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最終章 麗しき私のためのマッスル・キングダム

 日暮れ時、翠嶺国の平原に広がっていたのは、十万の敵軍が文字通り完膚なきまでに制圧された凄惨な、しかしどこか爽やかな光景であった。完全武装していたはずの敵兵たちは、一人残らず武器と自慢の鎧を筋肉の膨張と硬度によって粉砕され、地面に転がって大の字になって息絶えるか、あるいはあまりの衝撃に白目を剥いて気絶していた。つい先ほどまで黄金の戦車の上で傲然と笑っていた敵の総大将は、張飛が放った大腿四頭筋の収縮による強烈な空気圧。もはや一種の衝撃波となったマッスル・ウインドだけで完全に意識を刈り取られ、今や関羽のクールダウン用プロテインシェイカーの頑丈な台座代わりに使われていた。「ふぅ……。良い有酸素運動であったな、我が弟よ」「応よ、兄者! 今日のプロテインは格別に胃に染み渡るぜ!」関羽と張飛は、黄金色に染まる夕日を浴びながら、互いのパンプアップしたバルクの仕上がりを称え合い、シェイカーを高く掲げて乾杯の音頭を上げた。一万のマッスルエリートたちは、十倍以上の軍勢を前にして、傷一つ負うどころか、汗一滴すら無駄にすることなく、ただ純粋なバルクの暴力による完全勝利を翠嶺国の歴史に刻んだのである。



 戦いが終わり、再び静寂を取り戻した平原を悠然と通り抜け、英傑たちは麗蓮姫が待つ宮殿のテラスの下へと集結した。最前列には、あの繊細にして爆発的な右のショートフックで戦場を完全に支配した呂布奉先が、未だに凄まじい血管の走る見事な肉体を誇示しながら、傲然と仁王立ちしている。誰一人として言葉を発しない。一万の英傑たちの熱い視線が、はるか上方のテラスへと一斉に注がれる。そこには、沈みゆく夕日を背に浴びて、神々しいまでの神罰級の美しさを放つ麗蓮姫が、相変わらず気だるげに佇んでいた。



「……皆さん、ご苦労様。今日の野外発表会は、少しは私の退屈しのぎになったわ」



 姫は白く細い指先で長髪をさらりとかき上げ、眼下に広がる一万の褐色に輝く肉体の海を見下ろした。その絶対的な美貌と冷徹な声音を前にしては、中原で一国を揺るがした呂布も、義に生きた関羽も、乱世の奸雄たる曹操も、まるで初めて恋を知った純朴な少年のように激しく胸を高鳴らせ、その場に深くひれ伏すしかなかった。「ですが、私の心を完全に奪うほどのバルクは、今日も見当たらなかったわね。呂布、あなたのあの近接技術は少しだけ評価してあげるけれど……やはり駄目。死闘の最中に大胸筋のカットが乱れるなんて、戦闘中の対称性が甘すぎるわ。私の前でポーズをとるなら、呼吸一つ、心音一つにまでシンメトリーを意識しなさい」世界を救った英雄に対する言葉とは思えない、あまりにも冷酷で、どこまでも的外れなマッスルジャッジ。しかし、その厳しい宣告を受けた呂布の肉体は、絶望ではなく、脳天を突き抜けるような凄まじい歓喜によって激しく打ち震えた。「おおおおお! これだ! この魂を震わせる厳しさこそが、俺の求めていた真の試練だッ!!」突如として、呂布の脳内で麗蓮姫への狂おしいほどの忠誠心と情熱が爆発し、平原の端々にまで響き渡るような圧倒的な絶叫が炸裂した。姫が下す冷徹な言葉こそが、彼らにとって己の肉体の価値を決定する絶対的な基準であり、生きる指針そのものだったのである。「麗蓮姫! 大胸筋の左右対称性の甘さをご指摘いただけるとは、まさに至上の喜び! この呂布奉先、まだまだバルクの深みが足りぬと知れただけで、今日ここへ来た甲斐があったというもの! ありがたき幸せ――っ!!」一万の男たちの、地鳴りのような地響きを伴う歓喜の咆哮が、翠嶺国の空を割らんばかりに響き渡った。



 不合格を突きつけられ、手厳しく減点されたというのに、彼らの顔には絶望など微塵もなかった。そこにあるのは、至上の悦びと、明日からのトレーニングに対する猛烈なモチベーション、そしてプロテインの吸収率が跳ね上がるような熱狂だけであった。「明日だ! 明日は大胸筋の下部を限界まで破壊して、完璧なシンメトリーを姫様に捧げるぞ!」「曹操孟徳、ただちに中原の全ルートから最高級のアミノ酸とプロテインをさらに徴発せよ!」中原の覇権を巡り、数多の血と策略が流されたあのシリアスな三國志の歴史は、ここに完全に消滅した。あるのはただ、美しすぎる一人の姫の高貴なあくびと、そのあくびをいつか止めるためだけに、未来永劫、己の肉体を限界のその先へと研ぎ澄まし続ける英傑たちの楽園。かくして、翠嶺国は、大陸で最も安全で、最も熱く、傷一つ負うことなく、ただ純粋なバルクの勝利を翠嶺国の歴史に刻んだのである。



 大陸の辺境、峻険な山々に囲まれた小国から流れ出る大量の汗が、やがてこの国から始まる新たなる大河・泯江みんこうの源流となることは、歴史に刻まれることはなかった。





【エピソード一 完】


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