ティト先輩と墓参り
トーナメント合間の休養日。
俺は街をひとりで歩いていると、通りの先を歩いているティト先輩の後ろ姿を見つけた。
小走りで追いかける。
「先輩」
「ああ、ユウか」
「どうしたんだ。
そんなものを持って」
彼女は手に花束を持っていた。
小振りで質素な花びらだけど、綺麗な白い花束だ。
彼女の赤い髪によく映える。
「いまから兄の墓参りに行こうかと思ってな」
「……お兄さん。
たしかイカルガさん、だったか?」
先輩は無言で頷いた。
「ところで君はなにをしていたんだ?」
「俺はちょっと散歩をしてたんだよ。
明日のミズナイツ戦を思うと、少し落ち着かなくてさ」
「ふふ。
なんだそれは。
いまからそんなのでどうする」
そのままなんとなく、ティト先輩と並んで歩く。
先輩は3年生だから、2つ歳上だ。
彼女の身長は女子の平均よりもずっと高く、背はわずかに俺より高い。
歩きながら俺は、ティト先輩を横目でちらりと見た。
……やっぱり綺麗なひとだ。
内に秘めた激情を表すように情熱的な真紅の髪と、それに相反する穏やかな表情。
少しつり目がちで一見すると近寄り難いような美人の彼女は、けれども内面は実直で、誠実で、そしてとても優しいことを俺は知っている。
「……ユウ。
おい、ユウ」
思わず見惚れてしまう。
気付けば俺は、ティト先輩に目を奪われていた。
「話を聞け。
おい、ユウ」
「――は⁉︎」
「やっと気付いたか。
急にぼうっとして、どうしたんだ?
あと、そんなに見るな。
さしもの私も、そんなにずっと見つめられては恥ずかしい……」
「わ、悪い!」
焦る俺に先輩が優しく笑いかける。
「ふふふ、冗談だよ。
あ、そうだユウ。
もし時間があるなら、君も墓参りに付き合ってくれないか?」
「え、俺が?
いいのか?」
「ああ、勿論だ」
「じゃあ、一緒にいくよ」
肩を隣り合わせて、街の雑踏をふたり肩を並べ歩いていく。
しばらく無言でそうしていると、ティト先輩が不意に話しかけてきた。
「……しかしなんだ。
さきほどの真っ直ぐな瞳。
やっぱりユウは好ましいな。
私がこれまで見てきた男たちとは、どこか違う気がする」
「そうかな?
自分ではよく分からないけど」
「分からなくていい。
それよりほら、手を出してみろ」
促されるままに手を差し出すと、先輩がその手を握ってきた。
暖かな体温が、柔らかな手のひらから伝わってくる。
「あ……。
先輩……」
「どうした?
そんなに顔を赤くして。
くすっ」
先輩が楽しげに笑う。
これは確信犯だな。
だがそうとわかっていても、俺は顔に血が集まるのを止められない。
「ふふふ。
ほんとに面白いな、君は。
勇敢だったり、かと思えばこんな風に年相応な幼さをみせたり。
見ていて飽きないよ。
……そら」
ティト先輩が繋いだ手を一度離し、今度は指と指とを絡め合わせてきた。
「こういうのはどうだ?」
「うあ……。
ど、どうって言われても」
「くすくす。
まったく可愛い反応をしてくれる。
それはそうと暖かいな、君の手は……」
先輩はいつになく大胆だ。
俺はもういっぱいいっぱいになってしまって、赤面したまま口を噤んだ。
◇
目の前に小さなお墓があった。
ティト先輩がその前に立ち尽くしている。
ここは都市の片隅に設けられた集合墓地。
木々の合間から暖かな木漏れ日が差し込み、さわさわと葉擦れの音が聞こえてくる。
「これが、兄さんのお墓なんだ」
「イカルガさんの……」
ティト先輩が膝をつき、そっと花束を供える。
そのまま彼女は目を瞑り、手を組んだ。
俺も倣って、黙祷を捧げる。
……。
静寂の時が流れる。
しばらくしてから、沈黙していた彼女は閉じた瞳をゆっくりと開けた。
「……なぁユウ。
聞いてくれるか?
兄さんのこと、私のこと」
「……俺なんかが聞いていいのか?」
「ああ、私は君に聞いてもらいたい。
ユウだからこそ、聞いてもらいたいんだ」
ティト先輩との深い絆を感じる。
俺は彼女の瞳を見つめたまま、重々しく頷いた。
「兄はな……。
……兄さんは優しくて、強いひとだった。
うちは名家と言っても名ばかりの魔法騎士の家系で、そんな我が家に生まれた待望の子が、イカルガ兄さんだったんだ」
◇
ティト先輩は語る。
幼い頃の先輩は、いまみたいな感じじゃなくて、どこにでもいる普通の女の子だったらしい。
むしろ少し気弱で、同世代の男子たちにいじめられて泣いたこともあるそうだ。
いまの彼女からは、ちょっと想像できない。
だが本当らしい。
先輩はいつも兄のイカルガさんに、ひよこみたいについて回っていたらしい。
どこに行くのも兄と一緒。
イカルガさんはそんな先輩を可愛がって、いじめっ子からも守ってくれたそうだ。
「兄さんはいつも優しかった。
私を守ってくれた。
でも私は、いつまでもこれじゃいけないと思ってな。
兄さんの真似をして剣を振り始めたんだ……」
ティト先輩の家系は、先述の通り代々魔法騎士の家系らしい。
だから女だてらに先輩が剣を振ることについては、家族は誰もなにも言わなかったそうだ。
「私のこの剣は、元々兄さんに教わったんだ。
守られてばかりじゃない。
いつか兄さんを超えて、私が逆に兄さんを守ってやるんだって、幼いながらも必死になって、毎日日が暮れるまで剣を振ったもんだよ。
……でも一度も兄さんには勝てなかったな」
その頃のことを思い出してるのだろうか。
先輩の頰が僅かに緩む。
「だが結局……。
……私は兄さんを守れなかった」
イカルガさんは、ミズナイツ騎士学園のカノ・クーガーに公衆の面前で嬲られ、最後には事故死に見せかけて殺された。
「絶対におかしい。
兄さんは本当に天才だった。
たしかにカノ・クーガーは強敵だが、兄さんならあんなヤツに負ける訳がない」
「ティト先輩……」
「なぁユウ。
私は改めて、兄さんの墓前で誓うよ。
明日の決勝。
私は必ずこの手でカノを倒す。
……そして、なぜ兄さんがあんな男に破れたのか。
事の真相を……必ず……」
先輩が俺から顔をそむけた。
いつもなら頼り甲斐のある彼女の身体が、悲しみに震えている。
「……先輩」
俺はそっと彼女の肩に手を置いた。
「……俺も手伝うよ。
明日の試合、必ず勝とう」
「……ありがとう」
俺の手の甲に、彼女が手のひらを重ねた。
◇
沈黙のときが過ぎる。
ティト先輩の震えはもう収まっていた。
だが彼女はこちらに振り返ろうとはしない。
肩ごしに俺と手を重ねたまま固まっている。
「……な、なぁユウ」
ようやく先輩が口を開いた。
しかしその声はさっきまでと違って、どこか上擦っているように思える。
「なんだ?」
「あ、あのな。
無事にイカルガ兄さんの仇を討てたら、君に聞いてもらいたい想いがあるんだ」
「……?
いまだと、まずい話なのか?」
「ま、不味くはない。
不味くはないんだが、私にもこころの準備というものがだな!」
先輩はいつになくオタオタしている。
「と、とにかく明日だ!
明日、すべてが片付いたあと、もう一度話そう。
それじゃあな!」
こんな彼女は珍しい。
結局ティト先輩はこちらを振り返らず、俺を置き去りにして足早に歩み去っていった。




