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「……耳を塞いでいてくださいって言ったのに……」
どうしていつも塞がないんですか……と、倒れてしまい眠りについた、律に律と言う名前を与えたひとの頬を撫でながら律は苦笑いした。
雨が降りしきる、暗い暗い真夜中のこの場所で今、意識があるのは律だけだった。
街灯の光ではない光が、律の体を仄かに彩っていた。その背中にはーーーーーー碧眼の瞳と同じ色で、流れ星色の髪と同じ色に縁取られた蝶々の羽根があった。
蓮が持って帰ってきた話しは『片翼の悪魔が蝶々になった』と言う内容の物語。
それはだれかが創作したわけではない、実際にあった物語で、律のことを語っている物語だった。言葉と言う形にはなってしまったようだが、本などの手にとって見える形にはなっていない。
「だれにだって、心があるんだ。…………あなたは、そう怒ってくれましたね、優さん」
昔々の記憶にくすりと律は笑う。それこそ今の律くらいの年だった優が叫んだ言葉。
思い返しては“愛”は深く深く大きなものになり、律にくすぐったさを与えて笑わせる言葉だ。それは、その言葉は悪魔にとっては最大の口説き文句に他ならない。優がいつも作ってくれるお菓子よりも甘くて甘くて、舌が麻痺してしまう。
心まで甘さの海に浸らせてくれるそのたったの一言は悪魔にとっては極上の砂糖に等しかった。同時に毒でもある。
生きていてはならない存在だと理解したばかりなのに、その言葉をもらってしまってはまたひととして生きたいとも願ってしまう。叶わぬ願いであると言うのに。
少なくとも律よりも早く悪魔と化して『散って』しまった者たちはそう思っていたようだった。
悪魔たちが、悪魔と化した者が優をなんとなく受けいれるのはその存在を繋ぎ続けているからだ。『散って』しまった悪魔たちは、どこかしらに必ず繋がりを持っている。逆に繋がりを持たない者を探す方がこの世界には無理なことだ。それこそ悪魔を救う以上に難しいこと。
今のこの時だってそう。ただ歩いているだけのすれ違う刹那や、何気なく譲った道の相手。いつかだれかが歩いた道を歩いただけで歴は刻まれ繋がりは紡がれていく。
それらと同じように、優と言うただひとりから紡がれていく“あい”は様々な“あい”で、悪魔と化した者の前に……姿こそなけれど現れて彼のことを伝えていく。
だからこそだれも彼を否定したりはしない。心の窮地に追い込まれてしまった時、走って寄り添いに来てくれるものなどないに等しい。
それをこの変わり種な保護者はいとも簡単にして見せる。して魅せる。
そうして感受性が強すぎるために……この様だ。いつも負担を抱えては不調になり、倒れてしまう。少しくらい自分をいたわる気はないのだろうかと常日頃、いつもいつも律は思うがこの数年のうちにその希望は諦めた。自分を労る気なんてこの保護者は考えもしないだろうし、その気遣いを自分にあてる位ならまた他のだれかに譲るのだろう。やれやれだ、と思う。律が優に対して過保護になってしまったのは間違いなくこれが原因に違いない。
ぽぅ……と律は己の背に羽ばたく羽を広げて強く強く光を飛ばす。
いつか、片翼の悪魔だった律と言う少年は悪魔から蝶々へと孵化した。
片翼故に力が両翼、もしくはそれ以上の悪魔たちよりも弱かったのが理由だったのかもしれないが、律は悪魔ではなく蝶々へと化した。
暗さを更に暗くする悪魔の翼とは違い、水を吸えばたちまち重たくなり、水の色を遮断してしまう翼とは違い、それらを透かして別の見方、印象を与えることが出きる羽を持つ蝶々。
悪魔から蝶々へと化した例があるのは今のところ律だけだ。他には例を知らない。
あのときの優の怒鳴り声を受けた直後、まるでひび入っていくように、まるで持っていた翼が偽物だったかのようにぼろぼろと崩れ落ち、蝶々へと、その羽をへと変わった。
それは悪魔たちの救いとなって、希望ともなった。優にとっても同じこと。希望へと繋がった。
片翼ならば、少なくとも『散らしてしまう』対象にはならなくなるから。律が蝶々へと化してから、思い出に対する破壊衝動は消え、翼のように暴れることはなくなった。
羽も律の意思で消せるし、何よりも優しすぎる保護者を手助けをも出来る能力を得ることができた。
今回、れんから蓮へて語られたように、物語を知らない者へ語る……“謡う”ことをすれば使える能力。
その能力は『催眠』能力。
微睡みに促して朧気の煙りに記憶をぼやかしてしまう能力。




