第70話 士官学校
東帝国が誇る軍事施設を兼ねた巨大な士官学校――「帝国立エルネスト記念士官学校」は、帝都アルクロニスの南側の小高い山全体を敷地としている。
山の5合目より上には、堅牢な赤茶色のレンガ造りの校舎がどっしりと鎮座しており、帝都の中からもその赤い建物の姿がよく見えることから「赤壁城」とも呼ばれている。
施設の規模もさることながら、この士官学校には東帝国貴族の子弟のみならず、独自の士官学校を持たない西帝国の貴族たちも所属していることから、生徒だけでも2000人近く在籍しており、そのうえで教師陣や学校スタッフ、警備兵や訓練担当兵も含めれば常に5000人以上の人員がここで暮らしていることになる。
リクレールとシャルンホルストは、市街地と士官学校を隔てる濠に架かる橋の手前で検問官に身分証を提示し、立派な正門をくぐって校舎へ続く石畳の坂道を登っていく。
リクレールが初めて士官学校を訪れたときは、その厳格な雰囲気と無限に続くのではないかとすら思った坂道を見て腰を抜かしそうになったが、ここで3年ほど生活して愛着がわき、もしかしたら二度来ることができないかもしれないと思うと、少し寂しい気分になる。
「一時は途中で心が折れるか、殺されちゃうんじゃないかって思っていたけど……シャルやクラスメイト、そして先生のおかげでなんとか今まで勉強を続けられた。そう思うと、余計に途中で退学しなきゃならないのが残念だよ」
「そうさな……あの時のことは今でも鮮明に覚えている。前の学級で居場所をなくして、すっかり弱り切っていたお前を強引にうちの学級に引き抜いたのがすべての始まりだったな」
「シャルは僕の命の恩人だよ。いつかこの恩を返せるといいんだけど」
「そんな大したことじゃないっての。俺だって年下のお前に支えられたから級長できていたようなもんだからな」
エルネスト士官学校は基本的に12歳以上から入学資格が得られるが、リクレールは実家やミュレーズ家のコネもあって1年前倒しで入学することができた。
また、入学試験の成績は非常に良かったことから、学級分けも最上位のクラスに所属することができたのだが……体質的に武術の才が絶望的で内向的だったリクレールは、すぐにクラス内で孤立し、物理的にも精神的にもひどいいじめを受けることとなった。
しかも担任の教師も弱者を許さない厳格な人物だったため、リクレールへのいじめを黙認するどころかほぼ公認までしてしまい、リクレールは絶望のあまり自殺や脱走も考えたほどだった。
だが、そんな状況を救ったのが隣のクラスの生徒だったシャルンホルストだった。
彼はリクレールが倉庫内で複数人から暴行を受けていたのを見て、自身もケガをしながらリクレールを救出、自らの寮の部屋にかくまった後、クラスメイト達と相談してリクレールを自クラスへと編入した。
その後も元のクラスとは紆余曲折あったものの、実力主義一辺倒の学級から、ある程度生徒の自主性を尊重する学級に移籍したことで、リクレールは次第に活力を取り戻し、その過程で自分を助けてくれたシャルンホルストとは唯一無二の親友となったのであった。
もしあの時シャルンホルストがいなければ、リクレールは下手したら死んでいたかもしれないと思うと、彼がシャルンホルストを命の恩人だと思うのも行き過ぎではないだろう。




