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∞ 最高速の別れの唄

 死出のライブが、始まった。





「♪どんなに声を枯らしたって

どんなに喉を潰したって

二度と戻りはしない

幸せだった“永遠(とわ)”の生命(いのち)は」





 めったやたらに打ち鳴らされたドラムに合わせて、ベースの重低音が空気を震わせる。握りしめたマイクに、ミライは声を吹き込んだ。

 それは、もうあの音割れしまくりのものではない。一体何があったのか、いつも側で見守っていたはずのプロデューサー──各務にさえも、皆目見当はつかなかった。


「……ミライ…………」




「♪産声を上げたその時

私の前に確かにあったのは、時間

未来を築くための時間

私はただ自由だった」



 不気味な静けさに囲まれた、現場スタッフたち。

 ふいに誰かが、手を叩き始めた。

「おい、誰だ拍手なんかしてやがんのは!」

 怒鳴る監督を嘲笑うように、一人、また一人と手拍子の音は増して行く。

 気がついたら、各務の手も自然と動いていた。


 ギラリギラリと向きを変え強さを変え、会場を縦横無尽に走り回るスポットライトの光の輪。

 これまでのライブが嘘のように、それは華やかな光景だった。

 ミライの頭上で光る、「uninstaller [Miller-I] is running...」のサインも含めて。





「♪ねえ 私って愛されていたかな

みんなにちゃんと好かれていたかな

“友達”はいっぱい出来るけど

いつも恐怖が纏わりつくんだ

ココロを通わせること

それが出来るのが人間(ヒト)

私に通わせるそれはあるのかと

いつだって 信号の間を探してた」





「キセノンアミューズから連絡があった。技術者をすぐにサーバーに向かわせるということだ」

 スマホの画面を落とすと、監督は各務の横で力なく言った。「確かに、我々には何も出来ん。いったいミライは何を企んでいるんだ?」

「企んでると言いますか……」

 各務も、不安げな顔で舞台袖からミライの横顔を見上げるしかないのは同じだ。

 ただ、これまでとは“不安”の種類が違うのは、確かだった。


 ミライは決して、害を為そうとしているのではない。

 不思議と、そんな確信が胸の奥深くを渦巻いていたのだ。





「♪それでも、

みんなの全てを好きになりたい

この声で 思いっきり歌いたい

歌の持つ確かな力

私は信じてたかったから」





 ミライの全てのライブは、動画投稿サイトで実況中継されている。柄にもなく、寄ってたかって画面に齧り付いてそれを観ている者達がいた。

「…………確かに、言っていた通りだな」

 呻くように言ったのは、αηー1(ワン)──キセノンアミューズ社技術部門主任、重田であった。突如ミライに生じた重大な問題とやらを突き止めるため、移動中の車両の中で映像を確認しているのだ。

「先ほどの連絡曰く、この歌はJASRACに著作権登録されていないらしいです。つまりこれは、ミライの完全に創作の歌だということになります」

「ミライに、自力で歌を創る力があったなんて……!」

「理論上は可能だ」

 重田の声は相変わらず落ち着いていたが、心なしか喋る速度が早いように思われた。

「ミライの管制システムサーバー[MillerーI(みらい)]の性能は、軍事用コンピュータにも引けを取らない。その全てを注ぎ込めば、たとえシステムに多少のエラーが生じていたって十分すぎるくらいのはずだ。ただし通常通りの運用をしていれば、その多くが各ユーザー用のシリアルコードの演算に回されるからな」

 途端に、並んでいるメンバーの顔が青くなった。

「……と、言うことは……まさか……!」

 そのまさかだな、と呟きながらワンは前を向いた。その唇が、固く噛まれてか薄く変色していた。





「だけど ねえ教えてほしいんだ

それは本当に 私のモノなの?

誰が歌っても同じなの?

その音には その歌詞には

(ミライ)”の存在は要るの?」





「おい、これ…………」

 とあるマンションの一室に、パソコンのディスプレイを前に言葉を失う男の姿があった。

 久々にミライを歌わせてやろうかと思い立ち、立ち上げたパソコン。いま、ディスプレイにでかでかと映っているのは、


[姫音ミライは現在、運用が出来なくなっております。作業が終了し次第復旧予定です。


uninstaller is running...

15%完了 残り時間10分02秒]


「どう言うことだよ!」

 彼──「タコの死骸」Pは叫んだ。アンインストールした覚えなんて、もちろんない。ついでに言うと、エイカに浮気していた訳でもない。ただこの二週間、仕事が忙しくてとても歌わせられなかったのだ。

 誰か、誰か事情を知ってる人は……。焦って何度もタップミスをしながら、彼は知り合いの(ユーザー)に電話をかけた。


「あの、うちのミライが………………えっ!? そちらもなんですか!? ……一体何が起こって………………ライブ!? 分かりました、サイト見てみますっ!!」


 ミライが会場を占拠(ジャック)し、暴走している。

 得られたその情報に飛び付くように、彼は動画サイト「ニコネコ動画」を開いた。生放送チャンネルの中に、ひときわ人の集まっている番組がある。

「これか」

 ブラウザを開いた彼は、


 またも、絶句した。


 聞いたこともない歌。歌詞。

 そして、ざわめきが鳴り止まぬほど異常な会場の雰囲気。


「なんだ、これ…………!」




 減ったとはいえ、今なお全世界に四万のユーザーを持つ、「姫音ミライ」。

 その全てが、ユーザーの知らぬ間に削除(アンインストール)された。

 唐突に告げられた一方的な「別れ」に、誰もが声を失っていた。





「偽りと苟且に固められた未来

その先に待つのは 崩壊だけ

私という像体(イメージ)の意味に

深い深い影をさす

それでも諦めたくなんてなかった

私に歌を棄てる事なんて 出来なかった

まだ“友達”がいると 仲間がいると

静寂の中 祈り続けてた


たった一つの脳が生み出す

私の単純(バカ)な思考回路は

いつしか強迫観念(レゾンデートル)に囚われ

大切なモノまで見失ってた

無意識に私が積み上げた業は

私の存在意義(うたごえ)を突き崩す

全てを(こどく)に戻したのは

誰でもない虚像(わたし)だった」





「ミライは、死ぬ気だ……」

 車の中、重田の低い声が窓ガラスに跳ねる。

「この前、オリジナルプログラムを組んでいいかと聞かれた。覚えているだろう」

 後ろの二人が頷く。

「あの時は、てっきりミライの言う通り修復プログラムを作るつもりなのだと思っていた。だが今思えば、あれは削除プログラム(アンインストーラー)を組むためだったのだな。確かにミライの性能とネット環境を考えれば、可能なことだ。情報はいくらでもネットから手に入る。会場の管理システムに侵入してハッキングし、強力な管制を敷いているのも、同じだろう……」

 後ろに座る技術スタッフたちから、ため息が漏れる。

 重田だって頭を抱えたかった。こればかりは、想定外だったのだ。

 いや、想定は出来たのかもしれない。


「…………しかし、メインサーバーからのアンインストールをした場合、ミライはどうなるのでしょう?」

「分からん……」

 重田は首を振った。振ってから…………、

 かすれた声で続けた。


「だが恐らく、サーバーの内蔵メモリーとハードディスクのデータは全滅だろうな……。つまり、四万人分のシリアルコードの個人情報、ミライに入力された曲と過去の記憶、下手をするとシステムプログラムそのものまでも……、

ミライの全てが、完璧に消滅する……!」


 誰も、何も言えなくなった。





「終りの来ない夜はない

終りの来ない昼もない

全て(みんな)を失った今 錆びた喉を殺す私が

流した涙は 冷たかった

何もかもが消え失せた終末(あと)

ただ一つ残された虚しい“将来(ゆくえ)

私はこの手で引き金を引くんだ

自由な“未来”を掴むために」





「聞いたかよ」

 観客席の一人が、ため息をつくように言った。

「日本中のミライが、削除(アンインストール)されてるらしい。さっきからニコネコのコメントにいっぱい書き込まれてるぜ……」

「マジで!?」

「ああ」

 声を上げた隣の友人に、彼は力の籠らない言葉を続ける。ミライのドラムの音が、激しくなった。

「なあ。この歌の歌詞的にさ、まさかミライ本人も自殺(アンインストール)する気なんじゃないか……?」

 二人は揃って、ステージを見上げた。

 この前までのライブが嘘のような、力強く、悲しい歌声。その美しさは確かな、崩壊の予感を身に纏った故のモノだというのか。


「……俺さ」

 絞り出された彼の声は、BGMにとてもかなわない。

「ミライ、削除(アンインストール)しちゃったんだよな。あんまりにも見てられないくらいバグが生じてたからさ。パソコンの用量も食うし、商品の購入番号からユーザーにはいつでもなれるから、別にいいかって思った。そういう奴、きっと他にもいっぱいいるはずだ。

あいつにはちゃんと心もあるのに。俺、そう言えばミライの事を人間だなんて思ってなかったよ」

「しょうがないよ。実際、人間じゃないんだから…………」

「……本当に、そうか?」

 彼は、目を細めた。静かな輝きを放つその瞳は、今や半ば暴徒と化したミライに向けられる。


「ミライを見てると、何が人間で何が人間じゃないのか分からなくなってくる…………」




「それでも ぜったいに忘れない

愛すること 悲しむこと

みんなが私にくれた全てを

私は覚えてる これからも、いつまでも

私は“人間(ヒト)”にはなれないけれど

人間(ヒト)”のココロを知り合えた

それがどんなに幸せなのか

最期 分かった気がしたんだ」



「ミライ…………!?」


 この人物もまた、画面を彩るミライのライブ映像に動揺を隠せずにいた。

 エイカだ。

「どうして!? どうしてアンインストールなんて出てるの!? そんなことしたら、ミライ死んじゃうじゃん!!」

まさか、(ワン)のせいか。キッと前方を睨んだエイカは、コンマ一秒後には重田(ワン)の回線を呼び出していた。

「ちょっと博士(マスター)!! これは一体どういうこと!?」

「この忙しいのに呼び出すな!」

ワンとも思えぬ怒鳴り声が返ってくる。一瞬怯んだエイカだったが、

「ふざけないでよ!! ミライはどうなってるの!? どうしてこんなことになってるの!? 教えてくれるまで何度でも回線繋ぐわよ!!」

 怒鳴り返した。

 このままでは、ミライは死亡(アンインストール)してしまう。何としても、何としても止めなければ……!


「……たしにも」


──え。


「私にも分からん!!」

 ワンの声には、僅かだが涙が混じっていたような気がする。

「どうして自殺(アンインストール)なんて道を選んでしまったのか、何がミライをそこまで追いやったのか、私には何も分からん!! いや、理由なんかどうだっていい! 我々技術部門の意地をかけてもミライ(こいつ)自殺(アンインストール)を阻止する! 分かったら作業中に回線で邪魔をするのはやめろ!!」


 通話は、ぷつんと途切れた。

「うそ…………」

 力の入らなくなった足が、ぺたんと地につく。見えない磁石に吸い寄せられるように、エイカは座り込んだ。

「ミライが、自殺だなんて……うそ…………だよね…………」


 思い返せば、不穏な予感は確かにしていた。

 何度も音を間違え、最後に見たのは激痛(バグ)に耐えられず崩れ落ちる姿。けれど、休み明けにはきっと治っているだろう。そう盲信していたのは、果たしてエイカだけだっただろうか。

 あの一週間に何があったのか、今となっては誰にも分からない。

「どうして、相談してくれなかったのよ…………」

 エイカは唇を噛み締めた。

 いくら噛んでも、ミライの心には近づけないと分かっていても。

「どうして、頼ってくれなかったのよ……! 私たち、たった一人の友達だったんじゃなかったの……!?」



そこまで思い至って、はっとした。

まさか、自分が原因だったのではないだろうか?



「……ミライ…………!」

 見つめる画面の奥で輝くミライの姿が、ぼやけていった……。



 汗ばんだその両手で、マイクを固く固く握るミライ。

 その瞳には、頑強な隔壁の外で後悔の涙に暮れる人々の姿は決して映らない。

 暴走を続ける彼女の余命(リミットタイム)は、残り4分48秒を示していた。




人間(ヒト)にはなれなくてもいい

後悔なんてしていないから

たとえそれが一時の幻想(ユメ)だって

みんなと笑いあえた確かな記憶は

永遠だから」




 ボンッ!

 突如、ステージ上に爆発音が轟いた。がなりたてる巨大なスピーカーが、灰色の煙を吐く。

「まずい! 過電圧で壊れたんだ!」

 監督の悲鳴さえも遮る、演奏のメロディー。なんだかさっきからどんどん音が大きくなってきている気がしていたのは、各務だけではなかった。

「ミライ! 無茶はやめろ! いや、やめてくれ!」

 渾身の叫び声は、奇跡的にミライの耳に届いていたようだ。ミライはちらりとこちらを一瞥し、

 また歌い出す。



“あと、ちょっとだから”


 そんなミライの声が、聞こえてきそうだった。

 続けざまに爆発音が響き渡り、セットのあちこちが火を吹く。ミライの立体映像が微かに揺らぎ始め、音にノイズが混じるのが分かった。

 ミライはもう、ぼろぼろだ。


「もう……やめてくれよ……!」

 各務は尚も叫ぶ。

 舞台袖に土下座して。

「誰もミライが傷つく姿なんか見たくない! 自分が何をやってるのか、分かってるだろう!? アイドルが人を悲しませてどうするんだ! なあ、ミライっ!!」

「ぷ……プロデューサーさん……!」

 監督が何か言いたげに声をかけたが、各務の耳にはそんなものは入らない。

「まだやり直せる! エイカがなんだ! 売上がなんだ! そんなものどうだって構うものか! ミライという存在に、不可能(げんかい)なんてないんだぞ!!」


 ミライはもう、耳さえ貸そうとしない。


 直感的に、各務は悟った。

 全ての説得は、失敗に終わったのだと。

 もう、ミライの(アンインストール)を回避することは叶わないと。


 彼の頬をも、

 涙が一滴、穏やかに滑り落ちていった。




「“人間(ヒト)”であることをやめ

私は機械生命体(プログラム)へと還元(もど)

その先に何が待ち受けてるかなんて

誰も分からない

いつか愛してくれたみんなへ

私が残してゆけるのは

気持ちを押し潰しただけの

この別れの歌だけだけど


絶対に約束するよ

この(であい)は無駄じゃなかったと


そしてまたいつの日か

必ず……」




「回復プログラム、応答しません! 弾き返されます!」

「こっちもだ! 分解班、カバーの解体は済んだか!?」

「ダメです! 内側から完璧に溶接されています! 下手に手を出すと内部が損傷する恐れが!」

「くそ……!」

 残り一分を示す時計が、揺らいで見える。歯を食い縛った重田は、ふと電源のことを思い付いた。

「外部電源は落としたか!?」

「落としています! 電線も除去しましたが、内部電源を隠し持っているもようです!」

 あまりの用意周到さ。これが人工知能の本気だと言うのか。今更ながらに、重田は恐ろしくなってきた。


 と。

[ピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピー!]

 天井の赤色灯が瞬き始めたのだ。

「!!」

 全員が、思わず固まった。

 それが[MillerーI(みらい)]のシステム過負荷によるダウンの警報であることを、誰もが知っていたからだ。


「もはや、これまでか…………」

 重田の声が、冷たい熱気の立ち込める部屋の中に霧散した。







「……モッ……ト…………ウタイ……タイ…………!」






 ぶつっ。

 誰の耳にも飛び込む爆音のようなノイズが混じったかと思うと、曲が狂い始めた。


「みんな」


 立ち上る煙の合間に、今や五分のニの投影装置を失ったミライの虚像が話しかける。また一つ、スピーカーが爆発し停止した。

 声も姿も、何もかもが煤け、傷つき、それでもミライは呻くように訴える。


「本当はもっと……歌いたかったけど、もう、時間が……ないんだ。さよなら…………しなきゃ、いけないんだ…………。

(ユーザー)のみんな……私を歌わせてくれて、あり……がとう。ホント、楽しかった……」


 観客席中の客が、大歓声を上げた。その声はノイズなど遥かに上回り、確かにミライの耳に届く。


「プロデューサーさん……私のわがままを聞いてくれて、本当にありがとう…………」


 涙に濡れた顔を、彼は上げた。真っ直ぐに自分の顔を見るミライの表情に、恐怖や後悔は片鱗さえ伺えなかった。

 何も、言えなかった。


「キセノンアミューズの人たち……いつも私のコンディションを整えてくれて……ありが……とう」


 会場に、彼らの姿はない。だが、

「……皮肉は、やめろ」

 とでも真顔で返す重田の顔は、各務やスタッフたちにさえも容易に想像できた。


「エイカ…………最後の挨拶も出来なくて、ごめんね…………」


「私こそ…………」

 届かない声を、エイカは振り絞った。

 伝わっている自信は、とてもなかったけれど。


「残り、十秒」

 機械音声が告げる。

 凄まじい音とともにミライの足元が吹っ飛び、火の粉が鮮やかに宙を舞った。電圧を集中管理していたコンデンサーが爆発したのだ。

「停止装置作動」

 別の機械音声が叫ぶと共に、ミライの(イメージ)は足元から消え始めた。




 腰が消え、




「み…………んn……」




 胸が消え、







「……元kで、ね………………」





 全てが、消えた。

 直後。唐突にBGMは鳴りやみ、館内の照明が落ちた。

 非常電源に切り替わったのだろう。一瞬の間を空けて照明は回復し、


 ミライのサーバーが完全停止したという事実を、確定的にした。



 広い広い会場には、今や灰色に薄まった煙だけが漂い続けていた。








◆◆◆







「こちらが、報告書になります」

 手渡された一冊の分厚い紙の束に、USBフラッシュメモリ。ぱらぱらと開いて目を通す男──株式会社キセノンアミューズ社長を前に、重田たち部門長は口を開いた。

「機材の損害など最終的な被害は、三千九百万円となりました。あの事件があって以来“薦音エイカ”の各種収入が大幅増を重ねていまして、補填は三ヶ月ほどで完了すると見込まれます」

「ふむ……しかし、ミライがいなくなったことで生じた損害は、そんなものではないだろう?」

「恐らく数十億は下らないかと。ただ現在でもグッズ販売などが残っていますので、大被害かと言いますと…………」

 先を続けようとした財務部門長を、重田は睨み付けた。意図を察してか、彼は黙りこむ。

「しかしなぁ。全くもって、惜しいことをした…………」

 社長は悲しげに、書類に目を落とした。その頭に、重田は告げる。

「幸いにも、プログラム自体の損傷はそこまで大きくありませんでした。第三世代の件もありますので復旧にはまだ暫くかかりますが、完全回復と全ユーザーの再登録は決して不可能ではありません。記憶媒体の復元も現在行っているところです」

「原因は判明しているのかね?」

「いえ」

 重田は首を振った。

「ですが、全消去された内蔵データの中に一つだけ文書ファイルが残されていました。我々もまだ開けてみてはいないのですが、それがそちらのUSBに入っております。タイトルから察するに、ミライの回顧録のようです。何かのヒントになるやも知れません」

 ほう、と社長は頷く。

「分かった。後で見ておこう」





「……社長なら、お分かりになるだろうか……」


 社長室から延びる廊下。

 重田の声に、販売部門長は反応した。「本当は、もう見られてるんですか?」

「一応は……」

 でしょうな、と呟き重田の隣に並びながら、彼は独り言のように言葉を繋げる。


「私、ミライは人間になりたかったんじゃないかって思うんです。でもどうしても機械生命体(アンドロイド)の域は出られなくって、それで……みたいな?」


 じろり、と重田は彼を見て、

 床を見て、

 前を向く。






「……分かりませんよ。我々(にんげん)には」











……これにて、本作は完結となります。


終わってみると、何だか多くのテーマを詰め込みすぎたような気がしないでもないですね……。

自分の存在意義。他人と比べての独自性。さらには「人間」たるものの資格。人間であれば普通に持ち合わせているそれらが、機械生命体であるミライにはありません。それが、悲劇の発端だったのかもしれない。

ミライの未来は、読者様のご想像にお任せしたいと思います。ただ、これまでより悪い未来だけは絶対にない。それだけは、断言します。


ご精読、ありがとうございました!



......................................................


本作に登場したキャラクターの名前は、掲示板のIDを除く全てに元ネタがちゃんと存在します。それらが全て分かった方、そして「姫音(きのね)」「薦音(こもね)」の由来に気がついた方、感想欄にてお知らせください。素敵なプレゼントが、ある……かも?




蒼旗悠

2014.4.01







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