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ラクシャナで最も大きな部族、アルクゥラ。
山岳地帯でも比較的平坦で開けた地形にあるアルクゥラは玄関口であるラーマよりも大きく、集落というよりも街に近い規模だ。
建築様式も一応はラーマなどと似通っているのだが、それらと比べるとなんと言うか……くどく感じる建物が多いのは何故だろうか。妙に色合いがうるさく、見ていて疲れるような気がする。
「なんか色が多くて目が疲れます……」
「見ない間に下品な家が増えたわね」
同じ感想を抱いたのはジグだけではないようだ。
森育ちの長かったシアーシャは色の多さに目を白黒させている。ハリアンも栄えている方ではあるが、雑多ながらもある種の調和が取れているのだなと感じる。
出身者であるイサナは変わってしまった故郷の街並みを嫌そうに見ていた。もはや彼女にとって過去の場所であるはずだが、それでも思うところはあるのかもしれない。
「うへぇ……」
シャナイアに至っては一目見ただけで馬車に引っ込んでしまった。長いことスラムの暗がりで生活を送ってきた彼女のお気には召さなかったようだ。
「成金趣味というやつか」
「悪趣味って言うのよ。それは置いといて、まずは適当に宿を探しましょう」
「そっちは任せる」
「任せるって、ジグさんは?」
馬車から降りたジグは方角を確認すると、門兵に金を握らせて聞いた宿の方とは別方向へ足を向ける。
「俺は少し歩く。凡その地形を確認しておきたい」
「どうやって合流するのよ。連絡手段もないのに」
「ちっちっち……あるんですよ、それが!」
舌を鳴らしてやたらと芝居がかった仕草でシアーシャが否定する。彼女はここ最近、休暇中に二人で見に行った演劇に影響されていた。
「じゃじゃーん!!」
効果音まで付けて取り出したのは大きめの犬笛のような魔具だ。
ただの金属ではなく特殊な鉱石を使っているのか、独特な色味を持ったそれは”共鳴管”と呼ばれる魔具だ。固有魔力波を持つ鉱石により、対として作られた魔具と離れた場所での声のやり取りを可能とする。
中々お目に掛かれない逸品にイサナが目を丸くする。
「それって共鳴管? 随分高価な魔具持ってるじゃない。……というか、あなたの等級で買えたっけ?」
「え」
予想していなかった指摘に自慢の品を見せびらかして鼻高々なシアーシャが固まる。
魔具とは金さえあれば何でも買える、という訳ではない。
知識のない者や信頼のない者が高度な魔術書へ手を出せないのと同様に、魔具にも必要な等級や立場がある。
一般人が攻撃用の魔具を気軽に買えてしまえば、ご近所喧嘩で攻撃魔術が飛び交うことになる。
防音の魔具なども怪しい商談や犯罪に使用されないよう、信用のある商人や役人などでなければ購入ができない。またこうした魔具の取引は記録されるようになっている。
当然、制限こそあれど離れた場所と会話できる魔具などそうそう手に入るものではない。
二等級であるイサナが珍しいと感じるくらいには貴重品だったようだ。
「こ、これは貰い物です。もう必要なさそうな方から譲って頂きました」
とっておきの魔具を自慢するのに意識が向いていて、資格のことを失念していたシアーシャが声をどもらせて誤魔化すが……無論、譲渡も禁じられている。
「……」
話の流れからなんとなく事情を察したイサナがじっとりとした目をジグへ向けてくる。
”失敬な”と言いたいところだが、当たりだ。
これは以前、ストリゴで澄人教から差し向けられた僧兵が使用していた品である。
彼らは祖先の技術で生み出された化け物を捕獲するために、強大な魔術を扱える魔女二人に目を付けた。目の付け所は良かったのだが、逆に危険生物から目を付けられた彼らはあえなく殉教することとなった。つまり彼らの遺品である。
世間的な立場や信頼がなければ入手できない魔具を澄人教が持っていることに不満はあれど、不思議はない。世間的な立場とは必ずしも善性に寄っているとは限らないものだ。
「心配するな。持ち主から苦情が入ることはない」
「あぁそう……私、何も知らない」
「賢明だ」
イサナもジグたちと接するのに大分慣れてきた。ジグの口の堅さと、何でも知ることが決していい結果になるとは限らないことを。
耳を伏せて”聞いていません”アピールをするイサナへにやりと笑いかけ、ジグは一人街へ繰り出した。
「アルクゥラか。賑やかな場所だが……」
見知らぬ場所を歩くジグは言葉を切って視線だけを周囲へ走らせる。
(聞き耳を立てられているのだろうな)
大柄な体と珍しい武器に加え、ハリアンでは目立たなかった服装もここでは浮いている。
部族間での争いが多いラクシャナで余所者が警戒されるのはごく自然のことであり、彼らに非があるわけではない。
しかし街全体に漂うこの何とも言えない空気感は一体何だろうか。
一触即発という訳でもないのだが、何とも言えぬ重い煙のような雰囲気とでも言えばいいのか。
「殺気立つ……というのも少し違うな」
なんとなく覚えはあるのだが、どんな国で遭遇したのか上手く思い出せない。
いち傭兵である自分の役割は戦うことなのだからと、国の情勢把握などを他人任せにしていたツケがきた。ライエルにもよく注意されていたというのに、最後まで直らなかったジグの悪癖である。
「しかし……」
(独り言も満足に出来ぬとは、随分窮屈な街だ)
住民のほとんどが聴力に優れているため、小さな悪態すら迂闊には吐けない。
自分の言葉を細かに配慮しなければならないのはなんと面倒なことか。耳と記憶力のいい奴は嫌われると誰かが言っていたが、その気持ちが少し分かったような気がする。
「結構入り組んでいるな」
街を歩いていると似たような風景が多く、自分がどの辺りにいるのかを見失いそうになる。
権力者の住処かなにかの施設だろうか。遠くに大きな建物があるので目印にする。
風体の怪しい小柄な男が露骨にぶつかろうとするのを躱し、避けたところで懐の財布へ手を伸ばす特徴のない男へ静かに肘を入れておく。悶絶して蹲る男へ周囲の視線が集まる中、素知らぬ顔でその場を去る。
「聞いていたよりは盗人も穏便だな。流石は一番栄えている部族といったところか」
いつの間にか手にしていた男の財布を上下にもてあそびながら、治安の良さを称賛する。
ただのスリくらいならばハリアンでも十分にありうる。いきなり刃物を抜かないだけでも大分真っ当だ。血の気が多い部族という話だが、ストリゴと比べれば随分マシだ。
それにしてもいきなり来るとは、思っていたよりも耳目を引いていたようだ。地形を覚えるためにきょろきょろしていたのも良くなかったかもしれない。お上りさんと思われたか。
「近場の地形は凡そ把握できたし、そろそろ戻るか。シアーシャは……向こうか?」
持ち主が追いかけてきても面倒なので、ジグは大通りから外れた路地へ。
人の視線が外れた場所で意識を集中すると、ほんのわずかに首筋がざわつくような感覚を感じ取った方へ足を向けた。
イサナにはああ言ったものの、ジグでは腕炉などの魔力蓄積型でない共鳴管は使用できない。シアーシャの声を届けることは出来るが、一方通行になってしまう。
だが別に連絡手段などなくとも合流は難しくない。
魔女のいる場所なら離れていても大体の方角は分かる。人が多い場所でも……いや、人が多い場所だからこそ彼女たちの異質な存在感はより際立つ。
方角さえ分かれば合流はなんとかなる。決まったら宿の名を教えてくれとシアーシャに伝えてあるので、適当に近づいておけばいい。
「向こうに行きたいんだが……面倒だな」
ジグは人が見ていないのをいいことに塀を飛び越え、住宅の隙間を縫って直線距離で向かう。こういう道を知っておくのも仕事に役立つと内心で言い訳しながら。
だが急がば回れ。横着こそ一番の遠回り。
壁を蹴って幾度か飛び越えた先で一人の住民と鉢合わせてしまった。
「おんや、どなたですかぁ?」
近くに稽古場でもあるのだろうか。
威勢のいい掛け声の響く中、杖をついた老人としっかり目が合ってしまった。しわがれた老人は生気もなければ気配も薄いらしく、気づくのが遅れてしまった。
「む……私有地か。失礼した、道に迷ってしまってな。」
自分でも苦しい言い訳をしていることを自覚しつつも、素直に謝るしかない。
下手に騒がれて盗人扱いされては困る。普段苦言を呈しているイサナやシャナイアになんと言われるか。
「はぁ、最近は腰がいたーていたーて、しょうがないですよぉ」
「……ご老人?」
幸い老人は騒ぎ立てずにいてくれたのだが……少し様子がおかしい。
ぷるぷると震える手で杖をついて歩き、よぼよぼと近づいてジグへ話しかけてくる。
「お若いのはえぇんなぁ……身軽ですたい、わっしの若い頃思い出すわい!」
「……ああ、どうも?」
「そげなことより! なーして近頃の若いのはいかん!? おのれぇ知りもせんで、でかぁ見せる事ばっかたい!!」
「……うむ、そうだな?」
話を合わせて曖昧に返答するのだが、老人はどうにも話が怪しい。
決めつけるのは失礼かもしれないのだが、ボケているのかもしれない。
「失礼、ご老人。俺はこの辺で……」
「あぇ? ……もっしや、モノとりですか!?」
「い、いやっ、断じて……」
「ほんまかぁ……? なぁら、わしの話からにげんと。トシよりの話ば聞いていがなされ!」
面倒なことになってしまった。
どうにも完全にボケているのとは違い、こちらが弱いのを利用するぐらいの知恵は残っている。ただ単に誰でもいいから話がしたくてたまらないようだ。
「くっ……」
無視して盗人が出たと騒がれたら困るし、さりとてこちらに非がある上に老人を黙らせるのは流石のジグでも忍びない。
自業自得と諦めたジグはとりとめのない老人の話を聞き、日が暮れて老人が空腹を訴え始めるまで付き合う羽目になったのであった。




