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トーナメント開始

「一回戦、第1試合!

 ロ・ナウ魔法学園対ノクダーク冒険者養成学園!」


 観客席からざわついた喧騒が届く。


 ここは学園都市ショウ・セッカに設けられた、トーナメント用の試合場だ。


 この試合場は、数年前に王の発布により王国各地で様々なトーナメントが開催されるようになってから、建設されたものである。


 重厚なコロシアムじみた作りの建築物で、中央の石畳の舞台を逆円錐状の観客席がぐるりと囲んでいる。


「両学園、前へ!」


 試合会場で対戦相手と睨み合う。


 一回戦の俺たちの相手チームは、ノクダーク冒険者養成学園。


 ギルドが出資して開かれた学園で、冒険者養成を銘打つだけあって、様々な戦闘技能を有する生徒たちが通っているのが特徴の学園である。


 強敵だ。


 下馬評ではこの試合、ノクダーク有利とされていた。


 というのもノクダークは昨年、トーナメント覇者であるミズナイツ騎士学園と優勝を競った学園なのである。


 しかもだ。


 前回は惜しくもミズナイツに敗れた彼らだが、そのときの出場メンバーは、全員がまだ2年生だった。


 今年は当時と寸分変わらぬメンバーが、3年生になって出場してきている。


 優勝候補と目されるのも無理はないだろう。


 ◇


「くくく……」


 ノクダークの選手たちがニヤニヤと笑っている。


 俺たちを見下しているような雰囲気だ。


 しかもこいつらは、特にティト先輩に対して(あざ)るような視線を向けている。


 いったい何故だろうか。


 疑問に感じたそのとき、観客席からも俺たちを侮るような会話が聞こえてきた。


「……おい。

 あいつティト・キュイナだろ?」


「去年のロ・ナウ魔法学園の代表の妹か。

 たしか兄貴はイカルガ・キュイナとかいう……」


「ああ、あの雑魚か!」


「思い出した!

 天才魔法騎士とかご大層な触れ込みで登場したくせに、ミズナイツ騎士学園のカノ・クーガーにボロカスにやられた奴か!」


 ティト先輩は黙って下を向いている。


「あれは傑作だったなぁ!」


「知ってるか?

 あのティトってヤツも、兄貴とおんなじ天才魔法騎士って呼ばれてるらしいぜ?」


「ぶはっ!

 一体なんの天才だよ!」


「虚勢の天才とか、そんなんじゃねえの!

 はははは!」


 ひどい野次だ。


 俺は我慢できなくなって、ロングソードを鞘から引き抜き、切っ先を野次を飛ばす観客に向けた。


「……お前たち!

 その口を縫い付けられたいか。

 いますぐ汚い野次をやめろ!」


「そうよ!

 貴方たちに、ティト先輩のなにがわかるって言うの!」


 イーリィも当然怒っている。


「……待て、ユウ。

 それにイーリアスも」


 先輩に止められた。


「で、でも!」


「本当にいいんだ。

 野次りたいやつには、好きに言わせてやるといい」


 ティト先輩はそう言うが、俺は悔しくて仕方がなかった。


 だって先輩は本当に凄いのに!


 イーリィも物言いたげにしながらも、先輩が制止するものだから我慢している。


「でも、そうだなぁ。

 ……なぁユウ、イーリィ。

 ひとつ、頼みがある」


「はい、なんですか?」


「なんでも言ってくれ」


「この試合……。

 私、ひとりでやらせてくれないか?」


 そう言って、ティト先輩が不敵に笑ってみせた。


 ◇


「はじめ!」


 審判員が試合開始の合図をする。


 俺とイーリィはそれを聞き届けてから、試合場の後方に下がった。


 装備を解除して、完全に傍観者スタイルだ。


「なんだぁ、テメエら?

 やる気あんのか!」


 ノクダークの選手たちが、戦う意思を示さない俺とイーリィに怒り出す。


 だがその言葉をティト先輩が遮った。


「……そう焦るな。

 君たちの相手は、私ひとりで十分だ」


 相手チームが驚いている。


 かと思うと顔を真っ赤にして騒ぎ出した。


「て、てめぇ……。

 俺たちを舐めてんのか。

 調子にのんな雑魚が!」


「ぶっ殺す!」


「泣いて謝っても許さねぇ。

 腕の1本や2本で済むと思うなよ!」


 やかましい奴らだ。


 ぎゃあぎゃあと、まるで盛りのついた雌犬みたいに騒ぎ立てている。


 そんなノクダークの選手たちに向けて、ティト先輩が手のひらを優雅に翳した。


「……あん?

 お前、なんのつもりだ、そりゃあ?」


 先輩は3本の指を突き出していた。


 静かに口を開く。


「……三撃だ」


「はぁ?

 おいクソアマ。

 なにを言って――」


「三撃で、君たち3人全員を仕留めてみせよう。

 ……そうだな。

 なんならハンデもやろう。

 私は魔法は使わない。

 使うのはこの……」


 先輩が肩越しに自らの背に手を回し、背負った大剣の鞘を握る。


「剣だけだ」


 対戦相手が顔を真っ赤にして、肩をプルプルと震わせている。


「……上等だ、くそアマぁ」


「裸にひん剥いて、土下座させてやる」


「うらぁ!

 これでもくらいやがれ!」


 相手のひとりが、叫びながら先輩に飛び掛かった。


「……ふぅ。

 はっ!」


 ティト先輩が小さく息をはいた。


 背中に担いだ大剣を、目にも留まらぬ速さで抜きはなち、天から打ちおろす。


 不用意に飛び出してきた最初のひとりが斬り伏せられた。


「ぐはぁあ⁉︎」


「……まずは一撃」


 呟きを残してティト先輩の姿が掻き消えた。


 高速で移動したのだ。


 呆気に取られ、試合場に倒れ伏した仲間に目を奪われていた残りふたりの対戦相手は、先輩の動きを捉えることが出来ていない。


「ど、どこだ⁉︎

 どこに消えやがった⁉︎」


「ちくしょう!

 でてこい!」


「……ここだ」


 相手選手の右斜め後方。


 その死角からティト先輩が現れた。


 這うように地を走り、ノクダークの選手たちの視野角の外まで移動していたのだ。


「ほら。

 しっかり受けろよ、君。

 さもないと死ぬぞ」


 驚きに目を見開くノクダークの選手を、彼女は容赦なく逆袈裟に斬りあげる。


「げはぁ⁉︎」


「……これで二撃」


 先輩に斬りつけられた相手が、膝から崩れ落ちた。


 ピクリとも動かない。


「さぁ。

 君で最後だ」


 彼女が大剣の切っ先を3人目に向けた。


 真紅の髪を風にたなびかせ、切れ長の鋭い瞳で、相手の目を真っ直ぐに射抜く。


「……ひっ、ひぅあ⁉︎

 ま、待て。

 ちょっと待てって!」


 最後に残った対戦相手は、腰を抜かして尻もちをついた。


「どうした?

 立って闘わないのか?」


 先輩は肩に大剣を担ぎなおし、ゆっくり歩いて敵に近づいていく。


「ひ、ひぃい⁉︎

 くるな!

 くるなよぉおおおおッ!!」


「……悪いが、そういう訳にもいかない」


 先輩が最後のひとりの前に仁王立ちをした。


 腰を抜かして震える相手を見下ろしながら、ゆっくりと大剣を振り上げる。


 相手選手は震えながら失禁していた。


「……これで終わりだ」


 ティト先輩が剣を振り下ろした。


 最後に残った相手は、大剣の腹に強かに頭部を打たれて気を失った。


 ◇


 観客席が静まり返っていた。


 目の前で起こったあっという間の制圧劇に、誰もが我を忘れて魅入っている。


「す、すげえ……」


 誰かが呟いた。


 それを皮切りに、会場中が割れんばかりの声援に包まれる。


「すげえ!

 圧倒的じゃないか!!」


「た、たったひとりで、ノクダーク冒険者養成学園を下しちまいやがった!」


「それどころじゃないわ!

 三撃……。

 たったの三撃よ!」


 大歓声が送られる。


 ティト・キュイナとは、これほどまでの戦士かと、会場に集まった全てのひとが刮目して彼女を見つめている。


 誰もが先輩を天才騎士と認めて、惜しみのない声援を送った。


「すげえな、あいつ!

 ティト・キュイナ!」


「だれだよ、あの女騎士が雑魚だなんて嘯いたのは!

 紛れもない天才騎士じゃないか!

 しかも今回、剣しか使ってないけど、魔法も使えるんだろう⁉︎」


「ああ⁉︎

 もしかしてこれ、去年のヤツも強かったんじゃねえか?

 イカルガ・キュイナ。

 天才魔法騎士!

 だって、あいつの兄貴なんだろ⁉︎」


 歓声は収まるどころか、ますます大きくなっていく。


「凄かったぞー!

 次の試合も応援してるからな!」


「きゃあー!

 かっこいいっ。

 次も頑張って下さいー!」」


 ティト先輩が大剣を突き上げて、声援に応えた。


 こうして彼女は、初戦から見事に兄の汚名をそそいでみせたのだった。

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