8.決断
白い家の中庭はぽかぽかしていて気持ちがいい。冬も本格的に始まろうとしていたが、中庭だけはいつも初秋のように暖かく、すこしひやりとした風が吹いた。
そんな中庭は、葵たち3人にとって憩いの場所であった。いつもの場所で寝っころがりながら話すのは、決まって来世のことである。
「それじゃあ、葵はここに残るの?」
「うん、そのつもり。悠李と慧奈は?」
「僕は、前から考えてた人から選ぶよ」
慧奈はうーん、と伸びをして勢いよく起き上がった。
「私はね、いいこと思い付いたの。私、親に殺される子どもになる。それで、今度はうまく生きて、親に私を殺させない」
葵と悠李は驚いた。悠李は大きなくりっとしたその眸をさらにまんまるにさせる。慧奈はにやっと笑った。
「そんなことできるの?」
「相談課の雨海さんって人に聞いたら、神が一度してしまったことは取り返しがつかないから、運命を変えることはできないだろうって言われた。混ぜた絵具みたいに、また元の色に戻すことは難しいって」
「じゃあ、なんで?」
「人が完全に理解しあえるのは無理だと思うの。でもね、私は相手を理解しようとさえしてなかった。実の親とさえもよ。だから、殺された。
紫月さんは神の誤りだって言ってたけどそれだけじゃないはずよ。
私は、私の魂に何度でも挑戦してもらうことにしたの。次も、同じ過ちを繰り返してしまうかもしれないけれど」
「僕も、僕が巴ちゃんに殺されたのは、神さまのせいでも巴ちゃんのせいでもないと思う」
「でしょ」
慧奈は満足そうに片眉をあげた。葵は心にじわりと情熱のようなものが広がるのを感じた。
「じゃあ、私はここで何度でも慧奈の魂に会ってこの話をしてあげる」
「なんでまた殺される前提なの。縁起悪いじゃない」
3人は本当の兄弟みたいに肩を並べて笑いあった。
※ ※ ※
「それで、かれこれ90年だよ」
「正確には88年ですね」
葵の言葉に柚輝が訂正を入れる。彼は、葵と同じ時期に白い家に来た魂だが、葵と同じく白い家に残ることを選んだ。
彼らのような魂は通常は約50年に一度あるかないかくらいなのだが、それが一度に2人もいるという例外中の例外だったため、なんだかんだ言われるうちにコンビを組むまでになったが、それはまた別の話。
割とちゃらんぽらんな葵に、生真面目な柚輝は仕事上の相性は良かった。
今、2人の目の前にいるのは、5度目の慧奈の魂である。彼女の魂は何度も親に殺される子どもに生まれ変わった。ここで辞めるなんて悔しいから何度でも挑戦する、などと言い出し、特別に保安課の監視がつく羽目になったこともある。
「それじゃあ、僕はその慧奈さんとか言う人のわがままのせいで親に殺される子どもになった挙句、そのわがまま計画は失敗したってことになるんだ?」
「まあいろいろと間違ってるところはあるけど、簡単に言うとそうなるかな」
「おい、なんでそんな率直に言うんですか。仮にも僕らは相談課なんですよ。特に、慧奈さんの魂は面白い事案だからと今まで苦労して観察してきたではありませんか」
ちなみに今回の魂は幹太と言う男の子で、一文でまとめると、借金を抱え込んだ父が家族を巻き込んで無理心中してしまったために死んだ。
「じゃあ、僕はどうすればいいっていうの?また殺される子どもになれば満足?」
「あー、これこれ、ひねくれるな、幹太」
そういって腰に手を当て机に寄りかかるのは幹太の担当の賀島である。
「あくまで参考だ。好きにしろ」
「好きにしろって、それが分からないから困ってるんだろ」
「ですから、僕たちはあくまで一つの道としてこの話をしています。ヒントにしてください」
柚輝が堅い顔で言うと幹太は目をそらす。彼の顔が堅いのはいつものことである。いくつか応答を重ねた後、幹太は賀島と連れ立って相談課の個室から出て行った。
「あの子、どうするかな」
「また挑戦してくれたら面白いですけどね」
彼が珍しく意地悪そうな顔で微笑んだとき、お昼のチャイムが鳴った。放送部が明るい声で12時と食堂で振る舞われる献立を告げる。
「今日はシチューか」
「もうすぐ夏だというのに」
柚輝の言葉に、通りかかった風音がその情報網を披露する。
「大量入荷しちゃった牛乳の賞味期限が危ないかららしいわよ。昨日だってデザートは牛乳寒天だったでしょ?」
ああ、と2人はうなずく。
「でも嬉しいな。シチューにはちょっと思い入れがあるんだ」
初めて白い家に来たときの夜、シチューに心を溶かされたことは長年の相棒にも内緒である。
「なんです、教えてください」
食いつく相棒に、やだ、と葵は笑った。今ではすっかり地理を覚えた白い家の回廊を歩く。横を歩く柚輝が長い腕をすっと伸ばした。
その先は、かつて慧奈と悠李と一緒にいた中庭だ。
「あ、見てください。案内課の菖蒲が綺麗ですよ」
「ほんとだ。菖蒲は乗り心地がいいって評判だよ」
「もう、風情のないこと言わないでください」
人に誘われたかのように、回廊に風が吹き抜けた。さわやかな風に微かに熱気が混じる。故郷と同じ香りがするのにどこか違う感触がする風に、これだけ経った今も寂しさを覚える。
それでも彼女はここで生きていく。同じような寂しさを抱えた迷える魂を、導くために。
立ち止まった彼女を呼ぶ相棒の声に、葵は一歩踏み出した。




