第49話 虚弱聖女と祖国の亡命者
クロラヴィア王国の人間が、ルミテリス王国に?
それも亡命者って、どういうことなの?
まるで私の疑問を読み取ったかのようなタイミングで、レイ様が固い声色で問う。
「クロラヴィア王国だと? ルミテリス王国とクロラヴィア王国は離れていて、行き来は難しいはずだが」
だがレイ様の質問に答えたのは、ルヴィスさんの後ろからこちらに向かってくるシスティーナ様だった。
彼女の足下にはルゥナ様も控えていた。
「わしらと同じじゃ。のう? ルヴィス」
「はい、システィーナ様の仰るとおりです。どうやらラメンテ様とセレスティアル様は、我々が想像する以上に、ルミテリス王国の結界を拡大させていたようです」
とはいえ、両国の行き来が楽にできるほど、結界が拡大したわけではなかったらしい。
辿り着いた人々は皆、満身創痍で、辺境警備の方々が気づかなければ、たくさんの死者が出ただろうとのことだった。
一体何があったのだろう。
満身創痍だなんて、尋常ではない。
同時に、私がルミテリス王国に辿り着くまでに経験した飢えと渇き、そして痛みと灼熱の苦しみを思い出し、体が震えた。
そのとき、ふいに肩が温かくなった。
耳に届いたのは、不安でぐらついている私を支えるような、太く、芯のある声。
「セレスティアル、大丈夫だ」
「レイ、様……」
私の肩を抱き寄せたレイ様を見上げると、赤い瞳と目があった。
彼は、任せろと言わんばかりに力強く頷くと、ラメンテを見た。
レイ様の視線から、彼が何を言いたいのか感じ取ったのだろう。ラメンテの尻尾が大きく揺れると、高らかに咆哮した。
体が大きくなり、背中から巨大な翼が現れる。
守護獣本来の姿に戻ったのだ。
レイ様はラメンテの胴を軽く叩きながら、真っ直ぐに言い放った。
「俺とラメンテで現場へ向かう」
あの行動力があるレイ様らしい発言だった。
今から人を集めて、結界――つまりルミテリス王国の辺境に向かうには時間がかかる。
だけどラメンテに乗って飛んでいけば、あっという間に辿り着くだろう。
ルヴィスさんも同じ予感をしていたみたい。レイ様の提案を聞き、大きく息を吐き出しただけで、驚いた様子は見せなかった。
それどころか、
「どうせそう言うと思っていたから、運んで貰いたい物資をもうまとめている」
とまで言い出したのだ。
流石、幼なじみというしかない。
ルヴィスさんはラメンテの前に進み出ると、膝をつき、深々と頭を下げた。
「守護獣であるあなた様に荷物運びをさせるなど……後でいくらでもお叱りを受けますので、どうか……」
「むしろお礼を言うのは僕の方だよ! 準備をありがとう、ルヴィス。あとは僕に任せて!」
ラメンテが耳をピンッとたてて、自信満々に承諾した。
こういうところが、ラメンテらしくて本当に好きだ。
寛大な返答を聞いたルヴィスさんは、もう一度深く頭を下げると、心からの感謝を口にした。
どうやらルヴィスさんは王都に残って、クロラヴィアの人々を移動させる準備を進めるとのことだった。
そのとき、
「ルヴィス。ここにもう一人、荷物運びに適任がおるぞ?」
システィーナ様が会話に入ってこられた。
口元を扇で隠しつつ、目元を細めながら、ルゥナ様を見る。彼女の視線を感じ取ったルゥナ様が、全身の毛を逆立て威嚇した。
「は、はぁ!? 荷物運びって俺のことか、システィーナ!?」
「お主以外に誰がおる? もちろん、わしも行くがの」
「お前、ほんっっっっとにさぁぁぁ! 守護獣に対して敬意もへったくれもねーのな!? さっきも、白毛玉をセレスティアルの前から撤去しろとか言って、俺を顎で使いやがってよっ!!」
「何を言っておる、ルゥナよ。忙しすぎて、戦力にならないものでも欲しいという言葉があるじゃろ?」
「知らねーよ! 何だよ、その言葉ってやつは!!」
ルゥナ様の怒り声に、システィーナ様は大げさにため息をつくと、艶のある視線を、毛を逆立てたルゥナ様に向けた。
「猫の手も借りたい、という言葉が」
「俺は役に立つし、そもそも猫じゃーねぇからな!?」
ルゥナ様がシャーッと威嚇しているけれど、その姿は猫そのものだ。
恐らく十人いれば十人皆が猫だと答える姿だった。
それに対し、突っ込みを入れようと口を開いたシスティーナ様だったが、レイ様が話し出す方が早かった。口元に笑みを浮かべながら、力強い視線でルゥナ様を見る。
「ありがとう、ルゥナ殿、システィーナ殿。心強い」
素直にお礼を言われたルゥナ様は、恨めしそうにシスティーナ様を睨みつつも、
「ま、まあ、しゃーねーから助けてやるよ」
と協力を申し出てくださった。
憎まれ口を叩き、システィーナ様と言い合っているけれど、ルゥナ様の根底には人間の救済があるのだろう。
守護獣様たちの慈悲深さを感じ、心の奥が熱くなる。
ならば聖女である私も――動かない理由がなかった。
「私も行きます!」
皆の視線が、私へと向けられた。
ラメンテの隣にいたレイ様が、私の前にやってきて、真っ直ぐにこちらを見下ろす。
「危険だ、セレスティアル」
低い声と、まるで私の心の奥底まで見つめているかのような強い眼差しに、圧倒されてしまう。
でも、
「お願いします、レイ様! 私も連れて行ってください!」
私も目を逸らさず、レイ様の視線を受け止める。
もう一押しとばかりに、一歩前に進み出る。
「国の一大事なのに、動かない理由はありません! 私は……ルミテリス王国の聖女です!」
そう口にした瞬間、全身の筋肉が緊張し、背筋が伸びた。
命が尽きるまでこの国を守る責任が、重く私にのしかかったからだ。
だけどそれ以上に、その役目を誇りに思っている自分がいる。
そう。
私は、ルミテリスの聖女――
レイ様は一瞬だけ、瞳を見開き、驚いた表情を見せた。だけどすぐに口元が緩み、大きく頷いた。
「……分かった。一緒に行こう、セレスティアル。どうか俺とラメンテを助けて欲しい」
「はいっ!」
レイ様が差し出した手をとると、私も深く頷いた。
私を信頼してくださったことが、何よりも嬉しかった。
*
クロラヴィア王国の亡命者たちが保護されている村は、酷い有様だった。
真夜中だというのに村の中心部にある広場には火が炊かれ、その周囲にはたくさんの人々が横たわっている。
クロラヴィアからの亡命者を休ませる場所が足りず、怪我人も病人も、一緒くたになって集められていたのだ。
普段なら皆が寝静まっている時間だろう。しかし村人総出で、クロラヴィアの人々の救護に当たっていた。
怪我が軽い人々は、食料と水の配給を受けている。だけどそれらを食べる人々の顔は、どれも暗く沈んでいた。
システィーナ様とルゥナ様の姿はない。
彼女たちは着いて早々、クロラヴィアの人々から事情を聞きに行ったからだ。
私たちが持ってきた物資を運ぶ村人たちを視界の端に捉えながら、隣にいるレイ様に訊ねる。
「一体何があったのでしょうか……?」
「分からない。だが、余程のことがクロラヴィア王国であったようだな」
ルヴィスさんからの報告通り、亡命者は皆、満身創痍だった。
大きな荷物がないのは、荷物をまとめる時間がなかったからか、それとも少しでも早く移動できるためかは、判断はつかない。
どちらにしても、何か予想もしないことが起こったため、命がけで結界の外からやってきたのだろう。
あるかどうかも分からない、ルミテリス王国を目指して――
「ラメンテ。怪我人を癒やしてくれないか?」
「分かった。セレスティアル、力を注いでくれない?」
「ええ、もちろん」
私がラメンテに触れて力を注ぐと、ラメンテはお礼を言って力強く吠えた。
次の瞬間、横になっている人々の上に淡い光が降り注いだ。
突然の不可解な現象に驚いた人々の悲鳴が、
「怪我が……」
「痛みが引いていく! これは一体……」
という驚嘆の声に変わっていく。
苦しそうに横になっていた人々も、ラメンテの力によって、今では穏やかに寝息を立てているのが見えた。
良かった……
ラメンテの頭を撫でて御礼を言うと、私は立ち上がった。
先ほどの絶望的な空気感から一変、希望と安心感が場に満ちているのが肌で感じられる。
そのとき、
「レイ王。亡命者たちを引き連れてきた中心人物とやらを見つけたぞ」
システィーナ様とルゥナ様が、人を連れてこちらに戻ってきた。
ボロボロに汚れたローブを身につけた人だった。頭はフードに覆われているが、目の上ギリギリまで包帯が巻かれていて痛々しい。
杖をついている手には、加齢による深い皺が刻まれ、大きな指輪がはまっていた。
元の色がわからないほど黒く変色している指輪だが、私が言葉を失うのに充分だった。
この指輪は――
「どうした、セレスティアル?」
言葉を失った私に気づいたレイ様が、私の肩を揺らしたとき、システィーナ様たちが連れてきた人物が足を止めた。
「せ、セレスティアル、なのか?」
掠れた息にかろうじて音が乗ったような小さな声だった。
だけど、聞き間違えるわけがない。
命の恩人の、声を――
「ネルロ……様」
私が名を呼ぶと、まるで枝のように細い腕が、深く被っていたフードをとった。
システィーナ様たちが連れてきた亡命者は、突然投獄された、私の育ての親その人だった。




