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直に触れるれんの素肌に何故だか心から安堵して、頭に回された腕に甘えるように蓮は彼女の腰に手を回して力強く抱きついた。
すがるように、と言ってもおかしくないのかもしれない。
蔓のように下に伸びる若草色の髪が涙で濡れた頬に張り付く。
一ヶ所だけにてん、とつけられた糊のような役割のそれは頬にだけ張り付いて、長く長く伸びた髪は蓮の首筋にまで届いてくすぐったい。
ふっ……とくすぐったさに涙を流しながらも蓮は笑みを雫す。
こんなにぴったりと誰かに抱きつくのは優や律以外にははじめてのことで、やはり感情はぐるぐると巡る。
血が通ったような……と言うのはこう言うことを言うのだろうか?
こんなにも心に波があることを、優や律以外で体験したことがなかったから、なんだかとても新鮮で、不思議な感覚だった。
なんだろうか……この感情の色は何と言う名前なのだろう?
「……くしゅっ」
「!服っ!」
頭の上に控え目に控え目に、そっぽを向いたくしゃみが蓮の顔をあげさせる。
普段ならば涙のあとが残っていて恥ずかしいだとか、馬鹿にされるとか思ってしまい、顔をあげるまで時間がかかってしまうのだけど、れんを前だと自然と顔をあげることが出来た。
いつもなら気にすることを、気にしなかった。……泣くことすら蓮にとっては数少ないことなのだけれど。
蓮はばっ、とどこから出したのか大柄な男性をも軽く包んでしまえるような真っ白のブランケットをれんにばふりと覆った。
二重に縫われたブランケットは蓮が普段使う一重のものよりも暖かいはずだ。
何故か何でも出来る保護者に教わりながら、蓮が作ったものだから……あまり自信はないが、ないよりはましだろうと夜な夜な頑張って作った一品。
わぁっ……と短い驚きの声音がブランケットにより塞がれ、れんの姿はブランケットに隠れて消える。
もぞもぞ、と出口を探すようにさ迷う体の線が、やがて「ぷはっ」と顔を出した。
ちょこん、とした表現が似合うれんは若草色が一層際立って見えて、白いブランケットを不思議そうに見ていた。肩のした辺りに生まれたちいさな山ふたつは彼女の手なのだろう。
「…………」
「えっ、と……れんおねえさん?あの……」
「……これ、蓮ちゃんが作ってくれたの?」
「ふぇっ!?」
まじまじとブランケットを見ていたかと思えばいきなり蓮が作ったと言い当てたれんに、蓮の声は裏返った。今の声は間違いなく律に馬鹿にされ、優に微笑まれてしまう類いのものだった。
れんが馬鹿にはするような性格ではないとわかっているつもりではいるが…………いや、問題はそこではない。そこではないのだ。
どうしてれんは蓮が作った物だとわかったのだろう?改めてまじまじと見られると居たたまれなくなってしまう。
裁縫初心者の蓮からしたらその白いブランケットは処女作でありはじめての出産でありなんと言うか……律ですらある程度裁縫の腕前があるだけに何も出来ない自分が急激に恥ずかしくなった。しかも反射的にとは言え、れんにそんな初心者ばりばりのものを当たり前のようにかけてしまったことが本当に恥ずかしくてならない。
ああああああ……と蓮は律に意地悪をされた時以上に動揺を見せる。羞恥から持った頬の熱と、行き場のない手が空でわたわたと泳ぐ。剥いでしまいたいが冬の寒空の下にまた上半身とは言え裸体を晒すわけにはいかない。
しかし……しかし、だ。こんな上品な顔立ちの女性に蓮みたいな裁縫初心者の小娘が作った不恰好なブランケットを被せていても良いのだろうか?
ーーーーーー良いわけがない。
「れんおねえさんっ!それ、」
「私のために作ってくれたの?」
しかしやはり、と不恰好な白いブランケットを彼女から排除しようと、蓮はブランケットの端に手を伸ばした。
が、「図々しいけど」と控え目な前置きをして、純粋に問われてしまった蓮は目を丸くする。
「え……?……あ、うん……」
驚いたままに、れんの問いに蓮は肯定の返事を返す。そう、これは元々れんに渡そうと思ってなれない針に糸を通し、一生懸命に作ったものだ。
本当はすぐに、はじめて逢った翌日にでも渡したかったのだが、器用にことは進まずに時間がかかってしまったブランケット。
ふ、と新たにまた不思議が生まれる。
一生懸命、だなんて。
はじめてのことではないだろうか?
そう……、と丁寧に蓮の肯定を受け取ったれんはきゅう、と大切そうにブランケットに頬擦りをして、
「ありがとう……。……大切にするね」
嬉しそうに嬉しそうに、それこそ見惚れるように儚く透けるような笑顔でれんは笑ってくれた。
見惚れる。いつまででも見たくなったその笑顔と、ありがとうと言ってもらえるこれ以上ないほどの喜び。
じん……とどこかが痺れた。けれど不思議なことにその痺れは全然いやなものではなくて。
悪魔を『散らした』後に出逢った彼女。
優や律からは得られなかった別の感情をくれた、薄色の、白い彼女。
もっとその笑顔を見ていたい。
きっと今夜も理由がわからなくて、悩んで悩んで、頭が痛くなるのだろうけれど、
「……次は、もっと上手に作ってみせるね」
「んーん。……これがいいの」
「私がよくないのーっ。……あ。あのね、あのねっ!今日のおやつはねー」
それでも構わない。一緒にいたい。
理由もないのだけど、心からそう思った。
想った。




