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年寄りの話が長いとはいつの時代もよく聞く常套句だ。
だが老い先短い身の上なことだし、話くらい聞いてやればいいのではないか……かつては自分も他人事のようにそう考えていたが、実際に自分が拘束されるとその認識を改める必要があると実感した。
「忍耐強い方だと思っていたんだがな……」
待機任務などは苦手ではなかったのだが、単に向いていただけだったのかもしれない。
途中で厩舎に寄って馬車で寝こけていたシャナイアを回収し、宿に着く頃には辺りが暗くなっていた。
良く言えば趣があり、悪く言えばボロい宿だが、寝泊まりするだけならこれで十分だ。ギルドから宿泊費等諸々の経費は出ているが、あまり無造作に使えるほど潤沢ではない。
「あ、ジグさん遅いですよ。どこほっつき歩いてたんですか?」
「呑気なものね。観光に来たわけじゃないのよ」
簀巻きにしたシャナイアを肩に担いで二階の部屋に入ると、待たせていた二人から苦言を頂いた。
少し歩いて来ると言って日が暮れるまで帰ってこないのだから当たり前だが。
「すまん。考えが浅かった」
「あだっ」
これは完全にジグが悪いので平謝りするしかない。
途中から狸寝入りして人に運ばせていたシャナイアを小突いて起こすと、寝台に転がして部屋を見た。二階建てで作りは安価だが広さはあり、四人で泊っても問題ないくらいだ。
見目麗しい女三人と相部屋とは、中々にいい身分と言える。
揃いも揃って外見以上に秀でた戦闘能力がなければの話だが。
「……言っとくけど、私に手ぇ出したら切り落とすわよ?」
「それは残念だ」
柄に手をやりジト目で警告するイサナを適当に流して、窓の外を確認する。
尾けられている気配もなく、こちらの様子を窺っているような不審人物も見当たらない。周囲には別の宿もいくつかあるが、跳び移るには距離がありすぎる。近場に木もないので窓から敵が来る可能性は低そうだ。魔術があるので言い切れないが、使われれば匂いで気づく。
とりあえずの侵入経路を確認すると、まず何から動くべきかをイサナたちと相談する。
「これからどうする?」
「まずは情報を集めないと。私もここの出身ではあるけど随分前のことだし、今のアルクゥラがどうなっているかは良く分からないの」
二十年も経てば人も街も変わる。過去の経験だけを当てにするのはあまり上策とは言えないだろう。
「なら情報収集ですね。任せてください、得意なんです」
むんと拳を握ってシアーシャが立候補する。
やる気があるのは大変結構なのだが……問題が大きくなる気しかしない。
「……まあ待て。余所者がいきなり情報を集めようとしても警戒されるだけだ」
とても適任とは呼べない人選をやんわりと止めてイサナに目配せをする。
彼女も同じことを考えていたのか、シアーシャをまじまじと見つめて難しい顔をしている。
「そうね……シアーシャは外見もそうだけど、そもそも服装がな」
「こっちの服を適当に見繕うか?」
ゆったりとした民族衣装が主であるラクシャナではハリアンの服装はどうやっても目に付く。
耳はどうしようもないが、一見して目立たなければそれでいい。彼女は髪が長いので多少は誤魔化せるだろう。
するとイサナは呆れた顔でこちらを見て、胸鎧をコンコンと叩いた。
「何他人事みたいに言ってるの? あなたもよ」
「……俺もか?」
「面倒くさそうな顔しないの。ただでさえ目立つガタイと顔してるんだから、服くらい合わせないと」
「……外套を脱がなければいいだろう」
「余計目立つわよ! つべこべ言わないで服を変えるよ」
雑な代案を出したら耳を吊り上げて怒られてしまった。
装備を選ぶならともかく、自分の服を選ぶのはどうにも気が進まない。
しかし昼間のことを思い出せばイサナの言う事にも一理ある。少し歩いただけでも感じる視線と、余所者ならば与しやすいと現れるスリ。これでは情報収集どころではない。
ジグは小さく唸ったが、彼女の言い分に反論の余地がないことを認めてため息をついた。
「仕方がない……か。ならばイサナ、選ぶのは任せるぞ」
「なんで私が?」
「こちらの一般的な服装など知らん。見繕ってくれ」
「いいけど……面倒臭くなったわけじゃないわよね?」
「……ぁあ」
適当な生返事をすると腹を柄で突かれた。
二人を他所にシアーシャは自分の服を見下ろして考え込んでいる。
「新しい服ですか……うーん」
「あら、乗り気じゃない?」
微妙な反応にイサナが首を傾げる。全員ではないが、女性は新しい服を選ぶことを好む傾向にある。
「そういう訳じゃないんですけど……これにも愛着があるので」
シアーシャはそう言って服の裾を摘まんだ。
蒼を基調としたワンピースドレスは彼女の瞳と合っており、彼女と言えばこの格好と印象づいている。
「長いこと着てるけど、贈り物?」
「はい。ジグさんに買っていただいたんです」
「へぇ、意外。あなたにもそういう甲斐性あったのね」
にたりと笑ったイサナが流し目を送って来たので、無言で肩を竦めて返しておく。
揶揄っているつもりだろうが、彼女の想像通りジグの発想ではない。女遊びの好きな先輩傭兵が”服を買ってもらって喜ばない女はいない”と酒の席で語っていたのを思い出しただけだ。
「なら、あなたのはジグに買ってもらいましょう」
「おい」
「いいじゃない。ケチケチすると男が廃るわよ」
これこそ必要経費で落とすべき内容だと思うのだが。
そうは思ったものの、シアーシャがどことなく嬉しそうな空気を漂わせているので黙っておく。簀巻きから送られてくるじっとりとした視線を含め、余計な出費が増えそうなことにため息が出そうだ。
「とりあえずご飯にしましょ」
「新しい服~♪」
上機嫌なシアーシャに今更無しとも言えない。
ジグが一人複雑な顔をしていると、イサナが声を潜めて話しかけてくる。顔をこちらに向けず、ジグがかろうじて聞き取れる程度の声量だ。
「……夕食を終えたら面貸しなさい」
「厄介事か?」
「話は後で」
イサナは言葉少なにそれだけ告げると、食事の支度を始めるシアーシャの手伝いに向かった。
夕食を済ませた後、イサナが出て行ってから少し時間を置いて宿を出る。
照らされた軒先から離れて薄暗い裏手へ回ると、先にいたイサナが壁に寄り掛かっていた。
「来たね。行くわよ」
星空を見上げていた彼女はジグに気づくと、やはり用件も言わずについて来いとだけ一方的に口にする。こういう強引なやり方を見ていると、彼女が嫌っているはずの白雷”姫”という言葉がよく似合う。
「行き先くらい言え」
「賭場」
なるほど賭場か。それも口ぶりから察するに違法な類の。
後ろ暗い者たちが集まる場所でなら情報も集まりやすい。シアーシャたちを誘わなかったのは身に纏う空気が特殊過ぎて警戒されることを恐れたのだろう。
「あの二人がいると聞き込みどころじゃないからね」
「それは否定しないがな……ああ見えて聡い。バレた時の言い訳を考えておけよ」
シアーシャは基本的に仲間外れを嫌う。勝手に行動したのが後で発覚したらいたく機嫌を損ねることになる。今回ジグはイサナに付き合わされた側なので、言い訳が立つから気楽だ。
「にしても賭場か。お誂え向きだが、どこで知った?」
「街を歩いている途中で不自然に音の聞こえない建物があった。そこだけぽっかりと音がない。中に人の気配はあるのに、物音ひとつ聞こえない……防音の魔具に違いないわ。怪しいからしばらく様子を窺っていたんだけど、人が来て扉を開けた時に賭け事特有の掛け声が聞こえた」
「……そうか」
舌を巻くほど凄まじい超感覚に相槌を打つことしかできない。
つくづく、耳のいい種族とは厄介なのだなと思わずにはいられなかった。
特に武芸の心得がある者だとその感覚はより鋭くなっているらしく、気配と合わせてかなりの精度を持っているようだ。
彼女たちが憲兵になったら街の悪党はさぞやりにくいことだろう。
話し声が聞こえたら難癖をつけられ、聞こえなかったら怪しまれるなど商売あがったりだ。
「表での情報収集も必要だけど、やっぱりこういうのは後ろ暗い連中を強請るのが一番よね」
「確かに……俺も昔、裏で情報を集めようとしたら誰かさんに邪魔をされたな」
イサナとの初対面を思い出して憎まれ口を叩いて見せる。
もう随分と昔のことに思えるが、彼女との出会いは最悪であった。出会ってすぐ殺し合いから始まり、深手を負いながら辛くも勝利。当時使っていた双刃剣を斬られたりと散々だった。
「い、いいじゃない過ぎたことは!」
「ぬぅ、肩の古傷が痛む……」
「なにが”ぬぅ”よ、全身傷だらけでどれか分からないじゃない!」
あの時彼女がギルドカードを身に着けていなかったら、あるいは別の分かりにくい場所に持っていたのなら……彼女はもうこの世にはいなかった。ここでこうして共に仕事をしていることもなかった。
もっとも、ジグの人生はそんなことの繰り返しなのだが。




