1話 メロンパンについて
2人だけの教室に彼女の踊る足音と僕の紙に鉛筆を走らせる音だけが響く。
ふと僕は彼女になんとなく思いついた話しをふった。
「メロンパンってあるじゃん」
「あるね」
机の2つしか置かれていない教室の後ろには全身が写せて横幅もそこそこある大きな鏡が設置されている。その鏡のほうを向きながら彼女は、舞島はタタンというステップに合わせて答えた。
「僕あれ好きなんだよね。皮のところとか特に」
僕も彼女の足音に耳を傾けながらも振り返らず手元の縦横に線を引きながらこの至極どうでもいい話を続けた。
「めずらしいね。あれ中がおいしいのに」
「え?皮じゃないの?メロンパンって言ったら皮部分でしょ。むしろ皮なかったらもうただのパンていうレベルじゃん」
想像していたのとあまりにも違う返答に手が止まった。メロンパンのふわふわの部分が好きな人がいるとは思わなかった。
「いや皮ってちょっと甘いだけじゃん。それより中のほうがクリームとか入ってるからそっちがメインでしょ。むしろ皮の部分口に張り付いたりしない?」
さっきまで聞こえていた小気味いい足音が止んだ。
彼女が踊るのを中断したことがわかり彼女のほうを振り返った。Tシャツにショートパンツ姿の彼女は後ろの棚にもたれかかって水を飲んでいた。
「まって、それほんとにメロンパンの話してる?」
「してるよ。売店に売ってるやつにメロンパンってちゃんと書いてあるじゃん」
タオルで汗をぬぐい、ショートカットの髪をかきあげながら彼女は答えた。外からはもうひぐらしのなく声が聞こえる。空調設備のない教室は暑かった。
「あー僕いかないからわかんないや、それどんなかんじなの?見た目とか質感とか」
自分の席に向かいながら彼女は答えた。
「えっと皮は網目状で」
「うん」
「形はドーム型っていうのかな」
「うんうん」
「それで皮がしっとりしてる」
「ちがうなぁ。メロンパンの皮はサクサクしてるんよ」
よくある漫才師みたいなテンポのいい会話だなと思った。
「してないよ。それで中にクリームが入ってるんだよ。メロンパンってそこがメインじゃん」
僕の左の席に腰を下ろし絵の下書きを見ようとする彼女からとっさに絵をかくす。まだ人に見せれるようなものではなかったから恥ずかしかった。そして同時に彼女と話が合わない理由が分かった気がした。
「えっともしかしてなんだけどさ。そのクリームってメロン味だったりしない?」
「そりゃするでしょ。メロンパンなんだから」
なにを当たり前のことをというように彼女は即答した。
「あー…いまからパン屋行こうか。メロンパン食べに」
教室のチャイムが鳴った。