第69話 嫌われたアルトイリス侯爵
「リク、気持ちはわかるが、そろそろ機嫌直そうぜ」
「別に僕は怒ってないよ。僕だってセレネがウチに来た時にそこまで盛大にもてなしできなかったし、お互い様だよね」
「とはいえ、ホント……しばらく行かないうちにどうなっちまったんだろうな、あの家は」
リクレールが帝都アルクロニスに到着して3日――彼は親友のシャルンホルストとともに士官学校に向かう道のりを歩いていた。
ところが、この日は珍しくリクレールはとても不機嫌そうな雰囲気を醸し出していた。
表情はほとんど真顔だったが、口調がどことなく皮肉っぽくなっており、何より彼がまとう空気が心なしかピリピリしており、隣を歩くシャルンホルストは困惑しっぱなしだった。
少なくとも、親友として長い間近くにいてリクレールがここまで不機嫌そうにしているのは初めてだ。
リクレールがここまで不機嫌な原因は、古くから親しい付き合いをしていたはずのミュレーズ侯爵家の対応にあった。
セレネの兄にして前代当主バスチアンの葬儀は明後日から行われる予定だが、出席者があまりにも多いので数日に分けて順番に参列することになっていた。
当然、参列の順番は家同士のつながりや爵位によって決まるのだが、本来であればアルトイリス侯爵家は貴族の中でもかなり高い位にある上、そもそも前代当主のマリアはバスチアンの婚約者であり、いずれは二つの家は両帝国間で統合することを目指していた間柄だったのだが…………リクレールに伝えられた参列日は、侯爵家どころか下位伯爵家並みの序列だった。
初めに聞いたときは何かの間違いかと思い、何度も確認したが、向こうからは間違いないとの一点張りだった。
それでもなお信じられなかったリクレールは、事の次第をセレネに直接確認しようとしたが、セレネは来客対応に忙殺されているうえに、この葬儀が済み次第、帝国南部地域の奪還に向けた軍団の総大将として出陣することが決まっているとのことで、顔を合わせる時間すら作れないとそっけなく回答されたのだった。
「つーか、ほとんど親戚に近い付き合いだったのに、当主同士が亡くなってすぐにあそこまで冷遇するか、普通? お前何かセレネに嫌われるようなことしたか?」
「正直、よくわからない……少し調べたけど、どうもあの家の中で人員の入れ替えがあったって聞いたから、それが何か関係しているのかもしれない。ただ、一つ分かることは、何らかの理由でミュレーズ家はアルトイリス家と縁を切りたがっているということか……」
「お前んちの騎士やら使用人やらを大量に引き抜いたのが後ろめたいのかねぇ」
向こうがあまりにもそっけないせいで理由が全く分からないが、どうもミュレーズ家はあえてアルトイリス家をぞんざいに扱っている節がある。
ただ、ヴィクトワーレのコンクレイユ侯爵家や、シャルンホルストのユルトラガルド侯爵家も本来の序列より下の順番になっており、どうも西帝国貴族全体で冷遇されているように見受けられるが、アルトイリス家はそれに比べてもさらに下に扱われている。
ミュレーズ家はかつてマリアが率いていた騎士団を(彼ら自身が望んでいたとはいえ)丸ごと引き抜いて戦力を補強したのみならず、かつてアルトイリス家のタウンハウスで働いていた使用人すらも引き抜いていたことが発覚した。
騎士団はまだしも、使用人らは無断で移籍していたので、これは明らかな背信行為に当たる。そんなことをしても謝罪の一つもないというのが、さらにリクレールの機嫌を損ねることとなった。
(エスペランサ……このことについて君はどう思う?)
『わたくしの意見も主様のお考えに近いですわ。おそらくはミュレーズ侯爵家内で我が国をよく思っていない派閥が支配権を握ったのでしょう。あの当主の娘は主様に好意的でございますが、少々世間知らずそうですので、おおかた口の上手い重臣から主様の都合がつかないからと吹き込まれているのでしょう。まあ、あの娘と顔を合わせることがないというのはわたくしとしても実に好都合ですわ』
(だから……あんまりセレネを嫌わないであげてよ。直接話さないと、本当のことはわからないわけだし)
リクレールがエスペランサと念話で話をしながら歩いていると、ようやく士官学校正門の入り口が見えてきた。




