73話 「信じられるのは」
そういえば、他人の家に入るのはファルベのところ以外ではほとんどなかったかもしれない。一応アイナハル王国の王城にも入ったが、それを「他人の家」というカテゴリに入れてもいいのか疑問の余地があるところだ。
ともあれ、ルナは今回がファルベ以外の家に入った、初めての機会だ。
以前、イルの家に誘われたこともあったが、それは途中で邪魔が入ったせいで中止となってしまった。それ以降、イルと何度か遊ぶ機会はあったが家に訪問するような話は出てこなかった。
何か決定的な理由はなかったが、恐らくは怖かったのだと思う。
前回家に行こうと約束したらその直後にルナが連れて行かれてしまったように、またそんな約束をして新たに不安要素が出てきてしまったらと思うと、もう一度家に遊びに行こうなんて考えられなかった。
だから、ルナはメルトの家に招かれたのがこの村において初めての機会であり、
「なんだか……すごく可愛らしいお部屋ですね」
ルナは素直に頭に浮かんだ感想を話した。鮮やかな桃色の壁紙は彼女の女性らしさみたいなものを表しているようだし、枠組みが丸く形成されている棚やベッドの上に大量に乗っかっているぬいぐるみもそれの一助になっている。
他の家具も全体的に丸みを帯びているものが多く、可愛らしい色で統一されている。それら全てが柔らかそうな印象で、彼女の内側に潜む悪意や殺意なんて微塵も感じさせないものばかりだ。
いや、これこそがメルト本来の性格なのだろう。「冒険者狩り」という存在に彼女の根幹が壊されなければ、このまま成長していったのだろう。
それが、より一層ファルベの罪を突きつけてくるような気がして、胸に棘が刺さったようなチクリとした痛みを覚える。
やはり過去に大きな過ちを犯したとはいえ、敬愛する人間の悪い部分を見せつけられると、少なくとも良い子分にはならない。
それはメルトには関係のないことなのは分かっているし、尚且つファルベに対しては過去を知った上で、師匠として仰ぐことに変わりはないのだが。
「それは言い過ぎじゃないかな。多分女の子の部屋なんてこんなものだと思うよ?」
「そうでしょうか……ルナは誰かのお家に入ることが少ないので、あまり実感が湧きませんが」
一応ファルベの家にもルナの部屋はある。ただし、ここまで可愛らしい部屋になっていない。元々ファルベ自身が物をあまり買わない関係で、中々に寂しい部屋になっている上に、何か家具を買おうと提案しても金がないから駄目だと言われるのだ。
現在、冒険者狩りなんてファルベにしかできない職業をしているから、収入は結構あるものだと思っていたのだが、何か買って欲しいとお願いするたびに金が無いと断られる。
魔道具はよほどの金持ちか、貯金を貯めている人間でないと易々と手を出せない代物だからともかくとしても、家具や小物類を買わせてくれないのは流石に金がなさすぎないかとも思う。
前に一度だけその件について聞いてみようとはしたのだが、全然取り合ってくれず、教えてくれなかった。
それもまた彼なりの理由があったりするのだろうか。本当にこの村での出来事を解決したときには、聞かなければいけないことが多すぎる。
それは同時に、ルナがファルベのことを知らなすぎるという意味でもあった。
「そうなんだ……ってそんな話ばっかりするわけにもいかないね」
「あ、そうでした。結局ルナに話って何のことだったんですか?」
「……何となくは分かってると思うんだけど、あいつのことだよ。ルナちゃんが師匠って呼んでる、あいつのこと」
おおよそ検討のついた話だったが、いざ言葉に出されるとやはり空気が変わる。メルトの恨みの度合いは直接目の当たりにしたルナとファルベがよく知っている。
「そ、そのことですか。今日何かするみたいですけど……」
緊張したせいで誤魔化すのか話題を広げるのか中途半端な言葉になってしまった。若干冷や汗も出てきているような気がしなくも無いが、確認する気は起きない。
「そう、あいつはこの村に来て、よりにもよってこの村に来て、何をするのかと思えば……話をするだとか言ってて、もう訳がわからないのよ」
ベッドの上で座りながら、頭を抱えたメルトは、言葉を紡ぐごとにどんどんヒートアップしていく。
「あなたは……ルナちゃんなら、何か知ってるの? あいつが何をしようとしてるのか」
「それは……ルナにも分かりません。ししょーが何をしようとしているのか、聞かされていませんから」
ルナの言葉を聞くと、ガッカリしたような顔でため息を吐く。メルトももう少し情報が貰えると期待していたのだろう。それが正しい反応だと、ルナは理解していた。
「そう。……ていうか、どうしてあいつはこんなところまで来てるのよ。私の魔道具で『呪い』をかけたはずなのに。あいつはあの国から……アイナハル王国から動けなかったはずなのに、ずっと苦しんで苦しみ続けさせてやったはずなのに、どうして!」
今のメルトには、怒りが感じられなかった。彼女の内心に広がるのは、疑問と疑念。理解できないが故の恐怖心と、理不尽に対する慟哭だけだ。
どうして、どうしてと繰り返すメルトは、顔を両手で覆う。彼女の指と指の間から、キラリと光る何かが見えて、ルナはそっと視線を外す。
「ししょーは、メルトさんが思い悩むほど、酷いことはしませんよ。だって、ししょーはこの村の人達と……メルトさん達のような方々と向き合いに来てますから」
「それは……どういう……?」
彼女にはきっと、理解ができないことだろう。ルナだって、ファルベのことを完全に理解しているわけでは無いのだから。
「自分が不幸にさせた人達から逃げずに、向き合おうとしているんです。ただ謝って許してもらう、なんて程度のことでは無いですし、何も考えずここに来たわけでもありません。それだけは、ルナにも分かります」
「なんで、ルナちゃんはそこまであいつのことを信用できるの?それはもう師匠だからとか、そういう話じゃないと思うんだけど」
ある種、宗教的な信仰にも近しいとメルトは思っているのだろう。しかしルナはファルベのことをただ盲信的に信じているわけでは無い。
そこまで信じる理由があるから、彼のことを信じられるのだ。
「ルナはししょーに助けられましたから。ルナは以前、多くの人から嫌われ、疎まれ、蔑まれて生きてました。どこに行っても誰にも歓迎されないし、煙たがられる。そんな場所で生きていました。ずっと、ルナは行き場がなくて、居場所がありませんでした。どうしようもない人生で、行き詰まっているのだと、そう思っていました」
「……」
「そこから、ルナを救い出してくれたのは、今のししょーでした。何度も何度も、ルナのために行動してくれて、誰もしなかったことを、誰もしようとしてくれなかったことを、ししょーはずっとルナにしてくれたんです」
具体性がないのは分かっていた。それでも、ルナは自分が伝えたいことを伝えようと言葉を探す。
今のルナの言葉は全て事実だ。一つも嘘偽りは無いと断言できる。ファルベが当時思っていたことを聞いているわけではないので、彼の心の内までは理解できてないが、ルナにとってはこれが真実である。
「だから、ししょーがこの村に来たのだって、何も意味のないことだとは思いません。ししょーはここの人たちを思っていると、信じられるんです」
人が人を信じるのに、深い理由は必要ない。――ただ助けてくれたから、一緒にいてくれたから、心に寄り添ってくれたから。そんな理由だけで十分だ。




