第297話 お寝坊侯爵
「ご主人様……! ご主人様っ!」
「ん……? んんぅ……?」
何度も呼びかけられたような気がしたリクレールは、幸福な夢の中から現実に引き戻され、ゆっくりと目を開いた。
すると、彼の目の前には、専属メイドのレイの顔がドアップで迫っていた。
「わ、わぁっ!? レイ!?」
「あっ!? そ、そのっ……も、ももも、申し訳ございませんご主人様っ!わ、私ったらつい……そのっ」
リクレールが目を覚ましたことで、レイはようやく自分が顔を近づけすぎたことに気が付き、顔を真っ赤にして瞬時に飛びのくと、床で頭をカチ割らんかの勢いでペコペコ土下座し始めた。
リクレールはそれを慌てて止めさせる。
「い、いや、別に怒ってはいないから……もしかして起こしてくれたの?」
「はい……えっと、ご主人様がお疲れで、普段より長めにお休みになっているのは重々承知しておりましたが……あまりにもお目覚めにならないので、心配いたしました」
「…………いまどのくらい?」
「それが、もう昼食のお時間も過ぎておりまして」
「ウソでしょ!? いくらなんでも寝すぎちゃった!?」
カーテンから差し込む光から、すでに日が高くなっていることは何となくわかっていたが、まさか昼まで寝こけていたとは思わず、素っ頓狂な声をあげてしまうリクレールだった。
「す……すみません! 私がもっと早く起こしていれば……」
「大丈夫レイは悪くないよ、むしろ心配かけちゃったみたいだね。やっぱり、普段からきちんと寝ないとダメかな……それに、お腹もすいたし、すぐに食べられそうなものはあるかな」
「はい! ご主人様がいつ起きられてもよいように、スープとグラタン、栄養のあるパンなど、すぐにご用意できます! すぐに準備いたしますので、そちらにあるお着替えをお召ください」
「本当に何から何までありがとう」
レイが部屋を出て行った後、リクレールは着替えながら先ほどまで見ていた夢の余韻とともに、思考を巡らせた。
(こんな日に姉さんの夢を見るなんて、なんだか不思議な気分。いつもなら夢に出てくるのは、僕が犠牲にした人たちや、敵意を向けてきた人たちばかりなのに)
『申し訳ございません主様、わたくしがいながら起こして差し上げることができず』
「わっ、そうだエスペランサ!」
『まあ主様酷いですわ、お姉さまが大切なのはわかりますが、わたくしのことを忘れられるとは』
姉の代わりに、文字通り心に「棲みついた」魔剣の存在をすっかり忘れていたリクレールは、エスペランサの声を聞いて、再び驚きの声を上げる。
どうもこの日は、色々と調子が狂うようだ。
「もしかして、エスペランサ……僕がマリア姉さんに甘えてたところ、見てたの?」
『正直に申し上げますと、主様に何かあった時に備え、ずっと見守っておりましたわ。そして、やはり主様の心は今でも、お姉さまの存在が大きく占めていることも』
「そっか……まあ、そうだよね」
リクレールも、エスペランサの言いたいことはわかる。
彼はおさないころからずっと姉を慕い、姉に甘えていた。亡くなったからといって、それがすぐに消えることはないだろう。
しかし、いつまでも姉の幻影に囚われているわけにはいかないのも確かだ。
「…………ご飯を食べたら、遅くなったけど姉さんのお墓参りをしよう。きっと、姉さんがこのタイミングで夢に出て来たのは、意味があると思うんだ」
『もちろんですわ、主様。わたくしたちは、明日にはアルトイリス城を離れなければなりません。出立の前に、心残りにならぬようにいたしましょう』
そう、リクレールたちはいよいよ明日、アルトイリス城を出陣し、西帝国の内戦を終わらせに行かなくてはならないのだ。




