74話 「二人だけの話し合い」
ルナは自分の抱えた想いを正直に綴った。それをメルトはどう受け取ったのか、全く心に響いていないわけではないだろう。
メルトは何を思ったか瞼を伏せると、
「やっぱりルナちゃんは変わらないのね。……私ね、あの日、最後にルナちゃんと話した後、もう一度考えてみたの。あいつのこと……『冒険者狩り』についてのこと」
彼女が「冒険者狩り」に思考を巡らせるのは相当辛かった筈だ。だって、メルトが「冒険者狩り」について思い出そうとすれば、それは両親の悲劇まで思い出さなければいけないからだ。
そうまでして、もう一度考えを巡らせたということは、あの時のルナの言葉は、メルトの両親や「冒険者狩り」の被害者の遺骨が収められた墓場で話した言葉は、思っていたより彼女の心に届いていたのかもしれない。
「それで、思ったの。やっぱり私は……あいつを信用することはできない。それに、今でも復讐したいって気持ちは変わってない。私には両親はそれだけ大事なもので、大切なものだったから」
ルナには家族の記憶はない。今でも生きているのか、もう既に亡くなっているのか、判別できない。ルナの記憶の最後にはファルベとの出会いしかない。
最初は……まるで霧でもかかっているかのように不鮮明で、正確な情報が入ってこない。
だけど、メルトがそこまで大事に思う気持ちも理解できる。
「それは、ルナにも分かってます。でも、失礼を承知で言わせてもらいたいことがありまして」
「言いたいこと?」
それでも、言わなければいけないことがあった。ルナはこれまで何度もメルトの心情を聞いてきた。初めて彼女と出会って、この国まで来た時もそうだし、墓場での邂逅の時もそうだ。
そうして彼女の人となりをある程度知った上で、ルナはずっと気になっていたことがあった。
彼女がこれだけ話しているのに、一切言及しなかったこと。一言も、話さなかったこと。一回だって触れなかったこと。
ただ、今まで聞けずにいた。一切語らないことが、暗に触れてはいけないことだと言っているようで。
ルナにとって相手が自発的に話さない事柄は、地雷だという認識だ。ルナがこれまでの人生で一番接してきたファルベがそういう人間だったから、他の人間にも自然とそういう認識になってしまうのだ。
勿論、全ての人間がファルベのような性格だとは思っていないし、メルトもそうだとは分かっているのだが、染み付いた考え方はそうそう変わらないものだ。
ともかく、ルナのは気づいていても言えないことがあった。それは、
「メルトさん。あなたはずっと復讐を果たすって言ってらっしゃいましたよね。死んだとされていたししょーを追いかけてまで」
「そうね。私は四年前からあの時まで、そのことだけを考えて生きてきた。当時の友達にも、知り合いにも、『冒険者狩り』は生きていると言い続けて、復讐の果たされる日を心待ちにしてた。それがどうしたの? まさか、それが間違っているだなんていうの?」
「いえ、今更メルトさんの生き方を否定する気はありませんよ。そういう生き方もあると思いますし、メルトさんにとってはそれが正しい生き方だったのかもしれません。でもそれは――」
彼女は復讐を考えていた。四年間、ひたすらに。恐らくは、周りからは死んだ人間をいつまでも生きていると信じ込む変な人間だと思われていただろう。だって、同志が集うはずのこの村ですら彼女はそう認識されていたのだから。
本来、メルトのような年代が経験するような青春も、何の変化もない日常も、他愛無く笑い合う友情も、全て復讐の色で塗りつぶされていったのだろう。
それは、きっと。そんな生き方は、きっと。
「――あなたの両親が望んだ生き方じゃない筈です」
知った風な口を聞いているが、そんなことは関係ない。いや、知った風な口上等だ。知ったかぶりだろうがかまうものか。
自分のために自分の娘に復讐して欲しいと願う両親など、いるわけがないだろう。いてはいけないだろう。いてたまるか。
親は模範であり規範だ。誰より正しく生きて、それを子供に継承すべき人間である。子供にとって正しい生き方とは、自分の親が歩んだ道のりであり、在り方だ。
「確かに、メルトさんは酷い目にあったかもしれません。でも、言ってましたよね。両親は、メルトさんを生かそうとしてくれたってことを分かってるって。それは普通の女の子として幸せに生きて欲しいってことじゃないんですか」
「それは……」
「少なくとも、自分の幸せを捨ててまで復讐心に囚われた生き方を望んではいなかったってことは、ルナにも分かります。だって――『親』ってそういうものじゃないですか」
ルナは親という存在をよく知らない。――知らない筈なのに、ルナの口からは知ったような言葉がすらすら出てくる。
なんとなく、親という人間がどういうものなのかを理解できている。それがどうしてか、ルナ自身にも理由は分からないけれど。
メルトは何か反論しかけて、口をつぐむ。そのことにルナは少しだけ驚く。ルナはメルトから怒られるものだとばかり思っていたからだ。
知ったような口を聞くな、何様のつもりだ、家族のことを何も知らないくせに、そういう罵声を浴びせかけられると思っていたのだ。
しかし、今のメルトの目には悲しみはあれど怒りはなく、それはあまりに予想外の出来事だった。
とはいえ、たとえどんなに罵声を浴びせられたとしても、それで身を引くつもりはなかったから、結果オーライといったところか。
しおらしく項垂れたメルトはゆっくりと顔を上げると、
「……随分、達観したようなことを言うのね」
ため息混じりに、そう言った。それは一体どういう感情だったのか、ルナがはかりかねていると、
「でも、多分ルナちゃんの言う通りだと思う。お母さんも、お父さんも、私がこんな生き方を選んだって知ったら、怒るだろうし……」
メルトにもその自覚はあったようだ。もしかしたら、復讐に囚われていたようでも本心では分かっていたのかもしれない。そうでなければ、ルナが彼女の執念を否定した瞬間に激昂していてもおかしくなかった。
けれど、メルトはそうでなかった。ルナの言葉を肯定したのだ。
つまり彼女は内心で、自分の復讐心が間違いであると理解していたということだ。
それもそうか、とルナは得心が行った。何せ、メルトは両親の今際の際に立ち会ったのだ。その際に彼らがメルトに対して何を望んだか、何を求めていたのか、知らないはずがないのだから。
「私は……きっと最初から分かってた。でも……いつの間にか、どうしても復讐したいっていう私自身の望みを正当化するために、両親からの願いだって信じ込もうとしてた。それが本当に正しいことなのか、考えもせずに」
メルトは、復讐心に囚われていた自分を否定するように、自虐気味に笑った。
「……取り敢えず、あいつの話を聞くところから始めてみようかな。何かするんでしょ? この後」
「そうですね。……ルナは詳しいことを聞いてませんが」
「でもね。まだやっぱり嫌悪感っていうか、苦手意識はあるの。多分あいつの顔を見るのは……今でも怖いし」
「仕方がないと思いますよ。メルトさんはあくまで被害者ですから」
メルトにとって「冒険者狩り」の顔はトラウマになってもおかしくない。それに加えて、復讐という熱を手放してしまった今なら、尚更。
だから、彼女がファルベを恐ることも、信用できないことも、当然のことだ。
「そこでですね、ルナにいい考えがあります」
「いい……考え?」
「そうです。聞いてみたくないですか?」
自信満々に、ルナは提案する。メルトは理解ができないのか、ルナの提案を口の中で、何度も反芻している。
「それって……どういう……」
メルトのその言葉を待ってましたと言わんばかりに、ルナは渾身のドヤ顔を決めると、
「それはですね――――」
メルトに語り始めた。
*
「ぷっ……あははははは!」
ルナの話を聞いたメルトの反応は、楽しそうな笑い声だった。
「どうですか? これなら、信用できると思いませんか?」
対するルナも楽しそうに口角が上がっていた。二人の間に流れる空気は、つい先ほどより遥かに明るいものとなっていた。
「そうだね。うん、ルナちゃんの言う通り、それなら信じられる」
「それは良かったです!」
互いに顔を見合わせて笑い合う。ひとしきり二人は笑ってから、
「……なら、そろそろ広場の方に戻らなくちゃ。いつ始まるか分からないから、ちょっと早めに向かった方がいいよね」
「ですね。ルナも、その辺りは不安がありますから」
そう言って、二人は立ち上がると、
「じゃ、行こっか」
「はい!」
元気よく、広場に向かって歩いて行った。




