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奏でながら想うのは泣いていたあの子のことばかりの毎日。優しい紫暗色に助けられ、育てれているのだから自分に育てられていた時の環境を想像すると、遥かにそちらの方があの子の……蓮のためには良いだろうと、そう想う。
もちろん、紫暗色の少年に負わせてしまった負担はちいさなものではないことはわかっている。彼にはとてもとても申し訳ないことをしてしまった。
親の欲と言うものはちいさな子どもが駄々をこねるものよりも質が悪い。自分が親と言うものになれているかすらわからないのだけれど、揺るぎようのないただひとつの大きなしあわせは蓮を産めたと言うこと。
あれだけは彼女の人生を大きく変えるものだった。
ただの自己満足であって、誰も彼をも巻き込んでしまってしあわせを得るなんて図々しいにも程がある。本当に自分勝手で楽な生き方をえらんでしまった。
この身がひと成らざる者へと変わってしまってからは空腹も睡魔も人間だった頃に散々襲ってきたものが何もなかった。
ただただこうして生きているだけの日々。どうして悪魔を『散らす』役割を持つあの紫暗色の彼がどうして彼女を殺さなかったのか。彼女にとっては直ぐにでも『散らして』欲しかったと言うのに。
それは紫暗色の彼が希望を捨てていなかったからだ。いつか彼女が心変わりをして、悪魔から蝶々へと孵化した幼子のように、救われることを期待して期待して、待っているから。
今まで何も考えてこなかった彼女にだってそれくらいのことは察しがついた。預けた我が子を想ってくれているからこその優しくもこれ以上に残酷なことはない。
あの蝶々のような幼子ならきっとわかるだろう。悪魔にとっての救いは『散って』しまうことにある。それ以外には苦痛でしかなく……否、それ以外の何物にもなりはしない。
それでも今ここにこうして、蓮の生まれた、産んだ鐘の塔の最奥で無意味に生き延びているのは生きたまま殺されているかのような気分だったが、暗雲を見上げると自然と微笑んでいる自分が確かに存在していることを彼女はきちんと自覚していた。
あの時に見ることは叶わなかったが、もしもひとつだけ自分に似ているところがあるとするならば暗雲のような、灰色の混ざった黒い瞳なのだろうなと、ちいさな夢を見ていた。ひとつだけでも我が子と、蓮と似ているところがあるならば、どんなに素敵なことだろう。
思いを馳せて空を見上げ、想いを籠めてオカリナに音を宿す日々が長く長く続いていった。自ら翼を『散らして』しまえば無意味な命を絶つことが出来なかったのはずっとその行為を止め続ける『散った』悪魔たちの声と、彼女が持ってしまった愛娘への執着心が理由だった。
蓮を産んだ鐘の塔を壊してしまえば、きっと自ら『散らして』しまうであろうことは彼女の中では最初からあった答えであり、答えがあるからこそ、そこには至らない。
無意味な命であることは重々承知の上であり、生きていることすら“穢”らわしいことでもあるのに、日がな一日暗雲を仰ぎ見ては愛娘を……蓮を想い続けて、想いながら健やかな成長を願う毎日。
それが変わったのは十二年が過ぎた頃だった。
毎日同じことを繰り返して生きてきただけの日々に、自分とは違う悪魔がさ迷ってきた。桜色の悪魔が降りてきた。
悪魔と化した身であるゆえに、わかっていた。わざわざこの鐘の塔にまで足を運んできたということは、彼女と同じくこの悪魔は鐘の塔に執着心を抱くだれかとの想い出があるのだろうと。
蓮を産んだ時ほどではないが、彼女はぞっとした。ただただここに在るだけの日々だった間に自分以外にここに想い出を残すものがいてもおかしくない。確かにおかしいことではないのだけれどーーーーーーどうしても自分以外の悪魔にこの場所を壊されることだけは“譲れない”のだと彼女の中で強い衝動が強く舞い上がった。ぐわああああっ、と、滝が逆さまに、下らずに急き上がってきた。彼女は全力で焦りを感じた。
感じたときには既に足はそちらへかけていて、包帯で覆っている翼が一際熱く熱く強烈な熱を持って、心がとてもとてもそれを許しはしなかった。背中にも、熱い熱い衝動が膨れ上がる。
彼女は感じた。あの紫暗色の彼がずっと抱いていた希望がきれいに、完全に消え去ってしまったのだとしんしんといやというほどに理解した。
これは“二枚目”だと言うことを。
もう助かるまい。彼女は悪魔として『散って』いくしかないのだと決めた瞬間だった。……その前に、どうしても自分が壊すために桜色の翼の悪魔からこの塔を守りきってしまってから。……悪魔に散らされる悪魔は一体どんな気持ちに抱くのだろうと悪魔の身である彼女は瞬間躊躇ったが、どうしようもない荒波のような衝動の前には勝てるものでもなければ優先されるべきものですらなかった。
波に逆らって逆に泳ぐ魚がどこにいようものか。ただの苦行でしかないと言うのに。
風に逆らって地面に這いつくばる葉がどこにいようものか。雨の手伝いすらなしにそれはとことん無謀なことだ。
それらに抗うほどの意思を見せたところで、価値観なんてまったく無意味の産物にしかなりやしない。それこそ誰も認めてくれやしないのにーーーーー
「あっ……っ、…………あああああああああああぁああああああああああああああぁぁあああああっっっっ!」
「!」
不意に、ちいさなちいさな黒がひらりひらりと咲いた。そのちいさな黒はあっと言う間に桜色の翼の悪魔の背後に回り込んでーーーーその翼を『散らして』しまった。
ちいさなちいさなその黒を一目見て、行きが止まるような行き苦しさと“愛”しさが重なって重なってふらりと目眩すら感じた。彼女は“逢”を求めてはいなかったのに…………なのに“逢”ってしまった。
夢のようなその姿。ずっと「そうであったら良いな」と思っていたものが……まさか叶っているだなんて思っていなかった。それが言葉に出来ない感情が胸一杯に広がって、膨らんで膨らんで膨らんで。
暗雲のような、灰色の混ざった黒い瞳。
愛娘だと、すぐにわかった。わかった瞬間に、その時が“三枚目”が生まれたことを彼女は必死に目の前に立つ少女に隠した。隠すのに必死だった。
そうして新たな欲が生まれてきてしまう。




