第90話 掘り出し者
(あのメイドさん……たぶん、それなりの家柄の貴族の出なんだろうな。僕からみても、立ち振る舞いが完璧だ。問題を起こすようなタイプじゃなさそうなのに、人は見かけによらないのかな?)
貴族が使用人になる理由など、そう多くあるわけではない。おおかた没落したか家を追い出されたかだ。
そういった使用人はほとんどの場合、見栄えはいいが実務で使い物にならないことが多いと聞いたことがある。
もしかしたら問題を起こしたというのも、そういった類のものの可能性もあるが……
(エスペランサ、あの人なんだけど、仕事ができなそうとかそういう雰囲気はある?)
『特にそのような見立てはありませんわ。わたくし的には、むしろ有能そうに見えますわ』
(どうしてそう思う?)
『靴ですわ。周囲の者たちと比べれば、一目瞭然と言えますわ』
(靴?)
エスペランサの指摘でリクレールが改めて受付のやりとりしている女性を見てみると、確かに彼女だけほかの人たちと比べて靴が綺麗に磨かれていた。
(へぇ……なるほど、目立たないけれど手入れは怠っていない、プロフェッショナルの証ってところかな)
『おそらくは。主様、もしや彼女をお雇いになられるおつもりで』
(話だけでも聞いてみたくなった。もしかしたら掘り出し物かもしれない)
また一つエスペランサから学んだリクレールだったが、それ以上にますます受付で話しているメイドに興味がわいてきた。
ということで、リクレールはさっそく受付に赴いて声をかけた。
「あの、取り込み中に悪いんだけど、少しいいかな? 君に聞きたいことがある」
「えっ!? あの、私……ですか?」
「うん。さっきから横で話を聞いてて気になったから」
いきなり声を掛けられた女性は、いったい何のことかといった様子で目をしばたかせたが……すぐに気を取り直して対応し始める。
「あ、申し遅れました、私はレイとお呼びください。失礼ですが……あなたは?」
「僕はリクレール・アルトイリス。まだ子供だけど一応侯爵なんだ。帝都にいる間にメイドを雇おうと思っていてね」
「侯爵様ですか。であれば、なおのことこの人を雇わない方がよろしいかと」
「っ!!」
受付の女性はリクレールがそれなりの地位の貴族だと知ると、目の前のメイドを雇わない方がいいと警告してきた。
「それなんだけど、何か問題を起こしたって聞いたんだけど、その内容が気になって。もちろん、話しにくいことであれば無理に話さなくてもいいけど」
「それは……その」
「簡単に言えば、このメイドは前の雇い主の命令を拒絶し、解雇の許可もなく自ら職場を離れました。どのような事情があろうとも、そのようなメイドを組合に所属させることは許されません」
「命令の不服従に、合意なしの離職か……」
リクレールは内心で「どっかで聞いたことがある話だなぁ」とやや皮肉っぽく呟いていたが……どうもその様子がレイからは受付の人の話をうのみにしたとみられたのか、彼女は慌てはじめた。
「ち、違うんです……っ! 私は……前のご主人様に、その……無理やり関係を迫られて、それがどうしても受け入れられず……仕えていた家をほかの姉妹たちとともに飛び出してしまったのです」
「……なるほど、そういうことだったのか、ひどい話だ」
「です……よね。メイドであれば、ご主人様からどのような命令を下されても、従う義務が……」
「違う違う。ひどいっていうのは前の雇い主の話だ」
「えっ」
「権力を笠に、使用人に断れないよう迫るなんて、貴族じゃ珍しいことじゃないのかもしれないけれど、少なくとも僕はまっとうなこととは思えない。で、それを踏まえてなんだけど…………もし行く当てがないのなら、僕のところで働いてみない? そんなことがあった後で男の貴族に仕えるのは嫌かもしれないけれど、君さえよければ」
「あの、本当にこのメイドを雇う気で? 組合の方針にそぐわないメイドを雇うと、上層部からの心証が悪くなる恐れもあると思いますが…………」
「僕は一向にかまわない。きちんと仕事をしてくれるならそれでいいし、むしろ自分の意思をある程度表明してくれた方が助かる。僕は調度品を買いに来たわけじゃないからね」
受付の女性はこの期に及んでも難色を示していたが、リクレールの意思は変わらない。
むしろ、レイの話を聞いたことで、この人こそ自分の求める人材だろうと確信できた。
そして、レイの方もリクレールの誘いに一縷の望みをかけることにした。
「リクレール様っ、どうかそのお話、お受けさせてください! それと、私の妹たちも……」
「もちろん、そうしてくれると助かるよ。ただし、念のため帝都にいる間は能力を確認するための仮採用にするけど、いずれは正式に契約させてほしい」
「はいっ、よろしくお願いします! その、ご主人様とお呼びしてもよろしいですか?」
「ご主人様か……なんかむず痒いけど、もちろんいいよ」
「ありがとうございます!」
こうしてリクレールは当初予定していた流れとは異なったものの、思わぬところで有能なメイドを雇うことができた。




