第85話 残された禍根
アルトーは素早い動きでリクレールの前に立ちはだかると、短槍を真横に構えて剣を受け止めた。
「なんだ君は、決闘の邪魔をしないでほしいな」
「黙れ……家族を全員殺された恨み、いまここで、晴らすっ!!」
「家族を殺された恨み、だって?」
驚くことにアルトーは火事場のバカ力ともいうべき執念で、リクレールが振り下ろした剣の圧力に対して踏みとどまった。
それと同時に、呪い殺さんばかりの表情で立ち向かってきたこの見知らぬ男子学生に、リクレールはどこかで見覚えがあるように感じていたが…………
『主様、分かりましたわ。この男は主様に反乱を企てた貴族の筆頭、サバチエ伯爵ラクロの血縁者なのでございましょう』
(ラクロの血縁者……つまり、あいつの子供ってことか)
『一族は皆殺しにしたつもりでございましたが、まさかこのような場所に生き残りがいるとは、わたくしの手落ちでございました。ですが、ここで仕留めてしまえば同じことですわ』
(そうだね。変な禍根はここで絶っておこう)
もはやリクレールはこの場で相手を殺すことに躊躇いをなくしていた。
周囲ももはや決闘どころではなく、白竜学級が決闘に負けたアヴァリスを庇おうと駆けつけたのを見て、紫鴉学級の生徒たちもまた彼らが決闘のルールを破ったことに憤慨し、シャルンホルストを中心に武器を持って乱入してきた。
「白竜学級の連中はこの期に及んで負けを認めないどころか、リクを殺そうとしている! 俺たちも加勢するぞ!」
「結局こうなるか、無垢なる竜を自称する堕落者たちよ。貴様らの名誉は腐敗の沼に堕ち、汚泥に塗れた。願わくば貴様らの体液が腐り果てんことを!」
訓練場の混乱は頂点に達し、もはや誰もが収拾がつかないとあきらめかけていた、その時であった。
「皆の者、静まりなさい」
訓練場全体に響くほど大きな女の子の一声で、武力衝突寸前になっていた訓練場が一気に静まり返った。
リクレールも、今まさにアルトーの武器を破壊して、まずは彼を仕留めにかかろうとしたところで、聞こえてきた声に反応した。
「今の声まさか、セレネ!?」
「リク君っ! よかった、無事だったのね!」
唖然とする学生たちの集団をかき分けて、見慣れた空色の髪の毛の少女セレネがリクレールの前に現れた。
「リク君が決闘をするって聞いて急いで来たんだけど、どこか怪我はしてない?」
「う、うん……僕はこの通り怪我一つしていないよ。っていうか、セレネこそ今はミュレーズ家のことで忙しいんじゃなかったの?」
「もちろん、すごく忙しいのだけど……ウルスラ先生からリク君が決闘することになったっていう知らせが届いたから、私……いてもたってもいられなくて」
リクレールがウルスラのほうを見ると、彼女は何とか重大事故に発展する前に収めることができたことでほっとしているようだった。
セレネはほんの少しだけ士官学校にいたことがあったが、担任ではないもののウルスラとも面識があったようだ。
リクレールとアヴァリスの決闘が避けられないと見たウルスラは、セレネが忙しいことは百も承知で、風の精霊を使ってセレネに直接そのことを知らせたのだった。
「リク君が決闘なんて無茶よ……しかも相手がアヴァリス君だなんて。私に言ってくれれば、リク君の代理位引き受けたのに」
「さすがにこんなつまらないことで、セレネの手を煩わせるわけにはいかないよ。それに、決闘は僕が勝ったんだし」
「えっ!? り、リク君が勝ったの!? 本当に!?」
「アヴァリスはまだ負けを認めないんだけど、あんな状態だしね」
そういってリクレールが指さした方向には、服が破けて全身が土埃に塗れ、背中と尻の激痛により息も絶え絶えなアヴァリスの姿があった。
決闘を申し込んだ張本人がこのありさまでは、いくら本人が負けを認めていなかろうと勝敗は明らかだ。
一体どうしてこのようなことになったのか、セレネは色々聞きたいことがあったが、今は何より大切な幼馴染の無事が一番重要だった。
「とにかく……リク君も、それにみんなも、決闘は終わりでいいわよね。続けるなら私が相手になるから」
「僕はそれで構わない。紫鴉学級のみんなもそれでいいよね?」
「あ、ああ……リクがそれでいいんだったら俺たちからいうことは何もない」
「白竜学級のみんなは?」
「ふざけんなっ、家族の仇っ!! ここで殺して……むぐっ!?」
「アルトー、もう終わりにするぞ。うちの学級も異存はない」
アルトーは最後までリクレールを殺したい一心でもがいていたが、クラスメイトに無理やり脇を抱えられ連れていかれ、アヴァリスも救護所に運ばれたことで、代理となった男子生徒が手打ちにすることに同意した。
彼らがここまであっさり決闘の終了を受け入れたのは、あわよくばアヴァリスが決闘で負けたことを有耶無耶にする意図があるようだ。
むしろ、ほとんど勝っていた側の紫鴉学級にしてみれば、無理やり引き分けにされたようであまり面白くなかったが、白竜学級の生徒たちが分かりやすく意気消沈したことで留飲を下げたことと、リクレール自身が決闘で勝利自体に特にこだわっていなかったこともあって、最終的に決闘騒ぎは沈静化していくこととなった。
ただ…………
『やはりこの小娘、肝心な時に邪魔してくれますわね。今この場で、あのアヴァリスという男とアルトーという男を殺せなかったことが、この先主様の妨げにならないとよいのですが』
リクレールに力を貸して決闘を勝利に導いた立役、魔剣エスペランサだけはこの結果に非常に不満を抱いているようだった。




