決戦前日・赤髪の女騎士ティト
その日、俺は買い物で街に出ていた。
新しい剣を買うためだ。
というのも俺の使っていたロングソードは、これまでの激しい戦いでもうボロボロになっていたのである。
学園都市の中央通りを歩く。
ここはいつも多くのひとや亜人が行き交っている。
厳しい顔つきの冒険者や、幌付きの荷馬車に山のような荷物を積んだ行商人。
様々な人々とすれ違いながら街を歩いて、目的の武器屋さんへとたどり着いた。
◇
「らっしゃい!」
「ちょっと見せてもらってもいいか?」
「へへ……。
好きなだけ見ていきなぁ」
店に入ってオヤジに声を掛け、目ぼしい剣がないかとアレコレ棚を物色する。
背中から野太い声が掛けられた。
「……へへへ。
なぁ坊主。
この剣なんかどうだ?」
武器屋のオヤジが一振りの剣を勧めてきた。
ロングソードだ。
ぱっと見た感じでは、あまり良さそうな剣に見えない。
「んっと……。
あんまり良さそうには見えないなぁ。
出来れば、もう少しいい剣が欲しいんだが……」
「はぁ⁉︎
バカ言っちゃいけねぇ!
それは名のある名剣なんだぜ?」
「……そうなのか?」
正直そんな風には思えないが、このオヤジさんは武器の専門家のはずだ。
だとすると本当にいい剣なのかもしれない。
戸惑う俺にオヤジが畳み掛けてくる。
「わかってねぇなぁ。
なぁ坊主。
こいつぁ本来なら売り物にはしねえくらい、すごい名剣なんだぜ?
でも坊主には特別だ!」
なんだろう。
ゴリ押しされている気がする。
いやでも本当に掘り出しものかもしれないし、あんまり他人の善意を無碍にするのも気がひける。
「うーん。
……わかった。
じゃあ買うよ」
「へ、へへへ……。
毎度ありぃ!」
俺は布袋を開いて、お金を取り出そうとする。
残金は金貨9枚と、銀貨2枚だ。
奴隷商人からメロを引き取る代金や、その後の宿代なんかで随分と使ってしまった。
「んで、その剣いくら?」
「おう。
金貨4枚だぜ!」
う……。
結構高い。
でも名剣って話だし、ならそのくらいしても仕方ないのかもしれない。
「へへ……。
へへへ……」
オヤジはへらへらと笑っている。
俺は金貨を取り出して手渡そうとした。
そのとき――
「……待て」
横合いから声がかけられた。
ニュッと手が伸びて来て、俺からお金を受け取ろうとしていた武器屋のオヤジの腕を捻りあげる。
「こんな粗悪品が金貨4枚だと?
ふん……。
笑えない冗談だな」
武器屋の腕を捻ったのは、厳しそうな、けれども端正な顔をした女性だった。
赤い髪を肩ほどまで伸ばしている。
切れ長の瞳にすっと通った鼻筋。
キュッと結ばれた薄い唇がシャープで厳しげな印象を与えてくる、騎士みたいな格好の女性だ。
「あでッ⁉︎
あだだだだだ……!
てめぇ、なにをしやがる!」
オヤジは痛そうに顔をしかめている。
だが女性はオヤジには取り合わず、俺に話しかけてきた。
「そこの君。
買うならこれにしておきなさい。
こっちは金貨1枚だが、その剣とは雲泥の差だぞ?」
「あ、ああ……」
女性から剣を受け取り、鞘から引き抜く。
「……うわぁ。
これはいいな」
さっきの剣とは大違いだ。
グリップも手に吸い付いてくるように馴染むし、ずしりとくる重さも程よい。
ふと思い至る。
もしかすると、俺って武器の鑑定とかもできたりするんじゃないだろうか。
手にした剣を鑑定してみた。
"ロングソード(上品質)
武器ランク:C"
やはりできた。
なるほど、上品質なロングソードか。
今度はさっきの剣を……。
"ロングソード(粗悪品)
武器ランク:E"
危ないところだった。
もう少しで、粗悪品を買わされるところだったみたいだ。
というかいくら学園生みたいなガキ相手だからって、一見客を騙そうとするとは、なんて悪いオヤジだ。
「えっと、ありがとうございます」
「……ふ、気にするな。
だが少年。
これからは、もう少し用心して買い物をするんだぞ?」
素直に頷く。
赤髪の美人は軽く俺に笑ってみせてから、詐欺を働こうとした武器屋を連れて行く。
「あだだだだッ!
離せ!
離せよ!」
「大人しくしていろ。
衛兵に突き出される前に、この腕をへし折られたいのか?」
「ひぃ⁉︎」
彼女に睨まれると、店のオヤジは身震いしてすくみあがり、大人しくなった。
この美女、なかなかの眼力である。
「あの!」
店を出て行く彼女の背中を呼び止める。
「なぁ、お姉さん。
名前を聞いてもいいか?」
「……ティトだ。
ティト・キュイナ」
「ティトさんか……。
ありがとう。
ほんとに助かったよ」
もう一度、今度はペコリと頭を下げて礼を言う。
ティトさんは背中越しにひらひらと手を振りながら、歩き去って行った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
夜。
俺はメロを泊めている宿屋にきて、昼間の武器屋での出来事を話していた。
「って、こんなことがあったんだ」
「ふふ……。
良い、ひと……です、ね」
「ああ。
格好いいひとだったぞ。
ティトさん。
赤髪の、まるで騎士みたいなひとでな」
話しながら、彼女の容態をうかがう。
病気は着実に進行していた。
メロは態度に出さないが、おそらく相当苦しいに違いない。
「ユウ、さま……。
楽し、そう。
ふふ……。
ケホッ、ケホッ!」
嬉しそうに話していたメロが、急に咳き込んだ。
やっぱり無理していたのか。
「大丈夫か、メロ。
ほら、もう休んで」
「……ぁ、ぁう」
彼女を寝かしつける。
寝巻き越しに触った彼女の体は、爛れの影響で熱を持ち、とても熱くなっていた。
「無理しちゃダメだ」
「……は、い。
でも、わた、し……。
もうすぐ、死んじゃう、から。
……少しでも、ユウさまと、お話、したく、て」
なんて事を言うのだろう。
俺は思わず彼女の肩に手を添えて、そっと抱き寄せた。
「死なせない。
お前は、俺が死なせない……!」
優しく抱きしめると、メロは爛れた顔で儚げに笑った。
◇
メロを寝かしつけてから宿を出た。
俺も帰って休もう。
明日の決勝戦に備えないといけない。
3日。
あとたったの3日。
医者の診断によれは、それがメロの余命だ。
明日、俺が勝たなければ……。
あとたったそれだけで、メロが死ぬ。
「……絶対に、勝つ」
俺はギュッと拳を握りしめ、虚空に向けてぽつりと呟いた。




