きっといつまでも星屑のように優しいね
お久しぶりです。久しぶりに現代モノのお話が書きたくて番外編投稿しました(*´꒳`*)
星座の名前を冠する彼女のやさしさはいつも、星屑のようにキラキラと降ってくるんだ。
レイは以前に一度だけ、愛しい彼女の琴に「夜中に悪いことをしようか」と誘ったことがある。警察官の自分が提案する悪いこととは、もちろん法を犯すような犯罪ではなくて、ただ深夜にラーメンを食べるという可愛らしくもカロリー的な側面で罪深いものだ。
以来琴はそれにハマってしまい、ひと月に一回、夜中にラーメンを食べる習慣が二人の間にできてしまった。
正直、育ち盛りの琴にインスタントを食べさせるのは抵抗がある。以前誘ったのはその日だけのつもりだったからであって、彼女がそれをお気に召したのはレイにとって複雑だった。
本音を言うなら、琴を構成する成分はすべて自分が作った料理で占めたいけれど、そんなことを自立心の強い彼女に言ったら嫌がられてしまうのは目に見えている。
だからレイは優しい大人の皮を被って、月に一度だけなら、と了承したのだ。
今日は乾麺にお湯を注いで3分待つタイプの即席ラーメンだった。
黄色いヒヨコが目印のそれを、それぞれ器に2人で入れる。その際にこぼれたカケラを、恥ずかしそうに琴は口へ放りこんだ。
「えへへ……」
セーフ? と首を傾げてはにかむ琴が可愛らしくて、レイはつい頭を撫でてしまう。彼女のコンプレックスであった絶壁の後頭部を撫でても嫌な顔をされないのが、レイにどれだけの優越感を与えてくれているのか無垢な琴は知らない。
シュンシュンと音を立てるケトルを横目に、沸くのを今か今かと待ちわび背伸びする彼女。その落ちつきのないところさえ愛しくて、レイはコンロの前に立った。
「熱いからお湯は僕が入れるよ」
「私だってできるよ」
「知ってる。でも僕がいる時は僕にさせて」
けれど琴は、やっぱりどうしたって自立心が強いからちょっと不服そうに唇を尖らせていて。それを横目で見たレイは少し笑ってしまった。
「レイくんっ」
「ごめんごめん、拗ねてる琴が可愛くて」
「かわ…っ。もう、レイくんはすぐそういうこと言う!」
恥ずかしいのに、とブツブツ呟いた彼女は、頬に集まった熱をさますためかのように冷蔵庫を開けて、そこから2つ卵を取りだした。
卵をズイと差しだした琴は、機嫌を一瞬で直し、満面の笑みで言う。
「せーので割ろう? はい。どっちが綺麗に割れるか勝負しようね」
「いいよ」
「うわ、レイくん片手で割る気でしょ。私それできないのに……」
片手で持った卵を器に割り入れるレイへ、羨ましそうな琴の声がかかる。
しかしレイと同じタイミングで乾麺に卵をポトリと落とした彼女は、自分の器を見下ろして目を丸めた。
「…わっ! 双子の卵だ!」
「ホントだ。ラッキーだね、琴」
「わぁぁあ、嬉しい! やったぁ」
パジャマのポケットに入れていたスマホを取りだし、琴は大きな杏眼を輝かせて写真を撮る。子供のように無邪気に笑う彼女が可愛くて、レイは湧きあがってくる愛しさから微笑んだ。
双子の卵。ラッキーだ。ラッキーだけど、自分ならピョンッとうさぎみたいに飛び跳ねて喜ぶほどじゃないとレイは思う。
だけど眼前の琴は、嬉しさを全身で表していて――――それがひどく、眩しく見えた。
些細なことで幸せを感じられる彼女に、これからも幸福が沢山訪れますように。いつも笑顔でいてくれますように。そう願ってしまう。
レイはお湯を注ぐと、あらかじめ刻んでおいたネギと薄く切ったカマボコを入れて、旨味を閉じこめるみたいに器に蓋をする。それから盆に乗せた器をリビングのローテーブルに置けば、スマホを操作しながら後ろを歩いていた琴に声をかけられた。
「レイくん、さっきの双子の卵、写真送ったよ」
「ありがとう。ああ、でも携帯は寝室かな」
「取ってきて! よく撮れたから」
「はいはい、お姫様」
琴の言葉に従い、寝室のベッドサイドに置かれた小机からスマホを持ってリビングに引き返す。丁度扉を開けたところで、キッチンタイマーが軽快な音を立てラーメンの完成を知らせてくれた。
向かい合わせに座りながら、一緒に手を合わせてから熱くなった蓋を取る。
たちまち、こもった湯気が一瞬視界を白く染めあげた。香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、視界が開けたところでレイは瞠目する。
「え……?」
アクアマリンの瞳をまたたき、器を見下ろす。そこには半熟の双子の卵が、お月様のように浮いていた。驚いて琴を見やると、彼女はお箸を手に悪戯っぽい笑みを浮かべていて――……。
(やられたな……)
レイがスマホを取りにいっている間に、琴が器を入れ替えたのだろう。
でも、どうして。琴はあんなに双子の卵を喜んでいたのに、どうして僕にくれるんだ。
「琴、いいの? 僕にくれるの?」
「うん。レイくん、ビックリした?」
「したよ。ものすごく……あんなに喜んでたのに……本当にいいの?」
「いいよ。あのね、双子の卵が出たの嬉しかったから、レイくんにあげようと思って」
琴は箸ですくった麺にフーフー息を吹きかけながら、楽しそうに言った。
「嬉しいことや幸せなことは、レイくんと分け合いたいもん。だからあげる」
(ああ、君は……幸運だって、簡単に僕にくれてしまうのか)
湯気でほんの少し湿った前髪を揺らしながら、琴は笑う。彼女に沢山の幸せが訪れるようにと願ったけれど、琴はその幸福をこちらに平気で分け与えてしまう。
その優しさがキラキラとまるで星屑みたいに降ってきて、レイの世界を輝かせることを、彼女は分かっているのだろうか。
レイが琴の優しさに触れる度に、どれだけの幸せと希望を貰えているのか、彼女は理解していない。
「ーーーー全然分かってないのに、きっとこれからもくれるんだろうな……」
幸せを、優しさを、降り注いでくれる。星座の名前を冠する彼女は、惜しみなくずっと。
「好きだよ、琴」
「う……っえ!?」
「大好き」
「ちょっと、レイくん?」
「愛してるなぁ」
「どうしよ……レイくんが壊れちゃった……。サクちゃんに治してもらう?」
ゴホゴホとラーメンを器官に詰まらせながら、琴は涙目で問う。
鬱陶しい腐れ縁の朔夜に恋煩いを治してもらう気などサラサラないが、そうだな、自慢するにはいいかもしれない。
レイは汁を吸って柔らかくなった麺をすすりながら、そう思いを馳せた。
翌日、レイのスマホの待ち受けが双子の卵が浮いたラーメンになっているのを見た警視庁の同僚は、首を傾げることになる。
それから家に飲みにきた朔夜が、話を聞いて胸やけを起こしたというのは、また別の話。
ここまでお読みくださりありがとうございます…!
ようやく新刊「腐女子ですが、このたび推しの元に嫁がされそうです」が本日無事に発売されましたので、こちらの方に番外編を上げる時間がとれました。
本当はもっと沢山更新したいし新しいお話も書きたいのですが…社畜の身ではなかなか難しいですね。
ですが今一番書きたいのは現代モノなので、いつか形にしたいところです(*´꒳`*)