第93話 人生一番のグラタン
リクレールがヴィクトワーレに昨日までにあったことを話している間、レイ、ユナ、メルのメイド三人とエレノアは共同で夕食の準備をしていた。
本当なら今日中にも各々の分担を決めて作業を行いたいところだったが、すでにあたりが暗くなってきたので、そういった仕事は明日の朝から改めて行うことにするのだという。
「決闘のことは私も聞いたけど、そんな大騒ぎになっていたなんて。私もかつてはマリアと一緒に白竜学級に所属してたから、俄かには信じられないわ」
「多分トワ姉の頃からいろいろ変わっちゃったのかもね。それで、セレネもそのことにカンカンでね、しかも本来2日目になるはずだったアルトイリス家の葬儀の出席順が、よりにもよってアヴァリスの実家のブレヴァン侯爵家だったらしくて、ミュレーズ家の中は今ものすごい大混乱しているみたい」
「何ともきな臭い話ねぇ。ミュレーズ家の主要派閥が、アルトイリス家を見限ってブレヴァン家を新しいパートナーにすると考えているとしたら、西帝国内の勢力図の根幹にも関わってきそうだわ」
「考えすぎかもしれないけれど、仮に裏で手を組み始めているとしたら、ブレヴァン家が強気になっている理由も何となくわかる気がする。…………ひょっとしたら、セレネとアヴァリスの婚約まで話を進めているとか?」
「さすがにそれはないんじゃないかしら……ん? この香り……」
「何い匂いがするね。小麦とチーズの匂いだ」
どこからか漂ってくる香ばしい匂いで二人が会話を中断すると、レイが居間にやってきた。
「ご主人様、それにヴィクトワーレ様、お食事の準備が整いました。食堂までお越しくださいませ」
「もうできたんだ、ありがとう!」
「私の分も作ってくれたのね!」
二人がレイとともに食堂に向かうと……そこには煌めくような立派な料理が長テーブルに並んでいた。
並んでいる料理はソースがかかったローストビーフのような肉料理をはじめ、チーズをふんだんに使ったグラタンに、蒸し鶏と季節の野菜を使った色とりどりのサラダ、湯気が立ち上るカボチャのスープに、いい色に焼きあがったパンなど…………普段から食事にはこだわらないリクレールでさえも、見ただけでおなかがすきそうな逸品の数々がそこにあった。
「レイさんたちと一緒に、それぞれの得意料理を作ってみたの。さ、どうぞ召し上がってください、ご主人様」
「すごいね……とてもおいしそう」
「なんだか見ているだけでおなかが空いてきちゃったわ、早くいただきましょう!」
2人はさっそく席に着き、食事の前の簡単な祈りを済ませて料理に手を付けた。
リクレールがまず手を付け始めたのは、居間にいたときからチーズと小麦の香りで存在を主張していたグラタンから。
フォークで器から掬うとホカホカの湯気が沸き立ったので、口の中を火傷しないよう吐息でふーっと冷ましつつ口に運ぶ。
「これは…………!」
グラタンを口に運んだ瞬間、リクレールは目を大きく見開き、思わず口を押えた。
「あ、あの……お口に合いませんでしたでしょうか?」
「いやいや、そんなことないよ! ただ、あまりにもおいしすぎて……言葉が出なかった。こんなにおいしいものを食べたのは、生まれて初めてだよ」
「そ……そんな、大げさすぎますご主人様っ」
おいしすぎて言葉が出なかったリクレールの様子に一瞬不安になるレイだったが、リクレールがおいしいと言ってくれたことで、今度は顔を赤らめて照れていた。彼女の様子を見るに、どうやらグラタンはレイの得意料理なのだろう。
その一方で、ヴィクトワーレはまずソースがかかったローストビーフを切り分けて口に運ぶと、彼女もまたリクレールと同じように目を真ん丸にして驚いたような表情になった。




