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11話 ~飲み水に毒~

 


 エリトンはコップを置くとフリードの顔を真っ直ぐに見た。


「大丈夫か!?めちゃくちゃ真顔だけど」


「ぽぽりれぽれぽぽぽれ、ぽぽぽれわんわん、わんわん………」


「おま!毒物は任せろとか大口叩いてた割には完璧にやられてるじゃないか!おい、しっかりしろ!」


「安心してください、冗談です」


 エリトンはいつものように嘘くさい笑みを浮かべた。


「………冗談は金輪際止めてくれ」


「そうですか、それは残念。私の中では大爆笑必至だったのですが………」


「それより、結果はどうだ?」


「この水には『スコポラミン』というナス科植物から抽出した成分をベースに、数種の向精神薬をブレンドしていますね。前頭前野の活動を著しく低下させる効果があるものと思われます」


「それを飲むことで具体的にはどうなるんだ?」


 フリードの問いかけに、エリトンはさらに水をもう一口、味わうように飲み干してから答えた。


「『疑う』という機能そのものが麻痺し、赤子のように無防備になってしまいます。その結果、外部からの言葉を、まるで自分自身の確信であるかのように受け入れてしまうのです」


「……それは怖いな」


「ええ。この蒸し暑い部屋に我々を押し込んだのは、喉を乾かせ、自らの意思でこの毒入りの水を飲ませるため。古典的と言えばそうですが、病気や怪我で心が弱っている人であれば、抗うのは難しいでしょうね」


「悪質だな……。っていうか、エリトン、そんなに飲んで大丈夫なのか?」


 フリードが呆れたように尋ねると、エリトンは満足げに喉を鳴らした。


「お気遣いいただきありがとうございます。フリード様も一杯いかがですか? 意外と喉越しが良くていけますよ」


「飲むわけないだろ!」


「それは残念」


「おい、まさか僕を使って実験しようとしてるんじゃないだろうな? 『ゴブリンにこれを飲ませたらどうなるか』なんて!」


「めっそうもございません。そのようなこと、考えたこともありませんよ」


 エリトンは、濡れ衣を着せられて必死に無実を訴える悲劇の主人公のような顔で言った。


「エリトン、どうやらお前には芝居の才能はないみたいだぞ」


「そうですか、それは非常に残念で御座います」


 エリトンはいつもの嘘くさい笑みを浮かべた。


「それにしても、いきなり薬物を使ってくるとはね。やはりここはインチキ宗教で間違いなさそうだ」


 フリードが眉間に深い皺を刻むと、エリトンが意外そうに目を細めた。


「おや、珍しくお怒りですね」


「……宗教は昔から嫌いなんだ。論理を無視して人を支配しようとするやり方が、投資家として我慢ならない」


「そのお考え、私も同感です。この世界では異端扱いされるでしょうがね」


 二人は薄暗い部屋で、冷めた視線を交わした。フリードは溜息をつきながら、ローブの袖を弄る。


「もうこの時点で、ここの代表のエンヤとかいう婆さんは、僕に林檎を食べさせた犯人とはほぼ無関係だろうな」


「そうですね。断言はできませんが、人間をゴブリンに変異させるほどの強大な術理を操れる者が、わざわざこんな安っぽいインチキ宗教で小銭を稼ぐ必要はないように思います」


「……じゃあ、もう帰ろうか?」


「それも一つの選択肢だとは思います。しかし、せっかくここまで来たのです。代表の御尊顔を拝んでおくだけでも損はないのではないでしょうか?」


「……そうだね、そうしようか」


 フリードが腰を上げようとすると、エリトンが人差し指を立てて制した。


「それと一つ、ルールを決めておきませんか?」


「ルール?」


「前にも申し上げた通り、私は毒物の臭いを判別できます。この先、再び怪しい臭いを感じたときのために、何らかの合図を決めておいた方が良いかと」


「それは名案だ。事前に分かれば対処もしやすい」


「では、毒物の気配を感じた時には、私が『せき』をすることにしましょう。それなら敵に悟られることもありません」


「分かった、頼むよ」


 フリードが頷いたその時、扉の向こうからから何人もの悲鳴が聞こえた。








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