首なし騎士は頭を垂れた⑤
「地下だ、地下。地下に違いない。秘密は足下に隠すのが定石だ。」
皇国側の法外地域を1周したイヴァルノンたちは、クインルが歩きながら描いた簡易地図を改めて見下ろし、そう言った。首を左右に上に動かしている分には、灰色の砂と岩と生物の残骸しか見つからなかった言い訳の様だった。
「そして、秘密に足下を掬われ、階段を転げ落ちて捻挫するんだ。」
「ええ?なんだよそれ、骨折しないのか?」
「折れやしないよ。図『太い』し、し『ぶとい』から。」
しかし、下を向いてみても、投げやりに上を向いても、今にも躓きそうな小石は見つからなかった。
「はあ、足にタコが出来ちゃったよ・・・ん?」
歩き疲れて岩に腰掛けたイヴァルノンは、毛羽だった半金属の底板を砥石で均そうとして、足の裏を見た。そして、底板に映る影が不自然に波打つのを見つけ、思わず舌を巻いた。
「下じゃないならよ、イノン。次は何処に秘密を隠すと思う?」
「歪みだ」
「歪み?」
「そう、歪みだよ。表と裏の間だ。そうに違いない。」
イヴァルノンは頭の上に寝そべっていたオセットを「むぎゃ」引き摺り落とし、オセットに魔力を喰わせて大きくし、筋肉質にした。
「クインル、メモ用紙一枚くれる?
あと、お金貸して」
「そのお金は返って来る予定はあるかい?」
「必要経費」
クインルがメモ用紙を一枚切ってイヴァルノンに渡すと、彼女はさらさらと物の名前を箇条書きしていき、オセットに手渡した。
「なんだなんだ、買い出ししろってか?」
「此処に来る途中に機人用の中古部品店があったから、そこで見つかると思う。
何書いてあるかどうせ分からないだろうから、このメモを渡して買いな。それと、勧められても、その店で一番安いのは買わないでね。」
「えー、専門的なものならイノンが行く方がいいじゃんか」
「これから私は頭を使わなければいけません。これ以上、歩きたくございません」
オセットは渋々と承諾して、クインルと共にさっさか町の方へ駆けだしていった。
「よう、帰ったぞイノ・・・お、おおう、なんかすげえことしてんな。」
数時間後、オセットとクインルが戻って来ると、そこには手のひらに収まるカメラ型の投影機で映した、何十もの画面を凝視しながら怪しく機械を嵌めた指先をわしゃわしゃ動かすイヴァルノンがいた。
「頼まれてたもん、一応買えたぞ。ただ、ソフトクリームだかアッチョンプリケとか言ってたっけな、それは資格がある者以外には売れないって言われちまったよ」
「ああ、そうなの。まあいいや、あれば楽だと思って書いたけど、ざっと見ている限りはそんなに難しくなさそうだし」
「イヴァルノン、君は・・・これから何をする気なんだい?」
クインルがそう聞いてようやく、イヴァルノンは画面から目を離した。
「これから、歪みの入り口を見つけるんだ。」
オセットもクインルも二人一斉に顔を見合わせ、口先を尖らせたので、イヴァルノンはあくまで厚意で説明し始めた。
「そもそもの話、ロストルール曰く、世界は様々な法則の下で、規則正しく存在している。
だから、その法則を正しく理解していれば、世界の全ての現象は『計算』することが出来る、とされている。
このロストルールによって管理されているならば、歪みは生まれない。つまり、歪みとは、ロストルールの計算が『間違えた』ときに生まれるもので、魔力や魔性は、ロストルールの概念で言えば、歪みの一種だ。」
「う、ううん・・・」
理解の範疇を早くも超えてしまったらしいオセットの呻き声を聞き、クインルは引き攣った顔でオセットに耳打ちした。
(彼女、時々ロトルっぽくならないか?)
(それ本人に言うなよ?滅茶苦茶不機嫌になるから)
そんな会話をしているなど気付いていないイヴァルノンの説明が、二人の理解を掠めて通り過ぎ、波の音に掻き消されていく。
「生粋のロトルだったら、大小問わず、歪みは表と裏の世界を分ける膜が引き千切れているように見えるらしい。だけど、古人領域でもない限り、ほとんどの人は認識できないと思う。ありふれた日常になっているからね。
ただ、古人領域の外でも基礎にはロストルールがあって、歪みは本来すぐに再計算によってなくなるのだけど、例えば、歪みの中に何かを入れ込んだりしちゃったら、計算が絶対に合わなくなる。
足裏にこびり付いて引っ張っているように見える影というのは、歪みによって一部処理落ちしている証拠として、典型的なものだよ。もっと言えば―――」
「もっとは要らない。絶対要らない」
「まあ、歪みの中に隠し物をするとしても、元々に処理する計算量が多かったりすると、多分、オセットたちの目にも見えるぐらい不自然にズレるから、人気のない場所を選ぶっていうのは理に適っている訳だ。」
「もういいッ!分からない!お前は俺と同じ言葉を話しているのか!?嘘だ!これは別言語だ!!
これからお前がすることを!要点だけ!噛み砕いて説明してくれ!俺たちの理解出来る言葉で!」
「・・・間違い探し」
「砕き過ぎて粉になってる!筋は残してくれ!」
「注文多いなあ・・・。
1,2,3って規則正しく配列されてあるものの途中で、規則性のない値が割り込んでいるから、それを見つける・・・で、ピンとくる?」
「・・・1,2,3ときて、“9”4、5ってくる感じか?」
「そう。その9を探すイメージ。
その9はつまり、此処に何か別の『入口』もしくは『住所』に値する」
「なんだよ、俺でも出来そうじゃんか」
信じられない、とばかりにイヴァルノンは頭を抱えて仰け反り、腹から奇声を上げた。
「あーあーッ!何故?!よくそう思えるよね!?魅惑な無知無知さ加減よ!最ッ高だわ!見習いたい!」
「そうカッカしないでくれよ、ほれ、糖分。パスタパンだぜ。」
「・・・いただきますぅ」
オセットたちが買って来た機械類を有線や無線クリップで繋ぎ、魔力を電気に変換する発電機に足を乗せて、イヴァルノンは複数の画面とにらめっこしながら指を動かした。
その様をチラチラ確認しつつ、やることのない二人は買って来たパスタパンを頬張りながら波打ち際で話をしていた。
「その右目、見えてないのか?」
「ああ、見えてないよ。」
ぱっちりと開いてはいるものの、白濁したクインルの右目。うっすらと顔の傷に沿うように目にも痕が残っている。
「誰かに引っ掻かれたらしいんだけど、さっぱりその前後の事を覚えてないんだよ。
気付いたら病床だったし」
「皇国生まれなんだよな?」
「そう。皇国の・・・まあ、君たちは流れ者だから打ち明けるかな。
前の皇、アイリ王の血筋なんだよ。俺」
まん丸と目を開くオセットに、クインルは小さく笑みを浮かべた。
「ただ、誤解しないで欲しいのは、皇はあくまで『不死の王の器』と契約した者の事で、前の皇を討った者が次の皇になるから・・・王家とか皇族って括りはないんだ。それに、アイリは俺の曽祖父ぐらい前だし」
「いやぁあ、ええ、ううえええ・・・全ッ然、分かんなかったなあ・・・。」
「だけど正直、周りからは偏見の方が強くてさ・・・幼少期にいい思い出なんて何もなかったんだ。
右目が見えなくなったこともあって、血縁を隠して登竜省を降りるときに手伝って貰ったのがケビン、あのギルド長でね。その後も色々工面してくれた恩があって、結局は彼の下で働くことになったんだ。」
「・・・ということは、ほぼ一般市民?」
「是非ともそう思ったままでいて欲しいね。
それに俺、玉座とかに踏ん反り返っているような顔じゃないだろ?」
「そんな事は・・・なくはないな」
そんな談笑をしつつ、チラ、とオセットはイヴァルノンの方に振り返るが、まだまだ終わる気配はなかった。徐々に遠くなっていく陽をふと見上げ、思い出したようにオセットはクインルに尋ねた。
「もしかしてクインル、黒王ってどんな奴か、知っているのか?」
「黒王? ああ、知ってるよ。」
そう聴くと、オセットは好奇心のままに思わず身を乗り出した。
「マジか―――なあなあ、黒王って、どんな奴なんだ?」
「どうって・・・黒鋼の塊みたいな姿で、見た目は魔人っぽくて真っ黒で・・・すーーっっっごく、うるさい。」
「え?うるさい?うるさい??滅茶苦茶喋るのか?」
「いや、違うんだ。
黒鋼って、絶対に壊れたりしない、異常に重い新鉱石なんだけど・・・それが『擦れる音』がね・・・耳を捩じ切りたくなるぐらいうるさいんだよ。まさに不協和音だ。
これは個人的な意見だけど、黒王の身体って多分・・・『動く』ように出来てないんだよ。あれは無理矢理動かしている音だと思う。」
そうなのか・・・と、頭を掻いて口を尖らせるオセットを見て、俺からも訊いていいか?と、クインルは尋ねた。
「君って竜人にしても特殊な体質しているだろ?
身体の姿形変えるのだって、魔性じゃなさそうだし・・・どうして魔女と一緒に旅しているのかなって聞いてみたくて」
「ああ、まあ・・・気になるところだよな。
確かに、俺はまだ魔性は発現してねえぜ。生まれてからそう経ってないからな」
イヴァルノンと話しているようにしれーっとオセットは言ったが、クインルは信じられない、という顔でじろじろと彼を観察し始めた。
「そ、そうだとすれば、随分と語学堪能だな」
「え、あー、話してもいいかな・・・、いや、クインルも俺に打ち明けてくれたんだ。俺も秘密を打ち明けるぜ。」
オセットは一度、イヴァルノンの方を見たが、彼女はオセットたちの会話に興味がないように画面に集中していた。クインルが自ら秘密にしているのだろう生まれについて話してくれたのだから、その代わりに、と、オセットは彼に耳打ちした。
「イノンが魔協会から抜けた理由
俺が生まれたからなんだよ。」




