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67話 「正体の暴かれる日」

 そこは真っ暗な世界だった。前も後ろも、右も左も分からない世界で、意識だけがポツンと浮かんでいた。


 手足の感覚がない。頭も口もないから話せないし知覚できない。眼球もないので、何も見えない。


 脳みそだけが浮かんでいるような世界の中に、何か赤い液体が浮かんでいるのが見えた。いや、眼球がないのに見えたというのはおかしな話ではあるが、確かに見えたのだ。


 その液体が血液であるというのに気づいたのは、そう時間が経たない頃だった。

 誰かの血液が、暗闇を漂っている。それが流れ出す元凶を辿っていくと、キラリと光る刀身が見えた。

 光の入ってこないこの世界で、どうして光っているのか、というのは深く考えるべきではなさそうだ。


 いっそ綺麗だと思える赤色の血液を纏ったその刀身からは、柄が続き、それを握る誰かの腕があった。


 見たことがある腕だ。見慣れた腕だ。何か嫌な予感がして、腕の先に視線を移動させる。

 その人物は、焦茶色の外套を羽織っており、フードからくすんだ黒髪を覗かせている。

 顔はフードに隠されているが、それが誰なのか、すぐに分かった。


 ――『俺』だ。邪悪な笑みを浮かべた俺がそこに立っていた。


 誰かの血を流しながら、これ以上ない楽しみだとでも言いたげに、嗤っていた。


 何がそんなに楽しいんだ。人を傷つけて、殺して、悲しませて。それの、どこか。

 憐れむように視線を送っていると、暗闇に立つ俺がフードを外してこちらに目を向け、


『分からない訳ないだろ? だってお前は――俺なんだから』


 ブラックホールのような漆黒の双眸をこちらに向けてくる。

 彼の言っていることに間違いはなかった。だって彼は、過去のファルベそのもので、かつての過ちを体現する人物だからだ。


 見慣れて、使い慣れた飾り気のない無骨な長剣をぶらりと下げて、ファルベのところまで歩み寄る。


『お前も人殺しだ。いくら大義名分を持って正義を振りかざしても、性根は何にも変わらねえ。自分の身可愛さを一番に優先して動く最低な屑だってことはな。だから、こんなところまで来たんだろ?この村に来て、素直に頭下げて謝れば、赦して貰えると思ってんだろ?それで、お前にかけた呪いを解除して貰おうって魂胆なんだろ?』


 ――違う。そんなことのためにきた訳じゃない。呪いも確かに解除されれば一番ではあるが、それ目的なら、直接謝りに来る必要はない。


 そもそも、ここに来たのがかつての「冒険者狩り」であるとバレた時点で住人から命を狙われる可能性が高い。本当に我が身可愛さで動くのであれば、その危険を犯す理由はないだろう。


『ハッ、どうだかな。お前は変わらねえよ。どこまでいっても、どこまで逃げても。お前の罪は一生許されることはねえし、消えることもない。背負った十字架を見ないように、感じないように生きていくだけだ』


 責めるようなその言葉の直後、外套を被った少年の足元に誰かの死体が出現する。全く見覚えがない。記憶にない。だから当然、名前も分からない。

 うつ伏せで倒れており、表情は見えない。背中には心臓を一突きにされたような傷跡があり、そこから黒く変色した血が見えていた。


『こいつは冒険者の一人だ。所帯持ちで、家族を養うために、魔物を討伐しようと志した普通の人間だ。お前はこいつの名前を覚えてないだろ? 自分が殺しておいて、お前の身勝手な恨みで殺しておいて、相手を知ろうともしなかった。そんな奴が正義面だあ? 笑わせんじゃねえよ』


 それから、倍々ゲームのように死体の数が増えていく。誰か分からない死体が、増えていって、山のような形になる。

 その頂点に立つ少年が、ファルベを睨みつけ、


『これが、かつてお前が見た景色だ。お前が向き合おうとしなかった、罪だ』


 死体の山は徐々に大きくなっていく。


 それら一つ一つが、こうして暗闇の中を漂うファルベをしっかりと見つめていて――



 *



「うあああああ――――!」


 勢いよく、身体を起こした。心臓が今も激しく動いている。呼吸が荒い。冷静な気持ちでいられない。

 呼吸を整えようと深呼吸する。そして、いつの間にか溜まっていた唾が喉につっかかり、思わず咳き込んでしまう。


 無意識的に喉元に手を置くと、湿り気があるのに気付く。持ち上げた手のひらには、大量の水分が付着していた。

 どうやら、意識を失っていた間、随分と汗をかいていたみたいだ。


 少し時間をおいて、頭が平静を取り戻したことを理解した後、自分のいる部屋を見回す。

 ファルベが今座っているのは柔らかいベッドの上。白いシーツが汗で少し湿っている。それに、グシャグシャに乱れているところから、寝ている間随分もがき苦しんでいたようだ。


 部屋の中は物が少なく、良く言えば質素である。窓が一箇所あって、扉が一つ。広さは平均的で、机や椅子が一セット揃っている。


 ごく一般的な部屋で、どの家にもありそうなものだ。しかし、ファルベはこの部屋にどこか懐かしいものを感じていた。


 ゆっくり起き上がって、ベッドから降りる。柔らかい布団は寝そべった自分の身体に合うように沈み込んで、寝心地が良かったため、その快感から抜け出すのは少し名残惜しいような気もするが、このままずっと寝ているわけにもいかない。


 扉に手をかけ、一気に押し開ける。そこには、赤いカーペットが敷かれた長い廊下があった。先程の質素な部屋とは全く様式が違う。

 そして、廊下に出た瞬間、ファルベは自分の中に生じる懐かしさの正体に気づく。


「やっぱり……ここは、師匠の屋敷と同じだ……」


 一年半、「師匠」であるラウラと共に過ごした屋敷と様式がほとんど合致していた。彼女と過ごした屋敷はこの村ではなかったが、構造や様式が同じだと、懐かしい気持ちも出てくるというものだ。


 ただ、違うところは、


「やたら広いな……師匠はこんな広さがあっても使い切れないだろ。廊下も先が見えねえし」


 視界の届く限り廊下が続いていて、終わりが見えない。

 彼女がこんなに広い建物を作ってもらうとは到底思えない。

 だったら、ここを作った人間が好意で広くしたのだろうな、と適当に当たりをつける。


「そういや、なんか師匠を英雄だとかなんとか言ってた連中がいたような気もするな……」


 昨日の夜、ラウラの屋敷に戻ってこなかったのは、この村を直接見てまわるためだった。その中で、誰かがそんなことを言っていたような気がする。


 それもファルベからすれば納得のいく話ではある。ファルベは、今から二年前、十三の時だ。ラウラと過ごした生活で、自分のやったこと、やらかしたことの大きさを知って、それを騎士団に自ら報告した。


 世間に伝わっている言い方をすれば、自首という奴やつだ。

 ファルベはその際、自分を更生させ、自首するように勧めたりしたのは、全てラウラの成果だと伝えた。

 実際、何一つ間違ってはおらず、嘘も吐いていない。最初は騎士団も疑問を持っていたようだが、ファルベがラウラに捕まった時期と「冒険者狩り」のその悪辣な行為がなりを潜めた時期が一致していることから、ある程度の信憑性を得られた。


 また、実戦形式で騎士団の団長と模擬戦を行い、それに勝利することで実力を示し、自身がかつての「冒険者狩り」であるという証明もした。(当然、団長を殺してはいない)


 ファルベの自首に合わせてこういう経緯も公表したため、ラウラはこの国の中でも非常に有名な人物となっているのだ。

 そんな人物が「冒険者狩り」の被害者たちの集まる村に来たのなら、過剰なまでの歓迎を得られたはずだ。


 このラウラに似つかわしくないほどの広さを有する屋敷も、その歓迎の内の一つだと考えれば得心がいく。


 と、そうやって思考を巡らせていると、廊下の途中で下に降りる階段を見つける。

 流石にこれは一階へ続くのだろう。これで一階に行くと見せかけて地下に行く……なんてふざけた真似はラウラらしくもないように思えるから。


 大丈夫だとは分かっていても、慎重に降りようとするファルベだったが、階段を最後まで降り切る前に、


「あ、ししょー!起きたんですね。でも今はちょっと待っててもらえませんか」


 ルナは階段の下からこちらを覗き込んできた。ファルベの足音が聞こえたのか、それともただの偶然なのか。

 ともかくルナは意識を失ったファルベが起きてきたことに一瞬だけ喜ぶ様子を見せるものの、すぐに表情が戻り、こちらを静止するように立ち塞がった。


「は? なんだよ急に。何かあったのか?」


 唐突に意味のわからない行動にで始めたルナに怪訝な表情を向けると、そう問い返す。


「何かあった、というか……ありすぎた、と言うべきか……」


 歯切れの悪いルナの様子は変わらなかった。何か言わなければいけないことはあるのだろうが、言わないように言いつけられているような、そんな言葉の濁し方だった。


 だとしたら口止めしているのはラウラだろうな。


「もういい。本人に直接話を聞いてくるよ。どうせ俺も関係してる話なんだろ?」


 目が覚めてすぐに、そんなまどろっこしいやり取りはしたくない。それに、ルナも平均的以上に聡くはあるが、基本的に子供だ。ラウラから受けた話をちゃんと理解できているか怪しい。


「関係は……確かにあるんですけど、それでも駄目です! 今は、ラウラさんが話をつけていますから……!」


「話をつけてる?どういうことだよ。それに、話をつけるって、誰とだよ?」


 本格的に意味がわからなくなってくる。ラウラが姿を見せないのもそうだし、その理由が誰かと話をつける、というのも気になる要素だ。


 ラウラがつけなくてはいけない話が何なのか、そして話そうともしない相手にこと。全部を伏せられたまま、ここで待機していろなんて無理な話だ。


「ごめんなさい……何も聞かずに戻ってください……」


 必死でこちらを止めるようなルナに一瞬身体が身を引きかけるが、ルナのその反応でやはり何か重大なことが起こっているのだと確信する。


「悪いけど無理だ。俺も話に混ぜてもらうぞ」


 階段の手すりを身軽に飛び越えて、一階の廊下を走る。


「あっ……ちょっと、待って下さーい!」


 背後から、ルナの声が響く。だが、何故か、ファルベには知らなければならないような、知らないままでいてはいけないような気がするのだ。

 だから、声を無視して走り続ける。


 走りながら、考えを巡らせる。誰かと話をつけるということは応接室だろう。

 とはいえ、この屋敷は異常なまでに広い。その上、ファルベはここを隅々まで調べたわけでもないため、どこにどういう部屋があるかまでは分からない。


「でも、応接室を作るとするなら……恐らく玄関から近くだろう。だって、客を呼んで、長々と廊下を歩かせるなんてことはしない筈だからな。だとすると……」


 まずは、玄関を探すべきだ。数多くの扉が並ぶ廊下を渡ってしばらく。


 一際大きな扉が見えた。それの前には靴が並んでいるのが見える。

 ファルベは自分の狙った通り、玄関に辿り着けたのだと確信する。


 それから、一番近い部屋を探そうとして、違和感に気づく。


 玄関の大扉が開いていたのだ。こんな不用心に、それこそラウラが絶対にしないような行為だ。これが何を意味するのか、それを確かめようと玄関に近づいて――声が聞こえた。


「私たちは貴方様を信じていたというのに……どうしてなのですか……?」


 老人の声だ。恐らくこの村の長を務める人物だろう。悲しげで、失望したような、そんな声が聞こえる。


「確かに、生きてることを伝えなかったのは悪かったよ。それは本当にそう思ってるさね。ただ――あいつだってこうせ……」


 ラウラが、何かを言いかけて、その途中で、誰かが言った。



「ラウラ様の言うことでも信用できないですよ! どうして……どうして、貴方は……貴方様は、『冒険者狩り』を匿ってらっしゃるのですか!?」



 ――バレてはいけない真実がバレたことを知ってしまった。




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