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律は優のそんな姿に誇りを持っている。
こんな化け物を相手に、罵倒や畏怖の言葉を投げる者は多くても、こうして対等に、平等に、同じ者として扱ってくれる者などそうそういない。
恐ろしいものを、自分の世界に認知していないものを認めることは口にする以上に難しいことだ。物語のように簡単に見つかるわけがない。
だがその生き者としての本能であり性であるそれを完全に否定しようとは律は全く思っていない。むしろ当たり前のことだ。責めようがない。
だからこそこの保護者を誇りに思うのだ。
そして同時に心配でたまらない。
「はぁっ!あんた何言ってんだっ!あんなわけのわからないもん……なんだかよくわからないが妙な化け物だったら殺さなきゃならんだろうっ!」
わっ、とひとりを中心に、優は反発を買う。優はこの町では一部で『死神』だと、死を招くものだと囁かれている。
それは悪魔の存在を知らないから。この町の者たちが悪魔の存在を知らないから、そう言われてしまうのだ。悪魔と化した者と繋がりを持っていた者に悪魔として『散って』しまった者がいなくなってしまった証を届ける“欠片渡し”が原因だった。
悪魔を知らないこの町の者たちには、いなくなってしまった者はもう帰ってこない行方不明者として認識される。
それでもほんの少しの希望にしがみついていなくなった者の帰還を願うが、優が訪れてくればその希望は泣き声にかわる。
もう帰ってこないと断言されたも同じだからだ。『散って』しまった悪魔はもう二度と帰っては来ない。もう二度と。
優は探偵でも警察でもなんでもない。しかし確実に悪魔たちと関わりを持ち、関わりを持つからこそ必ず繋がりを、確かに彼らが在った証を持ち帰ることが出来るし、悪魔の心を受けるからこそ、その相手が誰だかわかり、渡しに行くことができる。
その為かどうかはわからないが、優はこの町にいる者たちの顔と名前をすべて把握している。覚えている。
いつか言っていた。
それしか出来ないから、自分はそうしているのだと。
記憶を、命の散り際を、その瞬間を覚えていると言うことはどんどんと荷を増やし続けていると言うことであり、重たくて重たくて仕方がないもの。苦痛にしかならないもののはず。
しかし、どうしても優には防衛本能と言うものはないらしい。いくら悲惨で凄惨なものであろうともそれを決して忘れたりはしない。
きっ、と普段は艶やかに穏やかに柔らかい瞳が強い意思を宿して、背筋をぴんと伸ばし、指先までぴんと伸ばし、そこから一切動かないと。
彼を纏う空気がそう言っていた。
これが、律の保護者で悪魔たちの救世主の姿だ。このひとこそが、律の誇りであり、ただひとつの世界。
まただれかが呟いて、
「……でも……優さんが言うなら……近寄らない方が良いんじゃ……」
意見が、まるてま油のように分離する。水につけた油のように。
一部では死神と罵り、迫害的な言葉を受けてはいてもこの性格から、人望は優にはあった。
極一部ではあるが“欠片渡し”の際に泣きながらでも感謝されることはある。
お帰りと。連れて帰ってきてくれてありがとうと。夢見る苦しさを諦めることで……否、それを受け入れることで和らげることができるのだと言って前へ進める者だっている。
悪魔の翼の色と枚数が個々で違うように、受け取り側の者の心だって、当然ながら違う。
だから分離して、そこからまた細かく分離していくことだって当然だから、珍しいことなんかじゃない。
優の傍らに立って……彼の姿をしっかりと記憶と心に刻み付ける。
この姿を、いつか蓮に話すために。お前のためにこのひとはこうして立っているのだと。
十二年前の、救いを拒んだ“れん”の拒みを、更に拒めなかった自分に対して許せていない心を、今力を尽くしてここに立っている。
優が自分の生き方を酷くひどく否定していることを律は快く思っていない。こんなにも自分にきつく辛く当たる必要はないじゃないか、と律は幼い頃に何度も何度も叫んで訴えたことがある。
思い出しては苦笑いするしかない、幼い記憶だ。
『優さんはっ!どうしてそんなに自分にやさしくしないんだっ!悪魔たちは助かったんだっ!あなたは助けてくれたんだからそんなに自分をいじめないでっ!』
嘆きの言葉や自分を責めるような口ぶりは決してしたりはしなかったが、時折見せる表情や仕草、空気が優が優自身をずっと責め続けて、手放そうとしない記憶たちに苛み続けていることは明確だった。彼が彼を責めなかった日なんて一日だってない。
律は、わかっている。自分も、今走って悪魔の元へ向かっている蓮も優と言うただ無力で人一倍感受性の強い人間にとても愛されているのだと言うことを。同時に恐れを抱かせてしまっていることも。
それを知って以降、律は優に己を責めるなと訴え叫ぶことを止めた。
それこそが優を一番苦しめるからだ。
優への言葉に頷こうとしている声に、荒波のように強い言葉が激流の如く押し寄せてくる。
「ふざけるなっ!殺さないとこっちが殺されるんだっ!俺にだって家族がいるっ!」
それが激流のはじまりだった。器がこのちいさな町ならば、その中にしか止まれないわずかな油は流れによって器から流されて姿を消してしまう。
強い水は、ふよりと浮かぶ油をいとも簡単に流してしまうのだ。
これだって予想できることで、命と命が共存するに当たって極々自然で当たり前のこと。危機感を覚える必要はなくても焦るくらいのことはしなければならない。そうしてこちらも必死にならなければ意見と言うものは価値をなさないし、その尊さを錆びらせてしまう。
生き者たちは争って然るべきものだ。そうして命の輝きを増していくのだから。
少なくとも、律はそう思っている。……それで犠牲を出してもいい理由にはならないのだけれど。
またひとつ、轟音が轟いた。




