることはかなわなかったものの、その過程で学んだ薬草の知識を活かすことができたのです。クノが見てもどうしても早急な処置が必要な場合のみ、フブキに力の行使を許可しましたが、その場合に対価を要求するのもクノの役目でした。


 クノは、村人からは煙たがられはしたものの、フブキと小さな幸せを灯す日々を過ごしておりました。そんな中で、クノにはひとつの目標ができたのです。それはフブキが母から譲り受けたという髪留めを元の綺麗な状態に戻す、というものでした。フブキの髪留めは黒ずんだ鈍色をしておりましたが、銀製で元は鮮やかに光輝いていたそうです。時間と財ができたら、クノは銀細工職人のもとを訪れ、その髪留めを誰が見ても価値のあるものだとわかる状態に戻してやりたい、と考えておりました。そのために精を出して働きました。


 ですが、思いもよらぬ厄災がクノたちに降りかかります。


 薬草を取って家路についていたクノを、数名の村人が呼び止めました。何やら話があるということで、村の寄り合い所へ連れて行かれたクノは、背後から何者かに襲われました。気を失うほどの暴力を受けたクノが気づくと、寄り合い所の柱に縛り付けられ、自由を奪われておりました。


 クノは慌てました。自身がこのような目に遭うということは、フブキの身に何かがあったのだと悟ったからでした。クノは己の関節をいくつか外し、縛り付けられていた縄から抜けると、とにもかくにもフブキの待つ家へと走りました。乱暴に引き戸を開いたクノは、目の前に広がる光景に半狂乱になります。


 そこにあったのは、体の至る所から血を流し、地べたに横たわるフブキの姿でした。


 奥から下卑た笑い声が聞こえてきます。クノとフブキの家で、我が物顔をしてくつろぐ野武士が五人おりました。


 頭目らしき男が、冥土の土産とばかりに事の成り行きを語ります。野武士たちは、その界隈で名を馳せる山賊でした。あるとき、奉行所の討伐に遭い、半分以上の者が殺され、命からがら逃げ果せた者たちも手ひどい傷を負わされました。彼らにとって幸運だったのは、逃げ延びたのがこの村の近くだったこと。そして、一味の中に、この村出身でフブキの能力を知る者がいたことです。山賊の頭目は村人たちを脅し、クノを遠ざけるように仕向けると、フブキに自分たちが負った傷を治させました。夫を人質に取られていると知ったフブキは、懸命に山賊たちの治癒をおこないます。


 一人治すごとにフブキは吐いていたと言います。そして、三人目を治癒したあたりから、体のあちこちが裂け、血を吹き出し始めたのだそうです。それでも山賊たちは仲間の治癒を強制しました。フブキは、主人の解放を懇願しつつ、五人目の傷を治すと、そのまま意識を失った、というのです。


 クノは事切れる寸前のフブキを抱きしめました。フブキの体に噴出した傷は、フブキが治癒できる限界量を超えて、それでも治療をした結果だと悟りました。フブキはわずかに開いた目でクノの顔を認めると、安堵した様子で息絶えました。


 クノの前に一本の刀が投げられました。山賊の頭目が、自害させてやる、と言うのです。せめてもの情けで、自分の意思で妻の元へ行かせてやる、と。


 クノはその刀を手に取りました。


 次の瞬間、クノの一番近くにいた山賊の首が飛んでいました。驚く間もなく、ふたつ、みっつ、よっつと簡単に首が飛びました。頭目は目を疑いながら、刀を抜こうとします。そのとき、自身の右腕がなくなっていることに気づきました。それがわかったときには左腕も飛んでいました。逃げようとすると、左右の足がなくなっておりました。ひと思いに殺してくれ、と懇願する頭目に背を向け、クノは動かなくなった妻を愛おしそうに抱き上げると家の外へ出ます。


 クノはかつて、医術を志して都に出ました。ですが、そのとき都は戦場と化しており、なんの伝手もない田舎者が医術を学べるところなどありはしませんでした。その中でクノの唯一の才能が開花したのです。それが人斬りの才でした。


 都で夥しい数の人を斬り、十本の指に入る人斬りとまで呼ばれるようになったクノは、人生が虚しくなり都から逃げ延びたのです。


 そして辿り着いた村の山林でフブキと出会いました。山道で腕に小さな切り傷を負ったクノは、山菜取りにきていたフブキに、その傷を治療されたのです。


 ですが、その直後、フブキは一日気絶をするはめになりました。フブキから、相手の罪を背負うことで、その傷を治せると聞かされたのは、その数日後のことです。


 クノは魂をなくした妻の肉体を抱き上げたまま、家の外に出ました。するとそこには取り囲むように村人たちがおりました。クノが無言で歩くと、自然と村人が道を開けます。


 クノは村人たちに振り返って、呪いの言葉を吐きました。


 お前たちもフブキを見殺しにした。いわば山賊と同罪だ。未来永劫、自分はこの村を呪い続ける、と。


 そう言い残して、クノは山の中にあった洞穴に籠ります。


 それから十日ほど、鬼の叫び声のような慟哭が、穴の奥から聞こえてきました。


 本当に呪いなのかはわかりませんが、その村で何年にも渡り、疫病が流行りました。祟りだと考えた村人は、なんとかそれを鎮めようと、フブキのことを「傷神様」と称し、子々孫々に至るまで畏れ敬うように言い伝えます。「傷神様」に敬意を払わないと、「きずもの」という鬼がやってくる、とも言い添えられました。


 それが「傷神様」という民間伝承のはじまりとなったのです。


 そして……この話には実は、誰も知らない続きがありました。


 洞穴に籠ったクノが亡くなる間際、なんとフブキが現れたのです。ただ、そのフブキは人の姿をしておりませんでした。一匹の狐の姿を借りて現れたのです。


 狐に化身して現れたフブキは、ただただクノに寄り添い、冷たくなる体にその体温を分け与えました。


 クノは魂をなくす間際、狐となったフブキを抱きしめて、こう言い残すのです。


 お前のおかげで悲しみはなくなった。お前を愛している気持ちを最期に思い出すことができた……だが、それでもお前を、死へと追いやった者たちへの恨みと憎しみが晴れることはない……と。


「……以上です」


 絹倉が、クノとフブキの物語を語ったあと、プレゼンテーションをまとめる口上を述べ、お辞儀をした。舞台の袖にいた僕らも、それにつられてお辞儀をする。


 数秒の沈黙ののち、場内は大きな拍手で包まれた。


 僕らだって拍手したい気分だった。誇張でもなんでもなく、この十五分は絹倉の独壇場だった。話された内容自体は、結美の祖母、静江さんが女学生時代に書いていた文集に載せられていた物語だ。だが、十分程度で収まるように要約され、字面では難しい表現も現代の僕らが聞き取りやすい言葉に意訳されていた。


 その内容に加え、絹倉の場を支配するような独特の間、緩急のある語り口が場内の熱気を作り上げていた。


 他のグループが受けていたものより長く続く拍手の中、僕は教室後方のドアに寄りかかっていた残花の姿を認める。いつの間に? と思ったが、拍手が鳴り止み、教授がマイクのスイッチを入れて講評をコメントする頃にはいなくなっていた。


 こうして僕ら第八グループの「傷神様」にまつわる民間伝承の調査発表は幕を閉じた。

読んでくださってありがとうございました。


ブクマ・ポイント・ご感想、すべてが力になります。

どうか、最後の風景まで見届けていただけますと嬉しいです。


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次節:第三幕 第一節「呟き、ふたたび」

6/19(金) 20:00 公開予定

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