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それは幼い日のこと。
自分のせいで全てをなくしてしまった日のこと。あまりにも悲しくて哀しくて。どうにかなってしまいそうだとどんどんどんどん何かが胸の中に積もっていった。
例えようがないのだけれど……それは強いて言うならばしんしんと粉のようなものが積もっていったような感覚だった。
雪なんて当時は知らなかったけれど……でも間違いなく雪のような感覚ではない。冷たすぎてとても痛かったけれど溶けて消えてはくれなかった。だから雪と言う感覚ではなかった。
これが何と言うのかはわからないのだけど、気がつけば背中から何かが生まれていた。背中が熱いとか、避けるような、とかそんな感覚はなかった。ただ膨らみが綻ぶようなと言おうか、閉じ込めていたものが介抱されたと言うか……言葉を知らない幼い律はそう感じていた。
左側しかない、片翼の一枚翼。全てを遮断してしまう大きな翼。
痛くはなかった。ただ耐えられなかった。自分で抑えられるようなものではなくて、勝手に翼は暴れて暴れて暴れて。自分の意思ではないのに、自分の意思であることをぼんやりと自覚していて。
両親が律の中で死んでしまい、事実上の中でも死んでしまい、あんなに大切だと、大好きだと思っていた家は律の背中から生えている翼が叩き壊してしまった。
アルバムも服もタンスも、父と母の匂いのする、思い出と言う名の品物は全てすべてがなくなった。薄い薄い水色の翼が全てを潰して砕いてしまい、家の匂いは粉屑となって吹いた風に埋葬されていってしまった。追いに行こうとは到底思えない。
だってそれはもう律の中ではなくなってしまったもので、執着するものでもなければ支えてくれるものでもなくなった。
勝手に、好き勝手に暴れてしまう翼。それはただ呆然と膝をついて壊していく様を見ている律にはよくわからないことだったけれど、ただひとつ漠然とわかっていたのは“自分はもういらない”のだと言うこと。
あれだけ、あれだけ大好き“だった”両親が言っていた人に迷惑をかけてはいけないのだと言うことを、無意識に意識しながら今の自分は行っている。
幸いなのが住んでいたこの場所が町の外れの更なるはずれだったことだけ。ここは余程の貧乏人しかすまないような特に治安の悪い区域だった。
酷く分厚い暗雲の下でどんどんと細かくちいさく壊れていく“思い出”
ああ、もうなぁんにもなくなったんだなと、幼いながらに諦めがついて、そうして途方にくれてしまっている自分に、問いを投げた。どうするの?と。
これからどうしよう?どうするの?と自分自身に訊いてみても、訊ねられた相手が自分なのだから、答えなんて出てきはしない。
こんなにも呆けてしまっている今の自分に何を考えることができようか。どうしようと思っている自分自身にどうするのかと問うたところで無意味以外の何者でもない。
はっきりととは言いがたいが、しかし一番に至ったのは“自分は世界に存在してはいけない”と言うことだった。
だって翼の生えた人間なんてどこを探したっていない。どこにもいない。いるはずがない。しかも暴れているこの翼を自分では抑えきれない。抑えることができない。
今はまだだれにも見つかっていないから良いものの、見つかってしまったらどうなることかわかったものではない。
体に負担がないのかどうかわからない。ただ翼が手前の方から奥の方まで家を壊していくのに、体は全く引っ張られるようなこともない。距離に合わせて翼は広がり縮みを繰り返して、修復の余地もないほどに壊していくのをただただ見ていた。
見ながら先程の考えを撤回する。ああ、別にだれかに見つかってしまったって良いのではないかと。そうなればきっとこの姿に気味の悪さを感じて殺しに来てくれるだろう。そうなればきっと楽だ。幼い律にはどこをどうすればうまく死ねるかなんてわからないのだから。
“……大丈夫だよ”
「…………え……?」
ふと、だれかの声が聞こえた。記憶か砂塵と化しつつある両親の声ではない。全く知らないだれかの声。
虚空に染まった碧眼の瞳で辺りをきょろりと見渡して見るけれど、誰の姿も見えない。いるのは気持ちの悪い姿になった律ただひとりだった。
厚い厚い雲に覆われた空を見てみても何が降ってくるわけでもない。先程の声は気のせいだったのではと己を疑って信じたとき、また声が降ってきた。耳に直接入ってくるような声ではない。体の内側から入ってくるような、そんな語りかけられかたで、なれない感覚に浮遊感のようなものを律は覚える。
次に聞こえてきた声はひとりではなく、複数だった。
“大丈夫、大丈夫”
“とてもとても優しい子が走ってくるから”
“あまりにも優しすぎるのだけどね”
“必死に語りかけてくるんだ”
“大丈夫、その声にきっと”
“救われる”
「すくわれる……?」
何を言っているのかさっぱりだった。救われるの意味すら知らなくて、幼い律は虚空の瞳にわからないをひとつ溢した。
尚も暴れ続ける水色の翼。前に絵本で見たことがある。色が違うけれど、この翼はまるで
「あくま、みたいだ……」
「……はっ……っ、あくま、じゃない……!」
ぽつりと呟いた自虐にしかとれないその言葉を遮るように苦しそうな息遣いで言葉が重ねられた。
瞬間的に“気味の悪い自分が見つかった”と言う怯えと安堵が同時に生まれて、それはやがて安堵の方が勝ちを得た。死に方がわからない自分に死をくれるんだと。
声のした方を見ると見慣れた家の正面の空き地に立つ少年。
真っ黒な髪に深くて暗い紫色の瞳。余程疲弊しきっているのか胸を抑え、少し膝を折り前屈みに今にも倒れてしまいそうな彼がそこにいた。
肩で息をしている上に律でもわかるほどの顔色の悪さ。
一見とても弱々しく田よりなさそうに見えたのだけど、きっと目の前のこのひとこそが救ってくれるひとなのだと言うことが一目でわかった。それはまるで惹かれるように律の瞳を奪ったから。
膝を地面についたまま、依然と呆然とした思考の中できっと無意識にだろうけども、自分がふっと笑みを浮かべたのがわかった。
にこ……と力なく笑って、勝手に暴れ続ける翼を背に感じながら、律は自然と口を開いていた。
それは一種の依存。
「あなたが……あくまにしぬのをくれるひと……?」
その言葉には懇願が入っていた。早く楽になりたくて、なりたくて、方法さえ教えてくれたら何でもする。律にはそう言う意思があった。




