299
故郷を追い出される。
言葉にすると随分簡単に聞こえるが、一民族を丸ごと追い出すというのはただ事ではない。
ジグの居た大陸では敗戦国の民は植民地化され搾取され続けることはよくあったが、それでも国民全てを追放ないし虐殺などはされなかった。普通の感覚であれば現地民を安く使い倒して利益を出すよう立ち回るのが合理的だ。
不合理な行動の裏には単純な利益とは別の何かが働いている……そう考えるべきだろう。
「「……」」
突然重い身の上話が始まったことでワダツミの男二人は気まずそうに口を閉ざしてしまった。
遠い目をしてしまったイサナを横目に、ベイツが必死に何とかしろと視線で訴えている。豪快な顔つきに見えて気にしいな男だ。
無視してもいいのだが暑苦しい男たちにじっと見られるのもいい気分ではない。仕方がないので話の先を促してやる。
「しかし故郷丸ごと賭けるとは、あのご老体も見かけによらず無謀だな」
追い出されるどころか故郷を焼かれたジグにとっては気を遣うほどの話でもない。
不幸自慢をする気はないが、無いなら無いで人間どうとでもなると経験で知っているが故に。そしてイサナが過去をいつまでも引きずるほど弱い人間であれば、今の彼女にはなっていない。勝手に腫物扱いするのは彼女への侮辱だ。
「私知ってます。賭けは手を出しちゃいけないお金に手を出し始めてからが本番だって」
それは故郷という感覚のないシアーシャも同じだ。
昔居た場所ではなく、今いる場所こそが肝要なのだと彼女はもう理解している。
「……ま、あなたたちはそうよね」
普段と変わらぬ二人の反応にイサナが静かに微笑んだ。
調子を取り戻した彼女は行儀悪く足を組むと、ベイツの方に靴底を向けて豪快に座りなおした。
「なわけないでしょ、当時の族長は別人。その騒動で死んだから、遠縁で一番の武人だった叔父様が引き継いだの」
高齢らしからぬ柔軟さを持った彼らしくないとは思っていたが、別人だったようだ。
考えてみれば二十年も前なら代替わりくらい起きているのが普通か。
当時の族長とやらはあまりいい人物ではなかったらしい。いつも彼女が族長という言葉を口にするたびに感じていた敬意というものが欠けていた。
「話が逸れたわね」
ラクシャナの情報ではなく自分たちの話になっていることに気づいたイサナが話を戻す。
謎の多いジィンスゥ・ヤの話につい聞き入ってしまったが、今回の依頼はラクシャナの事情に深入りすることではない。
「私たちの本当の目的―――先祖の遺産とやらが隠されている場所なんだけど……正直、それらしい場所には心当たりがないのよね」
「魔術的に意味がありそうな場所とかはないですかねっ!?」
石を踏んだ馬車ががたりと揺れ、シアーシャの体と語尾が跳ねた。
揺れた拍子に内頬を噛んだのか涙ぐんで押さえながら悶絶しており、ジグの裾を引っ張っている。
馬車に慣れている冒険者連中はよくあることだと苦笑いしていた。
「大規模な研究ができそうな建物は見た覚えがないかな……広い場所って大抵が武道場だったりお偉いさんの邸宅だったりするから」
確かに話に聞くだけでもあまり魔術的な研究が進歩している場所ではない。
もし見つけても価値が理解できずに放置されるか、廃棄される可能性もある。
「でも澄人教が動いたってことは何かしらの裏付けがあるってことでしょぉおっ!?」
シャナイアの言葉途中でまた揺れた。
こっちは舌を噛んだらしく口を押えてやはり悶絶している。なぜか空いた手でジグの膝をばしばしと叩き、涙目で痛みを訴えている。
ジグに痛いと主張されてもできることは何もないのだが。
「結構揺れるな。この馬車安物か?」
「いや、カークが手配した、板バネ仕様の高級品のはず、だ」
「それだけ悪路になってきたんだろう」
がたがたと揺れ始めた馬車から顔を出して道を確認する。どうやら主要な街道を外れたせいで道が悪くなってきたようだ。
商人など人の往来が少ない道は自然と放置され荒れていくもの。ラクシャナと交流がいかに薄いかがよく分かる整備具合だ。
「「……」」
痛い思いをした二人は口を閉ざしてしまった。
彼女たちは同時にジグの外套を引っ張ると、緩衝材がわりに尻に敷いてしまった。ジグの長身に合わせた外套は丈も長いので二人分くらいなら問題ない大きさなのだが……いまいち釈然としない。
それはそれとして、だ。
「ところでシアーシャ。さっきの賭けは手を出してはいけない金が云々というの……誰に聞いた?」
聞き捨てならない台詞を蒸し返す。ジグとて傭兵、賭け事が悪とまで言うほど細かい性格ではないが……身を滅ぼしかねない思想を雇い主に植えつけられるのは阻止せねばならない。
不穏な気配を感じ取った彼女はプイッと横を向いてしまった。
「……な、内緒です」
「そう誤魔化せと教えたのは?」
黙るのは想定内。即座にジグはずいと詰め寄り問いただす。
「んー…………」
「……ほう?」
つぅと泳いだシアーシャの視線の先を辿る。
馬車から風景を見ていた悪影響の元凶がそれに気づいて顔色を変える。
「あっ、やべ! い、いや、この前はちょおっと酒に酔っててよ!」
「―――ベイツ、後で少し……いや今。共に鍛錬でもどうだ?」
ジグがずいと無表情のままにじり寄る圧にベイツが引くが、狭い馬車に大男が逃げられる場所などない。
「いやぁ、それはちょっと……そう、俺らちょっと忙しくてよ! なぁグロウ!」
「お前、最近弛んでる。少しばかり、駆け出しの頃を思い出すのも……いいだろう」
自分以上の大男に詰められる経験のない彼がたじろぎながら相方に助けを求めるが、自業自得と見捨てられる。
薄情な相方に言い募ろうとするも、その肩をがっしりとした手が掴んだ。
「案ずるな、難しいことは何もない……ただ完全装備で馬車と並走するだけだ」
肩を掴むジグは真顔のままだ。
声音には一点の冗談もなく、本気でやらせるつもりであることを感じ取ったベイツが息を呑んだ。
「ま、まじ……?」
「無論―――マジだ」
「おわっ! 結構揺れるな……尻いてぇ」
「言ったでしょライル、何か敷く物あった方がいいって。ホラ、これ使って」
「ライルはいつも話を聞かない。マルトもあまり甘やかさないで」
目を閉じていたアランが仲間の声に瞼を開く。
強くなり始めた揺れが普段とは違う場所に向かっていることを実感させてくれる。
「アラン、起きた?」
「目を閉じていただけさ」
弓使いであるリスティへ伝えながらアランが前髪を払った。
妹と同じ燃えるような赤髪が炎のように揺らめいた。
「しっかし大将、なんだって急に遠征受ける気になったんだ?」
盾剣士であるライルは魔術師のマルトから受け取った麻布を尻に敷きながら尋ねる。
冒険者業は危険が付き物だが、こういった何が起こるかすら不明な依頼はこれまで避けてきた。無茶と無謀を履き違えない、基本に忠実な選択。
だからこそギルドから打診された際にアランが前向きに応えたことは意外だった。
リーダーであるアランの様子がおかしいことはしばらく前から仲間たちも気づいていたが、いつになく真剣な面持ちに聞けずにいたのだ。
「思うところがあってね……と誤魔化してもしょうがないか」
アランは普段の癖で心配を掛けないように何でもないことのように振舞ったが、それでは問題の先送りにしかならないと思い直す。
「はっきり言おう―――今のままじゃ俺たちは……四等級どまりで終わる」
アランの言葉に仲間たちは黙ったままだ。
彼らの表情が物語っているのは驚きや怒りといった感情ではなく、”ああ、やはりそうか”という納得のものであった。アランと同様、皆も薄々感じ取っていたのだと。
「だけど俺はここで終わる気はない。皆もそうだろ?」
地道な努力を積み重ね続け、驕らず邁進してきた。
だがそれだけでは駄目なのだ。壁を越えるには……三等級、人外と呼ばれる域に至るためには、時に常人では考えられない選択をしなければならない。
真っ当ではないと言われる職業である冒険者の中でも、さらに輪をかけて外れる必要がある。一見まともに見える高位冒険者たちも皆、申し合わせたようにどこかおかしな部分は持ち合わせている。
「ま、そんなとこだろうと思ったけどよ。マルトとリスティとも話し合ったが、俺は四等級でも十分だと思うんだが……大将が言うなら付き合うぜ?」
ライルに続いて二人も頷く。
心強い仲間たちの応えにアランは心底から安心した。これまで仲間に相談できなかったのは、心のどこかで”お前にはもうついていけない”と言われることを恐れていたからだ。
仲間から見放されて一人になることを恐れてしまった。
本当に上を目指すのなら、たとえ一人になろうとも自分の心を偽ってはいけないのだ。
アランはそれを一人の剣士から教えられた。
他者を寄せつけず、たった一人で二等級にまで上り詰めた孤高の剣士の背に、アランは冒険者としての道を見い出した。
だが一人ではない。仲間は皆、自分の我儘についてきてくれた。
こんなに嬉しいことはないではないか。
「みんな……ありがとう」
アランは感極まってこみあげてくる熱いものを我慢しながら、なんとか感謝の言葉だけを口にした。
その時、外から声がした。
悲鳴に近いものだったが、命の危険を知らせるものとは少し質が違う。
すわ魔獣か野盗かと反射的に武器へ手をやった面々が怪訝そうに顔を見合わせる。
「……なにやってるのかな。アレ」
外を覗いたマルトの視線の先、最後尾の馬車の方。
そこでは何故か大男二人と、件の孤高の剣士が完全装備で馬車と並走していた。




