58話 「五年前の真実」
その瞬間、ルナは自分の中でバラバラだった点が一つの線で繋がるのを感じた。
ラウラは、検問所の衛兵の前でだけ少年のことをまるで他人のように呼んでいたが、それ以降では親しげな振る舞いをしていた。少年の正体がファルベだったのなら納得できる。
そして、少年がルナと頑なに話そうとしなかったのも、声を出したらバレてしまうからという理由で納得できる。実際一言だけ、それも小さな呟きを聞いたときに、ルナはそれを心当たりがあると感じたのだ。
これがもし、普通の会話だったのならルナは少年が誰であるかにたどり着けた筈だ。
加えて、少年の体調が悪そうだったのもファルベなら理解できる。だってファルベは、ついこの間刃物で襲われたばかりなのだから。
驚いてその場に座り込んだルナは、悪いことだと分かっていながら話の続きを聞こうと耳を澄ませる。
「……誰のことですか? ファルベなんて名前の人間、見たことも聞いたこともないですよ」
「そんなことで誤魔化せると思われてるとはね。アタシも侮られたもんだよ。顔はあんたのスキルでいくらでも弄れるだろうが、それで別人になれるわけじゃあないからね。気づくやつは気づけるさね。ルナのやつにすら一瞬バレかけて焦ってたのに、アタシまで騙せてると思い込んでたなんて、面白いを通り越して滑稽ですらあるさね」
「……はあ、やっぱ騙せるわけねえよなぁ。――お久しぶりです、師匠」
その時に聞こえたのは聞きなれたファルベの声だ。やはり、彼はルナの前では、いや正体がバレる直前までの声は作ったものだったようだ。
そして、顔に見覚えがあったのも気のせいではなかった。ファルベのスキルである「着色」は顔に付着させるとメイクのように扱うこともでき、それで顔がバレないように改造していたのだ。ただ、元の顔の形を変えるわけではないので、完全に顔を変えることができず、それがルナの違和感に繋がったわけだ。
ラウラは出会った段階で気づいていたのだろう。だからこそ、衛兵とルナが気づかないように立ち回ることができたし、彼をやや強引気味に連れて入ってきたのだ。
「そうだねえ、あんたが自首してからもう二年経ってるからね。どうしてこの国に戻ってきたんだい?」
「それは……ルナがここに『冒険者狩り』の被害者が集まる村があるって言ってたからだ。俺がやったことにケジメをつけるために自首したってのに死ねなかった上に、こんな村があるって分かって無視できるわけないだろ」
「まあ、あんたのことだから、自首の理由もそんなことだろうと思ってたけどね。それで? この村に来てケジメをつけるにしたって、その手段は考えてきてるのかい?」
「ああ。俺が生きてるってことをここの住人に話そうって思ってる」
「――!」
ファルベがいつもと変わらない口調で話した言葉に、ルナは大きく動揺する。
ルナもこの村で色々な人と関わって分かった。この村でもまだ被害者の心は癒えていない。その場に犯人がいないから、苦しみや悲しみの行き場がなく、結果として普通の暮らしを振る舞っているだけだ。
そこに本物の「冒険者狩り」だったファルベがその存在を現し、生きていること、そしてこの場にいることを周知してしまったら、その結果は見るまでもなく分かりきっている。
「それをすると、あんたはこの村の住民に殺されることになるが、それでいいのかい?」
「――」
ラウラがそう言うのも当然だ。その理由をルナは身を持って経験している。
この村には、「冒険者狩り」という名前を聞いたというだけで、ここに来たばかりのルナを気絶させ監禁し、尋問をしようとしていた。彼らはルナに直接的な危害を加えることはなさそうだったが、あの時ルナの魔力が起こらなかったら、何をされていたかは分からない。
それほどまでに彼らにとっての「冒険者狩り」は忌むべき名前であり、憎むべき対象でしかないのだ。
それは誰にでもわかる簡単な結論で、それが分かっていながら言っているのなら、ファルベはきっと、
「――それでいいんだ。俺が自分の罪を告白して、和解できるのならそうするし、今もまだ赦されていないのなら、俺は住人達の意思を受け入れる。何を言われようが、されようが全部、受け入れるよ」
ルナの嫌な予感は、予想は、ファルベの言葉によって肯定されてしまった。
「元から俺は、死ぬべき人間だった。あの日、あの時、あの瞬間に、罪を背負って死ぬべきだったんだ。今日まで生きてこれたことがむしろ奇跡ってぐらいだしな」
「……今更だけど、あんたがここに来てるってことは、あいつに何も言ってないんだね?」
「……言ったら確実に止められるしな。こんな体調でしかも長距離移動、そこから俺が罪の告白をする、なんて……言えるわけないだろ」
誰に? 何を? ルナの知らない話が飛び交っていて、それを質問したくなる気持ちをなんとか堪える。
ルナが寝た後にこういう話をしているということは、ルナには聞かせられない、聞かれてはいけない話だということだ。それは話の内容を盗み聞きしていたルナにも理解できる。ここで会話に割り込むのは愚挙でしかない。
気づかれないように、動揺し荒くなる息を整える。その功もあってか、彼女らはルナに気づく様子もなく話を続ける。
「体調が悪い……会った時から気になってはいたが、何があったんだい?」
「……名前は知らないし、顔もあんまり覚えてないけど、突然『呪い』のかけられた刃物で刺されて、それ以来頭痛も吐き気も全身の痛みも治らないんだ」
初めて知る事実が出てきた。確かにルナと通信器で話している途中、どこか違和感を覚えていたがまさかそれがファルベの体調の悪さに由来しているとは思わなかった。
「『呪い』? そんなもの聞いたことないけどねえ」
「どうも付与スキルを何かの物質に『付与』することでその物質に好きな性質を付けることができるらしい。俺を刺したやつはそれに俺への恨みを刃物に付与してたんだ。それが――『呪い』。俺だけに作用する効果だよ」
「なるほど、そういうことかい。そりゃまた厄介なもん背負ってるねえ」
それをあの時、ルナがいた時に話してくれたらよかったのに、と不満に思う気持ちがあった。ルナに解決方法はわからないけど、直接刺した本人であるメルトに話を聞きに行くぐらいはできたし(素直に話してくれるとは思えないが)、ファルベのために頭を悩ませるのも苦痛ではない。
だからこそ、話して欲しいと思うのだ。――と、それはそうとして、もう一つ。
――さっきからラウラさんの発言が軽いな!
そんな率直な気持ちがルナにはあった。「厄介なものを背負っているねえ」で、済ませていいものなのか。ファルベの苦悩はもっと重いものだろうと感じるのだが、ラウラにとってはそうではないのか。
そんなことを悶々と考えていたが、ファルベは全く気にしていない様子で、反論したりする気配はない。
「……結局あんたは一人で何でもかんでも突っ走って、誰にも相談せずに行動する癖は変わってないみたいだねえ。あの日から、何も変わらず」
「――」
「そんなんじゃあ、奴らの善意が浮かばれないねえ。特に、ファルベ。あんたを追放したパーティーのリーダー。あいつの善意が、ね」
「……今、何て……何て言った!」
「あんたを守ってくれてたパーティーメンバー達の善意が浮かばれないって言ったんだよ」
ガタッ、と大きな音を立てて机を叩く音が聞こえた。先程のラウラの発言は、ファルベにとってそれほどの話だったようだ。ルナは詳細を知らないので、重要そう、としか思わなかったが。
「あんたがここに来たのも良い機会だ。聞かせてあげるよ。あの時の出来事を」
そしてラウラは含みを持たせるように、
「――あんたが追放された、五年前の真相を」




