第7話 在庫の合わない兵站倉庫
冒険者ギルドでの「大掃除」から数日後。
俺の立ち位置は、ルミナス行政庁舎の中で劇的に変わっていた。
「おはようございます、シュウジさん。今日の分の報告書、ここに置いておきますね」
「ああ、ありがとう」
廊下ですれ違う文官たちが、自然に挨拶をしてくる。
以前のような「王都から来た厄介者」を見る目ではない。彼らは、あの停滞しきっていたギルドを一日で正常化させた「謎の有能な雑務係」として、俺を認識し始めていた。
そんな中、俺は再びセルアスの執務室に呼び出されていた。
「ギルドのリゼットから感謝の報告が届いていますよ、シュウジ殿。彼女、あなたのことを『ルールの守護者』だと絶賛していました」
「……勘弁してください。俺はただ、邪魔なゴミを片付けただけです」
セルアスは苦笑しながら、手元の別の書類を俺に差し出した。
その顔は、以前にも増して険しい。
「恐縮ですが、休む暇を与えられそうにありません。次の『ゴミ』が見つかりました」
「次はどこです?」
「西区にある、軍の兵站倉庫です」
セルアスの説明によれば、そこはルミナスの警備隊や近隣の砦へ送る食料、武具、魔石などを一括管理している巨大な物流拠点だという。
問題は、半年ほど前から「在庫の不一致」が常態化していることだった。
「帳簿上の数字よりも、現物が常に一割から二割ほど少ないのです。それも、高価な魔石や高級な鋼材に限って消えている。代官所の上層部は、倉庫の職員たちによる組織的な『横領』を疑っています」
「横領、ですか。ありそうな話ですが」
「……私もそう思っていました。ですが、倉庫長を務めるバルトという男は、三十年勤め上げた堅物で、不正を最も嫌う人物です。彼は『絶対に盗んでなどいない、だが数字が合わないんだ』と泣きついてきていましてね」
横領か、それとも仕組みのバグか。
セルアスは「明日の朝、抜き打ちの監査という名目で現地へ入ってほしい」と俺に告げた。
* * *
翌朝、俺が訪れた西区の兵站倉庫は、城門にも劣らない巨大な石造りの建物だった。
入り口には武装した門番が立ち、厳重な出入庫管理が行われている。
中に入ると、天井まで届くような巨大な棚が整然と並び、多くの作業員が荷車を引いて立ち働いていた。
「……あんたが代官所から来た監査役か」
声をかけてきたのは、岩のような体格をした初老の男だった。
深く刻まれた眉間の皺と、使い古された作業着。彼が倉庫長のバルトだろう。
彼の背後には、不安げな表情を浮かべた若い作業員たちが数人、こちらを伺うように立っていた。
「真鍋修司です。監査というよりは、現状の把握に来ました」
「ふん、どうせ俺たちの荷物検査でもしに来たんだろ。好きにしろ。だがな、これだけは言っておく。俺の部下たちは誰も、パン一切れだって盗んじゃいねえ。……なのに、数字だけが消えていくんだ」
バルトの声は、怒りよりも深い絶望に沈んでいた。
彼は大きな帳簿を俺の前に叩きつけた。
「見てみろ。昨夜の閉鎖時点では、魔石の在庫は百二十個あった。今朝、抜き打ちで数えたら百個しかねえ。夜の間、門は閉め切り、魔導鍵の記録にも出入りはない。……魔法で消えたとでも思わなきゃ、やってられねえよ」
俺は帳簿を受け取り、倉庫内をゆっくりと歩き始めた。
バルトが言う通り、現場に弛緩した空気はない。むしろ、全員が「自分が疑われている」という恐怖から、異様なほど神経質に動いている。
不審な隙間も、隠し通路のような違和感もない。
(物理的な盗難じゃないとしたら……やはり、記録側の問題か)
俺は倉庫の入り口付近に設置された、大型の「計量魔導具」に目を向けた。
荷物を載せると、重さと魔力量を自動で測定し、台帳へ転送する装置だ。
俺は意識を集中し、倉庫全体を『現仕様閲覧』の視界で捉えた。
ふっと、世界が線と情報に切り替わる。
倉庫内を流れる、青く細い「在庫データ」の光。
それらを追っていくと、ある一点で、光の線が不自然にねじれ、消失している場所を見つけた。
(……見つけた。物理的な倉庫のどこにもないはずだ)
俺の視線の先にあるのは、計量器でも、棚でも、職員たちの荷物でもなかった。
それは、事務室の片隅に置かれた、何の変哲もない「バックアップ用の記録水晶」だった。
「バルトさん。……この倉庫の計量ルール、もしかして『王都基準』と『地方基準』の両方で計算できるようになっていませんか?」
「ああ? ああ、そうだ。去年の改訂で、王都へ送る分はあっちの重さの単位に変換して記録しろって命令が来たから、切り替え機能を追加させたが……それがどうした」
俺は確信を持って、その記録水晶へと歩み寄った。
『差分解析』が示す、最悪なバグの正体。
【要求仕様】王都基準への変換ボタンが押された際、表示上の数値を換算して出力する。
【現仕様】変換ボタン押下時 → 換算計算を実行 → 同時に『端数処理用のバッファ領域』へ魔力を転送 → バグ: 転送先のメモリアドレスが「予備の記録水晶」と重複しているため、換算するたびに本来の在庫データが上書きされ、消滅(Null化)している。
(……これ、横領じゃない。ただの計算エラーによるデータの自己破壊だ)
「バルトさん、今から面白いものを見せてあげます。魔石の箱を一つ、計量器に載せて、単位変換のボタンを十回連続で押してみてください」
「はあ? そんなことして何に――」
「いいから、やってみてください。あんたたちの無実が証明されますよ」
俺の言葉に、バルトが目を見開いた。
現場の責任者が抱えていた「数字が合わない」という怪奇現象の霧が、俺のロジックによって今、鮮やかに晴らされようとしていた。




