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ユリアの事を知った日から数日。
彼女は今までが嘘のように付きまとって来なくなった。
鬱陶しく感じていたので、くっ付いて来ないのは非常にスカッとした。
スカッとした……が……。
どうした事か、俺は以前よりイライラするようになった。
はじめは魔法を使えないストレスだと思ったが、あれから何度も森に入って魔法を使ってもこの苛立ちが消える事はなかった。
それに、妙に感じるこの喪失感はいったいなんだろう?
はっきりとはわからないが、似たような感覚を前の俺は常に感じていた気がする。
加えて、意外なところにも問題は発生した。
夜の冷え込みだ。このあたりの深夜の冷え込みは思った以上に寒く、魔法で身体を温めようかとも思ったが、隣は両親の部屋。
迂闊な行動はできない。
少し前までは冷え込みなど気にもならなかったのに、何故こんな急に? と考えて、ある事に思いいたる。
そうだ。
今まではユリアがくっ付いてきていたので暖かかったのだ。
見ると、彼女も震えているようだった。
そんなに寒いなら寄ってくればいいのに。
死んだ時点で十七歳だったと言っていたから、多少の恥じらいでもあるのだろうか?
俺も前の年齢を明かしたし……。
彼女から寄って来ないならば、こちらから声をかければいいと思う。
この寒さは堪え難いし、寄り添って寝るのが一番手っ取り早い。
お互いの利でもある。
ある、のだが……。
……………。
はっきり言って、前の俺はユリアの元年齢くらいの女は片っ端から食っていた。
同意無く。
見境無く。
無理矢理に。
一度夜を共にした女はもう二度と――永遠に――前の俺の前に現れる事は無かったし、誰もいないし、別に咎められる事でもなかった。
『お、大人しそうなふりして、やる事はやってんのね……本気で引くわ』と言った友人Aはその日からしばらく顔を出さなかったっけか。
だから、まあ、結局何が言いたいかと言うと、こういう事をしていたので、気持ち的に自ら寄り添って眠る事を提案するのがどことなく気まずいのだ。
こんな事を気にする日が来るなんて夢にも思わなかった。
もちろん、幼子に手を出す変な性癖は持ち合わしていない。
ただ、彼女の精神が現時点で十九歳相当であるという事がためらいのもとになっていた。
彼女が過去の俺など知る由も無いのだが……。
どうすればいいのだろう?
散々思考を重ねるが、答えは出ず、例の苛立ちが増していくばかり。
思いきって手を伸ばす。
触れた肩はひどく冷たかった。
わずかな間をおいて、ゆっくりユリアが振り向いた。
こんなに至近距離で顔を見るのは久しぶりだ。
「リオネル?」
「その………寒く、ないか?」
「ええ。ちょっと寒いですね」
あとは、もう少し近づいて眠ろうと提案するだけ。
しかし、彼女を前にしたとたん、なんと言えばいいのかわからなくなってしまった。
自分の心情がまるで理解できない。
ユリアは、不思議そうにこちらを見てくる。
その瞳の中に、リオネルが映っていた。
銀髪に紅い瞳。
今はもう見慣れてしまった自分の姿。
視界を広げると、そこには同じ銀髪に蒼い瞳。
双子の妹ユリア。
そうだ。
精神がどうであれ、今はリオネルとユリアという双子。
はじめから、何も気にする事などなかったのだ。
「今は、その、双子だから……前世がどうこうとか関係、なくて、だな……」
言いたい事がはっきりしないセリフだ ……こんな言葉では俺の言いたい事は伝わらないだろう。
そう思って言い直そうと口を開きかけたが、先にユリアが動いた。
「そうですね、双子ですから」
そう言って微笑み、小さな身体が遠慮がちに寄ってきた。
すぐにユリアは眠ってしまった。
側にある規則正しい呼吸が、暖かな熱が心地よい。
冷え切っていた身体が、芯から温まる。
『あんた、寂しくないの?』
いつの日か、友人Aが言っていた言葉を思い出した。
――……寂しい? 今、俺は寂しいのか?
『そんなの私にはわかんないわ。
でもね、たった一人でこんな薄暗い場所に閉じ込められてたら普通寂しいわよ。あんた、よくそんな平気な顔していられるわね。私なら発狂してるわ』
――お前の言う事はよく分からん。俺は発狂した方がいいのか?
『分かりもしないのね。……かわいそうに』
今なら分かる。
あの頃の俺は暗闇に一人で、震えながら暮らしていた。
だけど、それが前の俺にとっては当たり前だったのだ。
ユリアに追われない数日間に感じた喪失感。
前の俺が常に感じていた虚脱感。
どちらも同じ。
寂しい。