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ラーマからあてがわれた部屋は広く、中々良い部屋だった。
当然のように男一人と女二人を同じ部屋に押し込まれたことに言いたいことがない訳でもないが、ではこの二人を誰と同じ部屋にすれば問題が起きないかと問われれば何も言い返せない。シアーシャだけならばともかく、シャナイアは未だ人間という存在を下に見ているので諍いを起こす心配がある。
それに普段の言動で忘れがちだが、二人は魔性と呼んで差し支えない容姿をしている。若い男連中に二人の美貌は毒だ。
何とも言えぬ気分で荷物を下ろしていると、窓の外から何やら騒ぎが聞こえてきた。悲鳴などの緊急性が高いものではなさそうだが、さっきの今だから気になってしまう。
「なにか起きたんでしょうか?」
「まさか、もう魔獣が来たのではあるまいな……」
ジグは嫌な予感を振り払い、恐る恐る窓の外へ顔を出す。
屋敷の外には武装した一団がいるだけで、予想に反して魔獣などが現れた様子はなかった。
「……どこかの兵か?」
身なりから当たりをつけて様子を窺う。
武装しているといっても住民に対して剣を抜くような行動には出ていない。恐らくは魔獣の被害を聞きつけて近隣の集落から応援に来たのだろう。
しばらくするとクホウが現れ、代表者と何やら話している。
「一応、他の集落が襲われたら助けるくらいはするんだねぇ? もっと殺伐とした部族だと思ってたけど」
荷物が少なく暇そうなシャナイアがこぼすと、ジグの下から首を出して覗き込む。顎先をもっさりした長髪がくすぐって鬱陶しい。
皮肉気な物言いだが同意見だ。魔獣で弱ったところへ勝負を仕掛けるくらいはするかと思っていたが、流石にそこまで悪辣ではなかったらしい。
「あれじゃないですか、いち早く駆けつけて恩を売りつけるんですよ。私もよく死にそうな冒険者を助けて貸し作ってます」
「うわ。お前、大分人間社会に毒されてるねぇ……あーやだやだ、天下の魔女様が打算込みとはいえ人助けなんて」
「あなたが思うほど私たちって強くないんですよー」
顔を顰めて嫌悪を示すシャナイアへ、涼しい顔で荷物を整理しながらシアーシャが返している。
遠目だが、確かに兵たちの間に目論見が上手くいかなかったことに対する不満と戸惑いが見て取れる。死骸の数や大きさから見てもそう簡単に対処できる魔獣ではない。
「あの数と練度の兵を即時動かせるとはな……少し、侮っていたかもしれん」
数多くの兵を見てきたジグから見ても彼らは統制が取れている。物腰から見ても場数を踏んだ精鋭なのは間違いない。ジィンスゥ・ヤの古巣だけあって戦いに秀でた一族のようだ。
ジグは単眼鏡を取り出すと、拡大してもう一度彼らの装備をよく確認する。
「……随分と良い装備だな」
兵たちはイサナや門番のような軽装ではなく、頑丈そうな鎧を着こんでいる。魔力込みでなら魔獣の攻撃にも耐えうる十分な装備だ。武器も肉厚で、対人ではなく魔獣用の物を用意している。
どちらもハリアンではあまり見ない独特な意匠だが、やはり良い物とは場所が変わっても訴えかけてくる何かがある。練度の高い兵と十分な装備を持ったあの一団であれば、霧の魔獣とも戦えるだろう。
「それにしても耳が早い」
「やっぱり長いだけありますね」
「……かもな」
ジグは目を細めて代表者と話すクホウを一瞥すると、準備を整えて部屋を出た。
荷物を下ろした後、クホウの側から食事を振舞いたいと申し出があったため一堂に会していた。
ハリアンから持ち込んだのは保存食ばかりだ。有事の際を考えると消費を抑え、なるべく現地での食事を優先する必要がある。こちらとしても彼から話を聞きたかったこともあり、断る理由はなかった。
広い食堂のテーブルに所狭しと並べられた料理が香しい匂いを漂わせている。
「我に遠慮せず、好きに食べられるとよい。闘う者とは健啖であらねばな」
「お心遣いありがとうございます」
アオイが丁寧に礼をするのを他所に、ジグたちと冒険者は遠慮なく食事にありついた。
馬車移動の間は保存食など簡易な食事が多かったので、手間の掛かった料理はそれだけでありがたい。
材料の関係か部族の違いか、ジィンスゥ・ヤで食べた料理よりも少し味付けと香辛料が強い。
山間部などの村は冷涼な気候と厳しい自然環境に対応するため、濃い味付けと熱量の多い食事が一般的だ。
仕事柄異なる食文化に慣れているジグや、細かいことを気にしては生きていけない冒険者たちは慣れない味でも気にせず次々手を伸ばす。複数の大皿に盛られた料理は過剰かとも思われたが、見る間に嵩を減らしていった。
やはりと言うべきか、一番食べるのが速いのはジグだった。
もちもちした食感の皮で肉や野菜を包んだ料理を食べ、謎の挽肉の包み揚げや、何で作ったのかよく分からない濁った色のスープを飲み干していく。
「むぐ……これはなんだ?」
「ん?」
中でも特に美味かった料理が気になったのでイサナに尋ねてみる。
彼女は鶏肉らしき揚げ物を食いちぎりながら目をやると、身を少し引いて嫌そうに教えてくれた。
「……豚の脳みそ」
「「!?」」
衝撃的な内容に他の冒険者たちが固まる。
それまで美味そうに料理を食っていた冒険者たちが躊躇い、無言で目配せし合う。多少のゲテモノ程度なら気にしない冒険者も脳みそには抵抗があったようだ。
「ほう、美味いな」
「ああ、美味いな」
だがジグに加え、ベイツとグロウは気にした様子もなく手を動かし続け、器を空にするとお代わりを要求した。
「ジグはともかく、あんたらも平気なの……?」
ゲテモノ嫌いなイサナは不快害虫を見つけてしまったかのような視線を向けてくる。
以前ジィンスゥ・ヤで芋虫の素揚げを出されても平気な顔で平らげていたジグはともかく、ベイツたちはジィンスゥ・ヤの食文化に馴染みはないはずだ。
「んだよ、美味けりゃ何でもいいだろ」
「見た目と情報に、踊らされるようでは……大きくなれん、ぞ」
しかしそこは年の功、年季が違うという事か。
冒険者としてだけでなく人生の先輩たる彼らは、異なる文化でもそういうものとして受け入れるだけの器があった。
「……行儀が悪く、申し訳ありません」
「よい。大した食べっぷりだ。豪傑とは斯くあらねばな」
次々食事を平らげながら歓談する冒険者たちを他所に、クホウとアオイが言葉を交わしていた。
彼女もまさか本当に単なる食事だけで呼ばれたとは思っていない。
ラーマ側からの探り、ないしは要求があるからこそ、こうして話し合える場が設けられたと認識している。
聴覚が他より長けた彼らは内緒話の際、身内であえてこうした雑然とした場を作ることで盗み聞きを防ぐとイサナから忠告を受けていた。
「ほっほ。才ある若者から熟達の巧者まで、よく取り揃えておるの?」
脳みその件を聞いていたクホウが喉を鳴らして笑った。
振舞われた食事をゲテモノ扱いして怒りを買わないか心配していたが、そこまで小さい男でもないようだ。あるいはラクシャナ出身のイサナを見るに、反応を見るためあえてゲテモノを用意したのかもしれないが。
「柔軟かつ堅実に対応するためです」
内心の不安を表に出さず、涼しい顔で食事をするアオイ。無論、豚の脳みそには手を付けない。
笑みを浮かべていたクホウは扇子で口元を隠すと、表情はそのままに声音だけを変えた。
「同胞から聞いておるのだろう? ここで盗み聞きはない、腹を割って話そうぞ」
「……」
どうやらここからが本題のようだ。
声音だけで切り替えたクホウと、同じく視線の動きだけでそれに応えたアオイたちの空気が変わる。
「そなたらが戦ったあの魔獣……我らは”霧食みの馴鹿”と名付けたのじゃが」
「名付けたということは、アレは目撃されたのは最近のことですか?」
「ほっ、目ざといな。そうよ、あんな魔獣は見たことがない」
この地の権力者が知らない魔獣が、突然群れを成して現れる……そんなことが起こり得るのだろうか。
冒険者ギルドの受付嬢として長いアオイの記憶にそんな前例はほとんどない。大抵は既知の魔獣であり、依頼主が知らないだけということはあるが……ギルドの資料にもあの魔獣は記録になかった。
あの魔獣自体が特別おかしいという訳ではない。霧を利用して姿を消すくらい、魔獣であれば持っていても不思議はない能力だ。攻撃方法も爪を使った原始的なもので、ストリゴで現れたという異形の魔獣とは一致しない。
「アレだけではない。他にも見たことのない魔獣が突然現れ、他の集落を襲ったという報告が多数来ておる」
「馬鹿な。そんなことは」
「うむ、あり得ない。だが実際に起きておる以上、対処せんわけにもいかなくてのう」
クホウは茶を啜り、困り顔で息をついた。
一瞬だけ見せたその顔は本当に疲れ切ったもので、初めて彼の本心が見えたと感じた。
「だが我らは迂闊に力を割くわけにはいかん。……その理由は知っておるかの?」
「他の集落に隙を突かれる」
「然り。原因を調べようにも、我らの風習が邪魔をしてそうもいかん」
異常発生した魔獣の調査に労力を注げば、他の部族に挑まれた際に後れを取ってしまう。
どの集落も同じ考えだからこそ、ここまで原因の調査が遅れているのかもしれない。
アオイがその考えに至ったと見るや、クホウは畳みかけるように言葉を重ねた。
「そこで、じゃ。おぬしらには突如現れた奇怪な魔獣と、それにまつわる異常を調べて欲しい」




