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こちらの被害確認はすぐ終わったが、集落の方はそうもいかない。
門番を殺され、間近に迫った魔獣に命の危険を感じた住民たちは蜂の巣をつついたような騒ぎをしている。
この様子では中に入れるのはいつになるやらと考えていると、イサナがピクリと耳を動かして顔を上げる。
「ようやくお出ましのようね」
彼女の視線の先、集落の方から誰かがやって来た。
他と比べて色や装飾の付いた服を着て、複数の剣士に護られているところを見るに、集落の重要人物だろうか。彼らは住民に落ち着くよう諭した後、こちらに向かって歩を進めた。
「やっと話が先に進みそうだな」
「さて、どうかしらね……」
上の人物が出て来たならば救援の話が通っていない問題も解決するかと思ったが、イサナは胡散臭いものを見る目をしている。
こういった経験にも覚えがある。
とんでもない統治者の場合、面子を気にして被害を余所者に押し付けて縄に掛ける……なんてこともないとは言い切れない。
ジグは表情一つ変えずに退路を確認し、周囲を固める護衛の力量を測った。
有力者の護衛だけあって腕はいいが、あくまでも一般的な範疇での話に過ぎない。高位冒険者やジィンスゥ・ヤの達人にはとても及ばないため、突破は容易だ。
「……やるか?」
「やらない。一応は感謝するつもりみたいよ?」
”だから武器を仕舞え”と促すイサナに従い、双刃剣を背に納める。
本当の意味で警戒を解いた訳ではない。単純にあれぐらいの腕前であれば武器なしでも即座に対応できると判断したからだ。イサナもそう考えたからこそ、刀から手をどけたのだろう。
「その方、何者か」
代表者だろうか。狐を思わせる細面の男が誰何する。
高圧的な物言いと仕草は自然で、彼が生まれながらにして立場のある人間であることが窺える。
「おう」
「うむ」
ベイツの目配せに応じて前に出ると、アオイの脇を二人で固めた。
こういうのは最初が肝心だ。
向こう側が部下を引き連れて交渉の場に来たのならば、こちら側もそれに応えなければならない。
見た目より中身が大事というのは重々承知しているが、やはりイサナのような美女よりも厳つい大男の方が相手に与える印象は大きい。特に人相が悪く、魔獣の返り血で汚れた二人であればなおさらだ。
グロウは黙っていても人の良さが出てしまう。冒険者ではないが、ここはジグが適任だ。
高圧的に取り囲む護衛たちへ二人の大男が睨みをとばす。
アオイも意図を察して前に出ると、堂々たる態度で胸を張って名乗った。
「私たちはハリアンから派遣された冒険者ギルドの救援隊です。ラクシャナからの救援要請に応じ、参上いたしました」
「はて。我は何も聞いておらぬが……」
「ラクシャナからの正式な書状を頂いております。再度、お確かめ下さい」
言葉こそ丁寧だが、言っていることは”お前たちが助けてというから来てやった。聞いていないのか?”という内容だ。
総髪に細面の男は扇子で口元を隠して眉を顰めると、側近らしき男に声を掛けている。
普通なら聞こえない距離だが、彼らの長耳をすれば容易に聞こえる距離だ。
「やはり記憶にないのう」
しばし間があった後に返答があったが、結果は変わらなかった。
書状は正式なもので、ラクシャナの名家が押した印も確認できたと聞いているが……どうしたものか。
怪しくなってきた雲行きに向こうの護衛が警戒を増しているのを感じる。
武器は抜かずに睨みつけるだけでベイツが彼らを牽制しているが、どれだけ持つか。
「……まあ、よい」
先に口を開いたのはやはり細面の男だった。
彼は剣呑さを増す護衛たちを手で宥めると、扇子を閉じて礼を述べた。
「聞いたぞ、民と畑を護ってくれたとな。良き働きじゃった……この者らに休める場所と食事を用意せよ」
「お待ちください! こんな氏素性の知れぬ者ども、を……」
細面の男が出す指示に側近が異を唱えた。
しかし目も向けずに鼻先へ扇子を突きつけられたことで、側近の言葉は尻すぼみになっていく。
「この者らがどこの馬の骨だろうと、救われた民がいることは変わらん。違うか?」
「……いえ」
「ならばそれに報いるのが道理。それに万が一、こ奴らが悪計を巡らせるような不届き者ならば……誅するのは誰の仕事かのう?」
「はッ! 我らが必ずや、御身を御護りいたします!」
頭を下げる側近へ頷く男。
「よきにはからえ」
「……ハッ、茶番ね」
腕を組んだイサナが小声で吐き捨てた。言葉にはしないが、ジグたちも同意だ。
統治者としての度量を見せながらも、”お前たちのことはしっかり見ているぞ”という警告をするための小芝居をしていたわけだ。まさしく茶番と呼ぶに相応しい。
「さて、お客人」
こちらの内心を知ってか知らずか、細面の男は慇懃に礼をしてみせた。
腹の底を見せぬ笑みが一層胡散臭さを増しているが、意図してやっているのだろう。それが彼の役目のようだ。
「ようこそラクシャナの玄関口、”ラーマ”へ。歓迎するぞ」
魔獣を撃退したジグたちは客人として扱われるらしい。
クホウと名乗った細面の男の指示で冒険者たち一行は集落上方にある建物へ通された。一応は歓迎するという言葉通り、相応の待遇のようだ。
「ふむ……確かにこれはタギリ家の印。間違いないようじゃな」
書状を検めたクホウは扇子で口元を隠してそう言った。
タギリ家というのがハリアンに救援を出した名家のことだろう。どの程度の名門かは不明だが、一目見てすぐ分かるくらいには有名なのは幸運だった。
「それで、おぬしらは救援に応えて馳せ参じたと?」
「私たちは魔獣の専門家です。ラクシャナでの勢力争いに関わるつもりはありませんが、魔獣の被害とあらば見過ごす訳ことはできません」
アオイが答えると、クホウは狐じみた細い目を更に吊り上げて哄笑した。
「ほっ! それだけ聞けば大した高潔さじゃの。腹のうちに何を隠しているやら……と言いたいところだが」
クホウは扇子を閉じて真剣な顔つきになると、ジグたち余所者を睥睨した。その眼からは戦いに携わらないながらも、一部族をまとめ上げるに相応しい覇気を感じられた。
「ストリゴ……あの汚物と呼ぶのも烏滸がましい街の一件は聞いておる。大した見返りもないのに、随分な貸しを作ったようじゃの?」
「慈善団体ではありませんので、当然見返りは求めます。そこは誤解なきよう」
何を企んでいるのか見透かそうと目を向けるクホウへ、しかしアオイは淡々と事実を告げるだけ。
「助けた恩も込みで、公正な取引をするだけです。もしそれが守られぬ場合、我らは命を懸けて危険に挑む冒険者たちからの信頼を失うでしょう」
ギルドが他所へ対して悪辣な取引をしたならば、それはいつか必ず報いとして返って来る。冒険者たちはいずれその悪辣さが自分たちに向けられないか恐れ、ギルドから離れていくだろう。
商売で足元を見るのが悪いと言っているのではない。ただ吸い尽くして殺してしまうよりも、自由にさせて実った部分から少しだけ分けてくれればいいのだ。
「……」
クホウとアオイは無言で視線を交わし合う。
権力者特有の、心の奥底まで見透かすような視線。
しかしアオイの無表情が崩れることはなかった。
常日頃冒険者と……その気になれば自分などいとも簡単に捻り殺せる者たちと接し、やり手かつ嫌らしい上司との日々と比べれば、田舎の権力者程度相手にならない。
「なるほど……の。あれほどの武芸者たちを従える者の言葉じゃ、信用に値する」
揺るがぬアオイに、クホウはふっと小さく笑って肩の力を抜いた。
背後の冒険者たちを一瞥した目がイサナで一瞬止まる。同族の耳に何を思ったのかは不明だ。彼はすぐ何事もなかったかのように、ゆるりとした仕草で軽く礼をする。
「ハリアンギルド、並びに冒険者。おぬしらの助力に感謝を」




