第94話 歓迎会
「すごい……なにこれ、お肉が口の中で溶けていくみたい……」
「うふふ、すごいでしょうヴィクトワーレさん。私がこの館に来てすぐに仕込み始めた特製のローストビーフよ。本当ならもっと時間をかけて作るからもっとおいしくなるんだけどね」
「うぅ……こんなのを味わったら、ほかのお肉が食べられなくなるわ。今までに食べたステーキが革靴の底のように思える……」
「え、そんなに!? どれどれ…………んっ!」
リクレールもローストビーフを食べてみたところ、口の中に入れた瞬間にソースと肉汁が瞬く間に広がり、やわらかい肉は噛むたびにあっという間に消えていくように感じた。
(お肉ってこんなにおいしかったんだ!!)
生まれてこの方、リクレールは肉料理が苦手だった。なかなか嚙み切れないし、生臭いし、味もあまり好みではない。
だが、エレノア特製のローストビーフは、今までのリクレールの常識を根底から覆すような衝撃的なものだった。
こうなると、ほかの料理もどれほどおいしいのか俄然興味が湧いてくる。
「このサラダ、野菜にしっかり味が染みてるし、すごく瑞々しい! 蒸し鶏もあっさいりてて、これは毎日食べたくなる!」
「毎日ですか……その、そこまで褒められると、やはり照れ臭いです」
「カボチャのポタージュがすごく優しい味ね。お肉やグラタンの後みたいな濃い味の後にぴったりだわ」
「えへへーそうでしょう! これ、私が昔お母さまから教わった秘伝のポタージュなんですよ!」
ユナが作ったサラダも、メルが作ったポタージュも、期待を上回るおいしさだった。
それだけでなく、あちらを食べたらこちらも食べたくなり、こちらを食べたらそちらも食べたくなるなど、料理がお互いのいいところを補完しあい、まるでオーケストラのように食卓全体を盛り上げる。
だが、リクレールは食べている最中にふとあることに気が付いた。
「エレノアさんたちは食べないの?」
「もちろん、私たちもご主人様達が食べ終わった後にいただきますよ」
「後でなんて言わずに、せっかくだから今一緒に食べようよ。その方がにぎやかになっていいんじゃないかな」
「お言葉ですがご主人様……」
料理を作ってくれたメイドたちが、リクレールとヴィクトワーレが食べている最中もずっと立ちっぱなしだったのが気になったので、リクレールは一緒に食卓を囲もうと提案した。
しかし、レイはその言葉に対して静かに首を振った。
「使用人がご主人様と食事を共にするのはご法度です。立場の違いがある以上、公私混同はならないのです」
「そうか……言われてみればその通りだ。危うく前の雇い主と同じことをするところだったね」
「いえ、ご主人様のお気遣いはありがたく存じます」
レイの言う通り、使用人とは貴族の「家族」ではなく「家臣」であり、きちんとした線引きをする必要がある。
とはいえ、それはそれでなんだか淋しく思うのもまた事実である。
「じゃあこうしよう。今日だけは「歓迎会」ということで、僕たちと一緒に食事をする栄誉を与えよう」
「歓迎会、ですか?」
「正直口実には過ぎないけど、その代わりこれからも家臣が増えたときは、せめて初日だけは共に食卓を囲んで、お互いのことを知る機会にしようと思う。まあ、今日の「歓迎会」の料理は迎えるはずの君たちに作ってもらっちゃったけどね。もちろん、嫌なら断ってもいい。僕は強制したりはしないから」
「そうね、今日くらいは一緒に食卓を囲んでもいいと思うわ。『メイド長』の私が許可するわ」
「……ありがとうございます。ご主人様とエレノア様がそう仰るのであれば、今日だけはご厚意に甘えさせていただきます」
「エレノアさんはいつの間にメイド長に……じゃあ、これから新人3人の管理はエレノアさんに任せるよ。そうと決まれば、今からは歓迎会だ、いっぱい食べていっぱい話をしよう」
「「「はいっ」」」
こうして食卓には改めてエレノア、レイ、ユナ、メルの4人分の料理が運ばれ、この日だけは主従の垣根なしに楽しく会話を交わした。
『ふふふ、エレノア様が加わって下さったことは元より、あの3人のメイドは予想以上の掘り出し者でしたわ。あれほど食の細く、肉を嫌う主様があれほどの量をお召し上がりになるのは素晴らしいですわ』
エスペランサもまた、新たに雇ったメイドたちがリクレールの食の細さを改善してくれたことに大いに感謝するのだった。




