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第12話 首席検査官、王都命令を受ける

「……なあ、リゼットさん。この『首席検査官』って役職、もしかして名前だけ立派で、実態はただの『ルミナス中の尻拭い係』なんじゃないか?」


ルミナス行政庁舎の三階、日当たりの良い角部屋。

新たに割り当てられた俺の執務室で、机に積み上げられた羊皮紙の山を前に、俺は深々とため息をついた。


魔導集積炉の不正を暴き、王都の貴族が裏で吸い上げていた魔力をこの街に取り戻してから数週間。

不正を主導していたルミナス支部魔導長のマルファスは、当然のごとく更迭された。現在はセルアスの監視下で、彼がこれまで隠蔽してきた『継ぎ足しだらけの魔導インフラの仕様』を、泣きながら羊皮紙に書き出させる作業――いわゆるドキュメント化をさせられている。

そのマルファスが吐き出した膨大な仕様書の検分と、今後の運用ルールの策定を任されているのが、左手首に真紅の腕輪を嵌められた俺だった。


「名誉ある役職ですよ、シュウジさん。なにせ、代官様に次ぐ権限を持っているんですから」


俺の向かいで、手際よく書類を仕分けしながら、冒険者ギルドの受付主任であるリゼットがくすくすと笑った。

彼女は今、ギルドの非番の日にこうして俺の執務室へ通い、事実上の補佐官のような真似事をしてくれている。ギルドの処理遅延が解消され、現場に余裕が生まれたからこそできることだ。


「権限が重い分、持ち込まれるトラブルも雑多になってる気がするんだが。昨日なんて、東区の自警団から『魔導警報器が夜中に勝手に鳴る』って泣きつかれたぞ。ただの配線ショートだったけど」

「街の皆さんが、シュウジさんを頼りにしている証拠です。あの『魔力涸れ』からルミナスを救ってくれた英雄なんですから」

「英雄じゃない。ただのデバッガーだ」


俺が肩をすくめたその時、執務室の重厚な木扉がバンッと乱暴に開かれた。

現れたのは、銀縁の眼鏡の奥に濃い疲労の影を落とした代官補佐、セルアス・レインだった。普段は几帳面で隙のない彼にしては、酷く余裕のない顔をしている。


「……シュウジ殿。のんびりとお茶を飲んでいる場合ではありません。あなたの言う『厄介事』の、特大のやつが降ってきました」

「嫌な予感しかしない前振りですね。今度はどこの部署が火を吹いたんです? マルファスがまた何か隠し事でも吐きましたか」

「彼ではありません。問題の震源地は……王都です」


セルアスは机の上に、王室の紋章を示す封蝋が押された分厚い書状を叩きつけた。


「王都と地方都市を繋ぐ物流の要、『広域転送ゲート』。現在、そこから送られてくるはずの『冬備蓄』が、予定の半分も届いていません。毛布、乾燥食、そして何より暖房用の魔石。このままでは、ルミナスの貧民区から凍死者が出ます」


俺とリゼットは顔を見合わせた。

異世界の冬は厳しいと聞いている。暖房用の魔石が届かないというのは、現代日本で言えば真冬に全世帯の電気とガスが止められるようなものだ。


「転送ゲートの故障ですか?」

「いえ、王都の管理側の言い分は『猛吹雪による街道の輸送遅延』と『地方側の申請書類の不備』です。ゲートのシステム自体は正常に稼働している、と。……ですが」

「ですが?」

「ルミナスの兵站倉庫長であるバルトが激怒しましてね。『申請書は一字一句間違えずに送ったし、いくら雪が降ろうと、二週間も一つの荷物が動かないなんてあり得ない』と。現在、ルミナス側の転送中継所に乗り込んで、受信担当の兵士たちに詰め寄っています」


あの頑固だが部下思いのバルト親父の顔が目に浮かんだ。彼がそこまで言うなら、現場の手続きにミスはないのだろう。


「つまり、王都側が『遅延』を理由に責任を地方に押し付けている、と」

「その可能性が高い。王都の官僚たちは、問題が起きると必ず『地方の現場』か『天候』のせいにします。……シュウジ殿。首席検査官であるあなたに、ルミナス側の転送中継所へ赴き、この『滞留』の真の原因を監査していただきたいのです」


俺は腕を組み、小さく息を吐いた。

「俺の管轄はあくまでルミナス内のインフラ整備のはずですが……王都絡みの案件にまで首を突っ込んで、越権行為になりませんか?」

「バルトをなだめ、ルミナス側のシステムに落ち度がないことを証明するだけでも構いません。あの親父殿を論理的に止められるのは、現場の人間であるあなただけです」


たしかに、バルトが暴れてルミナス側のゲートまで機能停止してしまえば、元も子もない。それに、冬備蓄が届かないとなれば、いずれ俺のところへ「なんとかしてくれ」と泣きついてくる住民が現れるのは目に見えている。


「……分かりました。現場が回っていないなら、放置するわけにはいきません。リゼットさん、悪いけど今日の午後の予定はキャンセルしておいてください」

「はい。お気をつけて。……シュウジさんの『やり方』で、バルトさんを落ち着かせてきてくださいね」


リゼットの力強い笑顔に見送られ、俺はセルアスと共に執務室を後にした。


***


ルミナス市街地、北側転送中継所。


馬車で十数分ほどの距離にある巨大なドーム状の施設に足を踏み入れると、中は怒号と混乱の渦だった。

中央に鎮座する巨大な石造りのゲート(受信陣)は沈黙を保ち、その周囲には空の荷馬車が長蛇の列を作っている。


「だから! 第三便はどうなってるんだって聞いてんだよ! こっちは三日前からここで待ってんだぞ!」

「申し訳ありません! 現在、王都側からの転送指示が降りてきておらず……!」


怒鳴り散らしているのはバルトだ。対応する受信管理の兵士たちは、ただ平謝りすることしかできていない。

俺は人混みを掻き分け、バルトの肩を叩いた。


「バルトさん。落ち着いてください。ここで受信側の兵士を怒鳴っても、荷物は降ってきませんよ」

「シュウジ! それにセルアス様も……! いや、分かっちゃいるんだが腹の虫が収まらねえ! 王都の奴ら、『雪のせいで荷出しが遅れてる』の一点張りだがな……嘘に決まってる。俺の長年の勘がそう言ってるぜ」


「その勘、確かめさせてもらいます」

俺は喧騒を抜け、ゲートの横に設置された「受信管理用」の魔導端末へと近づいた。

対応に追われていた若い管理兵が、俺とセルアスを制止しようとする。


「あ、あの! 関係者以外は立ち入り禁止で――」

「ルミナス特別領代官補佐、セルアス・レインだ。そしてこちらは首席検査官の真鍋修司殿。冬備蓄の遅延について、正式な監査状を持っている」


セルアスが冷ややかな声で書状を突きつけると、管理兵はヒッと短く息を呑み、慌てて道を開けた。

事情を知らされずに矢面に立たされている現場の兵士を責めても仕方がない。俺は軽く手で制し、端末の前に立った。


「少し、通信のログを見せてもらいますよ」


端末の水晶板には、文字通り「処理待ち」の転送予定データが山のようにスタック(滞留)している状態が表示されていた。

なるほど、確かに渋滞は起きている。

だが、システムの運用において「ただの渋滞」に見える現象の裏には、往々にして別の原因が潜んでいるものだ。


俺は水晶板に右手を置き、意識を集中させた。


『差分解析』


ふっと、視界がモノクロームに切り替わる。

現実の怒号が遠のき、巨大な転送ゲートと端末を繋ぐ「魔力の流れ」が、色鮮やかな光の線となって浮かび上がった。


【要求仕様】

王都からの転送データを受信し、先入先出(FIFO)方式でゲートを開放する。


【現仕様】

申請データを受信待機 → 送信側からのデータパッケージを確認。

※警告:送信側(王都)のキューにて、特定条件『優先タグ(特例:X-01)』を検知。

※動作:通常便の転送処理を一時停止し、優先タグ付きの便を割り込み処理中。


「……やっぱりな」


俺は小さく呟いた。

俺の目には、滞留しているルミナス向けの青いデータ群が「送信待ち」で足止めを食らっている横で、赤い光をまとった「特例便」のデータが、猛スピードで王都のゲートを通過し、どこか別の都市へ向かっていくのが見えていた。


「どうしました、シュウジ殿。何か見えましたか?」

「セルアスさん、バルトさん。王都の言い分は真っ赤な嘘です。雪による輸送遅延でも、地方の書類不備でも、もちろんルミナスの受信システムのエラーでもない」


俺は視界に浮かぶログの差分を指差した。


「王都の転送ゲートの処理能力自体は落ちていません。枠は十分に動いている。……ただ、特定の『優先タグ』が付いた便だけが、ルミナスを含む一般の冬備蓄の枠を根こそぎ横取りして、王都側でノータイムで通過し続けているんです」


「横取りだと……!?」

バルトが目をひん剥いた。


「ああ。これを見てください」

俺は管理兵をどかし、端末の操作ログを強制的に展開した。通常の操作では見えない、バックグラウンドで処理された転送予定リストだ。

そこには、ルミナス向けの備蓄が「王都側待機中」となっている裏で、膨大な回数の「特例便・転送完了」の通知がシステムに記録されていた。


「なんだこの便は……。荷受先も、中身の品目も黒塗りじゃねえか」

「ええ。記録上は『特例扱い』になっていますが、本来そこにあるはずの『誰がこの特例を承認したか』という責任者のデータが、見事に抜け落ちています(Null)。つまり、どこの誰とも分からない便が、俺たちの冬を越すための命綱を食い潰している」


「ふざけるな! どこの貴族の嫌がらせだ! シュウジ、今すぐその『特例便』とやらを受信拒否して、ルミナスの荷物を引っ張り出せねえのか!」


激昂したバルトが端末を叩き割らんばかりの勢いで叫ぶが、俺は首を横に振った。


「無理です。この端末はあくまで『受信側』。王都の中枢サーバー……向こうの送信側でこの『優先タグ』が自動付与されている以上、ここで拒否する権限がありません。無理に設定を弄れば、ルミナスのゲートがエラーを吐いて、今後一切の荷物が受け取れなくなります」


「じゃあ、どうすればいい! このままじゃ、あのふざけた便が通り過ぎるのを指をくわえて待つしかねえってのか!」


バルトの言う通りだ。

システム上、VIPレーンを不法占拠している車を排除するには、そのレーンを作った管理者の権限をハッキングするか、VIPの正体を暴いて運用を止めさせるしかない。


俺は再び『差分解析』の視界で、その赤い特例便のタグを凝視した。

一見するとランダムな文字列に見えるが、システム開発の現場にいれば嫌でも分かる。これは手動で入力されたものではない。ある特定の『条件』を満たした時に、システムが自動的に付与するマクロのような処理だ。


「……バルトさん。怒る気持ちは分かりますが、今は耐えてください。ここで暴れれば、王都側に『ルミナスが勝手にゲートを壊した』と責任を被せる口実を与えるだけです」


俺は視界を元に戻し、水晶板から手を離した。


「ルミナスの受信ログだけでは、この『優先タグ』の発生源までは追いきれません。ですが、システム的な割り込みが行われているという証拠は掴めました」

俺はセルアスを振り返った。

「セルアスさん。このデータを持って、王都へ直接掛け合うことはできますか?」


「……通常のルートで抗議文を送っても、『調査中』で数週間は握りつぶされるでしょう。根本的に解決するには、王都の中央魔導局にある大元の送信システムを直接監査するしかありません」

セルアスは眼鏡を押し上げ、鋭い視線を俺に向けた。

「シュウジ殿。あなたには、王都へ向かってもらうことになります」


王都への出張命令。

左遷されて追い出された俺が、再びあの建前だらけの都へ向かうことになるのか。


「……仕方ありませんね。現場が困っているなら、放置はできない」

俺は溜息をつきながら、自身の左手首で鈍く光る赤い腕輪に触れた。

「誰が、何のために、この国の物流を食い物にしているのか。……向こうの『現仕様』を、丸裸にしてやりますよ」

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