召喚獣ラグ
学園トーナメントの学年別二回戦。
俺とイーリィとの新生1年生タッグは、試合場で2年生の先輩ふたりと対峙していた。
場所はグラウンドに設けられた闘技場。
この試合に勝ったほうが、シードの3年生と優勝を競うことになる。
"名前:キャノック
レベル:19
スキル:剣術、盾術"
"名前:イルカ
レベル:19
スキル:槍術、体術"
鑑定してみると、驚いたことに相手はふたりとも、魔法を使わない戦士タイプの選手だった。
魔法なしで学年選抜を勝ち抜いてきたということは、つまり相当な近接戦闘の手練れだ。
油断はできない。
「……イーリィ。
怪我だけはしないでくれよ」
「あら。
心外ね。
戦うと決めたからには、怪我の覚悟くらいはしてあるわよ」
相変わらず男勝りなイーリィの言葉に、俺はやれやれと肩をすくめた。
◇
「はじめッ!」
始まりの合図とともに、相手が飛び掛かってきた。
はやい!
キャノックの剣が頭上から振り下ろされ、イルカの扱う槍の穂先が突き出される。
「きゃぁあ⁉︎」
真っ先に狙われたのはイーリィだ。
まずは無防備そうにみえる彼女を先に倒してから、次はふたり掛かりで俺を仕留める腹づもりなのかもしれない。
「そうはさせない!」
イーリィと二年生の間に割って入る。
鞘から走らせた剣を一振り。
イルカの槍を跳ねあげて、それをキャノックの剣にぶつける。
流れるような見事な剣術に、2年生の代表が驚きの声をあげる。
「やるな一年坊!」
「ははっ。
これは凄い剣さばきだ!」
敵である俺を賛辞しながらも、まだまだ2年生は余裕の態度を崩さない。
俺はふたりを相手取り、けん制しながらイーリィに指示を飛ばす。
「イーリィ!
いまのうちに、召喚を!」
「わかったわ!
召喚――
ファングウルフ!」
試合場に淡く輝く召喚陣が描かれ、そこからファングウルフが現れた。
わっと会場が歓声に湧く。
「みたか、いまの!
召喚士だぞ、あの子!」
「すっげえ!
俺、召喚術なんてみたの、初めてだ!」
会場中が現れたファングウルフとイーリィに釘付けだ。
「グゥルルルルゥ……」
彼女の狼が牙を剥き、低い唸り声を響かせる。
やる気満々だ。
こいつはもしかすると、召喚主たるイーリィの戦意を汲んでいるのかも知れない。
「くッ⁉︎
女のほうは召喚士か⁉︎」
「これは珍しいな。
とはいえ喚びだしたのはただのファングウルフ。
俺たちの相手ではない!」
槍を持ったほうの先輩が地を這うように飛び出して、召喚直後のファングウルフに襲い掛かった。
突き出された槍と狼の爪が交差し、ガキンッと硬質な音が響き渡る。
「ぐぁぁああッ!!」
2年生が吹き飛ばされた。
さすがはイーリィのファングウルフ。
いくつもスキルを重複授与して、底上げしまくった爪撃の威力は伊達じゃない。
「な、なにぃ⁉︎
こいつ、ただのファングウルフじゃないのか⁉︎」
警戒した2年生が一旦引き下がった。
慎重になった先輩たちは、今度は俺たちの出方を窺っている。
勝負は仕切り直しだ。
◇
2年生のふたりが防戦一方になっている。
俺はなにも手出しをしていない。
それにも関わらず、である。
「はぁ、はぁ……。
化け物か、この狼!!」
「糞ぉ……。
あの咆哮がやっかいなんだ!
アレをやられると、足が止まっちまう!」
イーリィの喚んだファングウルフは圧倒的だった。
レベルでは先輩たちに及ばない。
なのに、この狼はたった一頭でふたりを同時に相手取り、圧倒している。
スキル重複授与の結果だ。
「こ、これが、私の召喚獣……?
凄い……」
イーリィ自身も驚いている。
「こうなったら……!
おい、イルカ」
「ああ、キャノック!
覚悟は完了した!」
先輩たちが頷きあったかと思うと、捨て身の攻撃を仕掛けてきた。
「同時に仕掛けるぞ!
俺は右からいく!
お前は左から槍で突け!」
「息をあわせていく!
防御は考えるな!
とにかく全力で攻撃だ!」
全身全霊をかけた渾身の一撃。
だがそれをイーリィのファングウルフは、やすやすと上回る。
「……グルルルルゥ。
ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
狼の大咆哮が試合場に響き渡った。
2年生たちの足がその場に縫い付けられる。
「いっちゃえぇ!
私の召喚獣!」
「ガウゥルルルーーッ!」
イーリィの号令に従って、ファングウルフが先輩たちに飛び掛かる。
牙で相手の武器を噛み砕き、強烈な爪を振り下ろす。
「ぐわぁぁああああ!」
「キャノック⁉︎
くっ!
ま、待て!
ま、参った。
俺たちの負けだ!」
2年生たちが降参した。
武器を破壊され、ここまでの実力差を見せつけられたのだ。
賢明な判断だろう。
「う、嘘……。
私の召喚獣だけで、勝っちゃった」
イーリィは狐につままれたような顔だ。
その珍しい表情が、少し面白い。
「勝負あり!」
俺たちの勝利が告げられると同時に、イーリィはファングウルフに抱きついた。
会場中からの歓声が、彼女と彼女の召喚獣に降り注ぐ。
「すごい!
おまえってば本当に凄いわね!」
イーリィは、気持ちの良さそうなモフモフの被毛に顔をうずめて喜んでいる。
なんだかファングウルフも誇らしげだ。
鼻を高々と上げてかり、大きな舌を出してベロンとイーリィの頰を舐めた。
「あはっ、あははは!
こら、舐めちゃだめよっ!」
「わうぅーん!
わふ、わふッ……」
「も、もう、やめて!
きゃあ!
やめてってば!」
楽しそうである。
俺はじゃれ合う彼女たちに近付いて声を掛けた。
「なぁイーリィ!
そのファングウルフに、名前をつけて上げたらどうだ?」
「あっ!
いいわね、それ!」
どんな名前がいいだろうか。
ファングウルフも舌を出して「はっ、はっ」と息を吐きながら名付けられるのを待っている。
「うーん、そうねぇ。
おまえ、抱き心地がフワフワしていて、とっても気持ちいいラグみたいよね。
……よし、決めたわ!」
イーリィがこほんと咳払いをする。
「おまえは『ラグ』!
私の大切な召喚獣。
ファングウルフのラグよ!」
「きゃふーん!♡」
狼の鋭い瞳がハート型になった。
ファングウルフ改め召喚獣のラグは、ぶんぶんと千切れんばかりに尻尾を振っている。
「うぅ、わおおおおぉぉーん!」
試合会場に、ラグの嬉しそうな遠吠えが木霊した。




