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Red.  作者: れむ
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第十一章  正体

「おそーーーーーーーーーい!!」






「わぁっ!?こ、琴鶴?まだ起きてたの?」

 今夜夕食をしにきたじいちゃんとともに、琴鶴の家へと帰ると、玄関の扉を開けた途端、出迎えた琴鶴がすごいふくれっ面で両手を組みながらそう言い放った。


「すまん、今回は少しばかり長引いてな」

「…あんまり理由になってないよ…それ……まぁいいけど」


 じいちゃんが口ではそういいながらも対して悪びれる様子もなく淡々と謝ると奥の方から黒猫の風空も現れる。どうやら、二人して起きていたみたいだ。しかし普段9時過ぎにはとっくに寝ていたはずだが、今夜はなぜ起きていたのだろう。帰ってくるのを待っていた、なんてのはまず皆無だろうし、素朴な疑問だったが理由に心当たりがなさすぎてつい口をついた。


「ふたりとも、今日はまだ寝てなかったんだね?」


「うんっ。だって今日、おじいちゃんとごはん食べるから」


「あ、あれ?じいちゃん来るってこと伝えてたの?いつの間に…」



 嬉しそうに答える琴鶴。だがそこよりもじいちゃんが来ることを知っていたことに俺は少しだけ驚いた。電話をしているような様子もなかったのに、いつ来るってことを知ったのだろう。



「さ、早く飯にしよう」



その答えを求めるように振り返ったが、じいちゃんはそう軽く頭を叩いただけだったので俺は考えるのをやめて、歩き出したじいちゃんのあとを追い食卓テーブルのあるリビングへと続いた。しかしテーブルの上には料理はない。

(あれ?

 てっきり作ってあるんだと思ったんだけどな琴鶴のやつ…)



「はぁーっ…」



 これから作るらしいと勘づいてからはそれまで待つのかとさらに空腹感が増したような気がして、気の抜けたようにすぐそばのソファーへボスンと身を落として横たわる。

(どれくらいかかるのかなぁ…)

無駄にそんなことを考え、自分のダイブしたソファーに置かれていたクッションを引っ張ってきて顔をうずめていたときだった。


「…っ!!?」


突然うつぶせ寝していた背の上に重みがかかり、一瞬圧迫された呼吸を整えるとすぐさまそれに視線を向けた。


「琴鶴…お前なぁっ」


「えー?どったの千桐ー?」


「どったの?、じゃねーよ!

 お前いきなり飛びの――…っ!!?」


 再び、同じような息苦しさを味あわされた俺の耳にフークののんきな間延びした声が聞こえる。


「あー……ごめん…」


「お前ら窒息させる気か!?」


「だってー千桐が遊んでくれないんだもん!」


「うっ…」


 そう拗ねながらも琴鶴が後ろからシャツの襟元を引っ張って締め上げてくるのだから怒ろうにも怒れない。


「琴鶴……それ…死んじゃうからやめたげて…」


「オッケー」


 その様子を見かねたかフークが珍しく止めに入ってくれて、案外素直に琴鶴も手を離してくれる。おかげで急に手放されて、一度勢いづいたままソファーに沈んだあと、顔を上げる。


「そ、それより琴鶴お前早く飯作ってくれよー。

俺もうお腹すいて死にそ…ん?あれ?台所なんかでなにやってんの、じいちゃん?」


 寝返りを打って仰向けになり、肘掛けの上で肩の力を抜き首をだらりと脱力させた俺の視界に飛び込んできたのは、隣のキッチンで忙しく、手際よく何かをこなしているじいちゃんの姿だった。



「なにって飯作る以外になにをする?」


「え?飯って…作るの?」


「当たり前だろう?」



予想外だ。いったいどこにそんな人物がいるのだろう。しかし俺のそんな驚きとは裏腹にじいちゃんは涼しい顔で短く返した。じいちゃんが腕まくりで、片手に卵持ってて、腰にエプロンに見えるエプロンを掛けているようだけれど、その飯とやらを作るのはいったい…


「……誰が?」


「何が言いたい?」


「だって!!!じいちゃんが!?飯作るって!!天変地異でも起きる!?」


「ほう…どうやら、今日は三人分で済みそうだ」


そういったじいちゃんの手の包丁がやけに怪しく光に反射して怖く見えたが、気のせいかも知れない。

(…三人。じいちゃんと、琴鶴と………俺の分?)


「うん?そうだね?」


「…ふざけた事言ってるとその首でだるま落としするよ…?」


「心の底からごめんなさい」


そのとき俺の首筋でひやりと冷たい鉄の感触が当てられていたの

は言うまでもないだろう。

(ちくしょう…!猫に頭下げるなんて屈辱的すぎる…!)

 しかし、逆らったらどうなるか見えているから下手に逆らえない。まだ死ぬのは御免だ。フークを止められるのは琴鶴しかいないのだけれど…ちらりと顔を上げて見てみると、琴鶴は楽しそうに声を上げてけらけらと笑い転げていた。琴鶴は絶対当てにできないと心の底から悟った。


「おい、できたぞ。千桐、テーブルの上の物全部どけろ」


 そうこうしているうちに夕食も出来上がったらしく、両手に大皿を抱えたじいちゃんがリビングへやって来る。


「ええ~?なんで俺―…」


「どけろ」


「はぁ…、あー…はいはいよー」



 そして料理を覗き見るよりも早く散乱したテーブルの上のものをどけるように言われ、言い返そうともしたがその鋭い目線と一言に丸め込まれ渋々とものを適当な場所に片付け、いよいよ少し遅めの夕食だ。


「「いっただきまーす!」」


声を重ね、手を合わせ勢いよく目の前の食事にありつく琴鶴と俺。そして、それに続くように無言で食べ始めるフークとじいちゃん。

 今晩の夕飯は初めて食べるじいちゃんお手製のパエリアと玉ねぎのフリッター…いわゆる揚げ物なのだけれど…正直、本当に食べられるか怖い。

(思い切って食お…!)

覚悟を決めて目を瞑るとパエリアを一すくいして、口に突っ込む。思わずすぐに、感嘆の声を上げた。


「え…なにこれ!じいちゃん美味くない!?これ」


予想を覆す美味しさに思わずそう口をついたが、じいちゃんには


「ふん、不味いと言ったほうがただじゃおかないからな」


と、軽くあしらわれた。

(せっかく美味いって言ったのに…)

そんな態度に不機嫌になりつつ、また口に運ぶじいちゃんの料理はやっぱり悔しいけれどとても美味しかった。


「…あ。

ところでさ王…どうでもいいんだけど。会議はどうなったの…?」


 その後静まり返って皆黙々と食べ続ける沈黙を、フークの突然の声が断ち切る。


「そういえば!そうだよ、じいちゃん俺も聞きたい!」


「? ……聞きたいって。君も出た会議でしょ…?」


 俺も賛同を示す声を上げると、フークは怪訝そうな顔をして首をかしげた。


「あ。いや、そうなんだけどさ…。んと、なんか俺、途中から…その…寝ちゃってたみたいで…」


「……普通、寝る…?」


「寝ないです、すみません…」



引いたような冷たい視線がとても耐え難い。しかし、こればっかりは正論すぎて反論する意思もない。俺はただただ肩をすくめた。


「…まぁ…いいや。それで…どうだったの…王…?」


「そーそー。結局どーなってんのか俺よくわかんないんだけど」


「そうか…そうだな、すまん。確かに千桐はもちろん、お前も知っておいたほうがいいだろう。だが…」


 そういって軽く咳払いをしたあと、ちらりと隣に視線を横へと向ける。その目線の先を同じように俺たちも追い、三人の視線が小さな目線へと集中する。いつもにも増して不機嫌そうに頬を膨らませている琴鶴だ。


「もー!!千桐たちばっかりずるい!!僕もお話するー!!」


完全に、ご立腹らしい。


「すまん。琴鶴、悪いけど先向こう行っててくれるか?後で来るから」


「うんー??…わかった!」



 じいちゃんの言葉に初め悩む琴鶴だが、すぐに素直に受け入れると向こうへと駆けていく。

(なるほど。確かに琴鶴に話が理解できるわけ無いってことか。…すっかり忘れてたけど)

つまり、ここでいよいよ子守りを任される、守護者の出番ってわけ――…


「…まあ。そういうわけだから、すまんが千桐。向こうで琴鶴の相手しててやってくれ。」


「え!?それおかしくない!?」


「…うるさいな…。早く行きなよ…」


 先ほどと依然変わらぬ態度で、冷たく鋭い目線を送るフークだが今度は先ほどと理由わけが違う。俺も必死に食い下がる。


「いやいや…!一応これ俺ん話だからさ!俺んことだからさ!その話を俺じゃなくてこいつっていうのは――…」


「いいから。お前にはあとで話すさ。交代だ。とにかく相手しとけ!」


「ええー…?」



 煩わしくなったのか、少し語尾が強まったのを感じ取り納得がいかないながらも考え込む。


「ちーぎーりー!!」


向こうから、待ちくたびれた琴鶴の声が飛んでくる。今にも怒り出すか泣き喚くかしそうな声と、怒り出しそうなじいちゃんとの間で思考がうまく回らない。

(~っ…ああもう!!)


「はいはい…わかった、わかったよ!!ちゃんと交代だかんな!」


「ああ」


 やけくそに怒るようにそう指差して、じいちゃんの珍しいかすかな口元の笑みを最後に俺は琴鶴のいる隣の部屋へと向かった。


「……よっぽどのことでも…あった…?」


「ああ。それなりのな」


 千桐が隣の部屋を向かった背中を確かめて、ぽつりとフークが口を開いた。


「………だろうね。

本人に話さない…というか”覚えていない”、ってこと自体ね。…どういうこと…?」


「どういうこと、か…。

お前が琴鶴以外のことを気にかけるなんて珍しいな。」


 表情を変えずに淡々と会話するフークに、王は鼻で笑うように小さく口角を上げた。


「…そういうことなら聞かなくてもいいんだけど…。

僕は琴鶴のそばにいるあいつを少しでも知っておく義務があるだけ…」


「そうか。じゃあ、そうだな。…何から話そうか。聞きたいことでもあるか?」


「それなら、たくさん…と言いたいところだけど…ここはひとつ…」



 立ち上がって窓辺へと寄るフーク。そして王に背を向けたまま言葉を切って、窓を開く。途端に、無抵抗に舞い込む夜風に白いカーテンがふわりと揺れ、膨れる。

 一呼吸小さく息を吸って王に振り返って、こう続けた。
















    「篠月 千桐。

             …王、あいつは何者…?」





少し黙ったあと、「外に出よう」と、静かに外へ歩き出す王にフークは黙ってその背中に続いた。
















「何者って…俺の孫で、王家のヴァンパイアの後継ぎ候補…いや、もうほぼ決まりと言っていいだろう。完全に決まったわけではいないが、向こうの二人よりはマシらしいからな」


「それだけ…?…王、僕が知らないと思ってる…?」


「何を」


「……月眼つきのめ、とか…あとは、そう。あいつの内側の存在…とか…?」


「お前…見てたのか?」


「まさか。"見えた"だけだよ…こんなことばかりに疼くからね…これは」



ほんの、一瞬だった。

もしかするとそれは気のせいだったのかもしれない。

だが、そう言い放ったフークの表情が、王にはどこか深い憎悪を抱いているような、行き場のない悲しみを見つめているような。そんな目に見えたのだった。



「…前から思ってたんだがお前…」


「質問はまだこっちだよ、王。

これ以上隠し通しているつもりなら…僕はいつでもあいつをやるつもりだけど…?」



 少し間を置いて、王は大きくため息をつくときゅっと右の手のひらを固く握り締め、決意を固めるとゆっくり、重々しく口を開く。



「…わかった。やっぱりお前にはすべて話しておくべきなんだろうな」



 そういって、あの夜のことからひとつひとつ、語り始めた。



















(つ、つかれた…)


 遊び疲れてすっかり寝入った琴鶴の隣に、ため息と共に倒れこむ。フローリングの床は冷たくて、少し寒いぐらいでもあったが、かといってソファーや寝室まで立ち上がる気力ももはや微塵もなかった。


「ふぅ…」


 ひとつ、息を吐いてふと戸が開きっぱなしの隣の部屋を見ると、いつの間に出て行ったのやら電気はつけっぱなしのままで、じいちゃんとフークの二人の姿はなかった。

(何処か行くならひと声かけてけばいいのに…つか、俺なんでほんとに寝てたんだろう…?前にもこんなことがあったような…)

 思い出すように。考え込むように。

ゆっくり風の吹き込む部屋の中、俺は目を閉じた。

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