48話 「本来の力」
暗闇の中で、声が聞こえる。前も後ろも右も左も分からない。だけど、いやだからこそ他の感覚が消え失せた中唯一外界とのつながりを持っている聴覚に入ってくる情報が直接脳に伝わってくる。
けれど、それは断片的でしかなく、
「……だよ……面倒くせえ……」
「つっても……なんだからよ……」
複数人の男が何かを話している。だけど脳がまともに働いていないこの状況ではその情報も上手く噛み砕けない。
ただぼんやりと暗闇の海を漂って、どれくらい時間が分からなくなった後、
「なに……ここ……」
目を開けると、知らない部屋だった。質素な部屋で、家具と呼べるものは一切配置されていない。普通より家具の少ないファルベの家に比べてもこの部屋の何もなさが際立つ。
ベッドもないので、ルナがこうして転がされている場所も当然布団やら何やらがあるわけでもなく、冷たく硬い床の上だ。
チラリと一瞥して周囲の状況を再確認し、部屋の中に一つだけ扉が見えた。それがどこにつながっているのかは開けて見ないことには分からないし、外に出ることができるかもしれない。
そう考えて走って扉に向かう。どうやら拘束などはされていないらしく、移動するには苦がなかった。
ドアノブに手をかけ、扉を開こうとするが、
「ん、開かない」
ドアノブはやや動くものの、開くところまではいかず、ガチャガチャとうるさい音を立てるだけだ。
一瞬、スキルか道具で固定しているのかと考えたが、若干動かせていることを含めて考えると普通に鍵がしまっているだけだろう。
内側に鍵穴のようなものは見当たらない。力づくで開けでもしない限り開くことは無さそうだ。
「力づく、でもそれは……」
可能か不可能かでいえば、可能だ。ルナの持つ魔力を解放すればどれだけ強固に施錠された扉であろうと関係なく破壊できる。
しかし、それはできない。それをやってしまえば、いつぞやの失敗の繰り返しになってしまうからだ。ルナの魔力が発生させる圧力は、扉どころかこの家すらも粉微塵にして、ここに住む人間丸ごと被害に合わせてしまう。
「イルさんは、優しい人だって言ってたし、彼らがくるのを待ってた方が良さそうですね」
みだりに騒ぎを起こす必要もなく、無闇に破壊を巻き起こす理由もない。だから、ちゃんと話を聞いてそれで平和的解決を望んだ方がいいだろう。
そうして部屋の奥、最初に目覚めた場所に戻り自分をここまで運んだ男の訪問を待っていると、
「……なんだ、やっと起きたのかよ」
扉が外側から開かれ、中に一人の男が入ってきた。彼はルナが待っていた人物と同じだった。
「どうしてルナをこんなところに連れてきたんです?」
「言っただろ。てめえが『冒険者狩り』なんて不愉快な言葉話してたからだろうが」
男は吐き捨てるように言う。ルナの前に椅子を持ってきて座る。
「それを聞いていたなら、どうしてそれを村の人達に話さないんですか? 別に話して欲しいわけではないですけど」
「証拠もねえのにただ聞いたってだけで話しても信用されるわけねえだろ。それに、たまたまその言葉が出てきたって可能性もないとは言えねえしな」
直後に男は「それで」と話を続けて、
「てめえは『冒険者狩り』とどういう関係だ?」
「――」
どう答えるべきか、ルナは迷う。素直に師匠と仰いでいるなどと言えようはずもなく、うまく誤魔化せないかと模索する。けれど、そうやって悩んでいる最中も彼の不興を買ったようで、
「言えねえってか? そのままはぐらかそうってんなら、俺はてめえを――」
と、男がそこまで言ったところで、扉が乱暴に開かれ大きな音とともに別の人物が入ってくる。
「おい、起きたのか? ……ってなんで拘束してねえんだよ。子供とはいえ、いや子供だから何やらかすか分かんねえぞ」
新たに登場してきたもう一人の男はルナを気絶させた男と似た顔をしていた。兄弟だろうか、心なしか声も似ている気がする。
「つってもなあ……」
気が進まないように言い淀んで、頭を掻く。気の強そうな顔に似つかわしくないその仕草は彼のメンタリティを表しているのか。
渋い顔で眉を寄せる男を横目にもう一人が警戒を解かずルナを注視し、
「縛らねえならせめて外套ぐらいは剥いどけよ! 中に何か隠してるかもしれねえだろうが。それに……クソっ、その外套は嫌な奴を思い出す」
どこまでも警戒をしている男は、相手が子供であるかどうかは関係ないらしい。
中には子供であろうと強力なスキルを持ち、人を殺めるに十分すぎる力を放てる者もいるので、警戒するのも無理はない。実際、ルナもそれに値するのだから。
だが、ルナは本人自体が武器より強力な凶器となるので外套の裏に何かを隠しているわけではない。
ただ、それを素直に話したとしても信用されるとも思えない。だから、自分から脱いで何も隠し持っていないと証明するべきなのだが、それも難しい。
というのも、普段からファルベに外套を着ることを強要されており、人前で脱いだ時にはひどく怒られた。ほんの少しの間外に出るだけでも着ないといけないし、来客――この前のシャルロットの訪問の際にすら着されられた。
ファルベのことだから何かしら考えあってのことだろうと今まで理由を聞かず、指示された通りに着てきた。別に聞けば答えてくれたとは思うが、そこはルナが興味を持っていなかっただけの話だ。聞いておけば良かったと後悔するがそれはもう後の祭りだ。こうして歯噛みしていても答えは出てこない。
ともかく、彼らからすれば身の安全を保障するためにルナの外套という不安要素は排除したいが、ルナはそれをしてには従えない。
筋力で劣るルナは力づくでも襲われればそれを拒むことができず、反撃しようとすれば被害はより大きいものになってしまう。
だから、ルナが一番にすべきことはこの状況の停滞を保つことなのだが、
「チッ、せっかくてめえが自分から脱ぐのを待ってやってたのに、それすらしねえなんてな。そんなら力づくでやっちまった方が早いな」
「でも、こいつが何かスキルを持ってる可能性も……」
「あったらもう既に使ってんだろ。使ってねえ、ってことはそういうことだ」
相手はそれに付き合ってくれないようだ。ルナより二回り大きい腕がルナの着ている外套を掴む。無理だと分かっていながらも抵抗を続けるが、予想通りルナのひ弱な腕ではその抵抗も焼け石に水でしかなく、
「いい加減……諦めろや!」
苛立った声とともに腕に込められた力が一層強くなる。先程より遥かに上回ったその膂力に抵抗などもはや水ほどの効果もなかった。
無理矢理外套を剥がされ、その下にある私服を晒される。それはただの少女の姿でしかなく、一見では男達に従う他に選択肢のない非力な姿に見える。
男達も危険がないことを確認できたのが安心できたのか、少しだけホッとした表情を浮かべると、
「これでてめえは何もできねえだろ。諦めて全部吐き出した方がいいぜ」
卑しい笑みで口角を上げて警告する。――だが、
「は……何してやがる、てめえ……」
直後、大きく目を開いて驚きの声を上げる。その理由は――外套を剥がされたルナがうずくまって、苦悶の声をあげていたからだ。
*
ルナにとって、外套はファルベに着ろと言われていたから着ていただけのもので、それ自体の必要性は正直感じていなかった。
だから、外套は着てもファルベみたくフードまでは被らなかったし、家に着くなりすぐに脱いでしまっていたのだ。
故に、こんな事象は初めてだった。この――身の内から湧き上がる力の奔流が勢いを増して溢れ出そうになることなど。
この感覚には覚えがある。以前、ファルベの仕事を手伝った際にルナが魔力を放出した、あの感覚に近い。
つまりルナの体から外に出ようとしている力の正体は魔力であり、ルナが元々持っていたそれより遥かに膨大な量が溢れ出ようとしているのだ。
あくまで発生源はルナの肉体なのだから、この魔力も元々ルナが持っていたものだと言えなくもないのだろうが。
この魔力を表に出してしまえば、以前の二の舞――いや、以前よりひどい被害を出してしまう。しかも、今回は自発的に放出しようとしているのではなく、勝手に出てこようとしているのだ。まるでこの膨大な魔力は今まで強い力で押さえつけられていて、それが解放された瞬間に外に出てこようとしているかのような。
必死に抑え込むために、その場にうずくまって苦悶の声をあげる。だが、制御のできない暴力の渦は時間を追うごとに勢いを増していって、抑えきれないほどに溜め込まれていく。
ルナは自分の身体を内側から破裂させるような感覚を味わいながら、それでも歯を食いしばって耐える。ただでさえ不審に思われている立場だというのに他の人間を巻き込むような破壊を巻き起こせば関係の修復は難しいだろう。
それに、ラウラにもイルにもメルトにも、それ以外のこの村でできた友人達にも迷惑がかかる。
だから――耐えて、耐えて耐え続ける。これ以上の魔力の膨張はないと願いながら。
目の前の男達が驚愕で目を見開いているのが見える。彼らからすれば突然苦しみ出したのだから、当然のことか。もしかしたら、実はルナの魔力が気づかないうちに漏れ出しているのかもしれない。
だけど、そんなことは関係ない。少しだけ漏れていようと、そうでなかろうとルナの内にあるモノを解放するよりはマシだ。
一秒が、とてつもなく長い。ルナの外套が剥がされて、魔力の膨張が始まってからまだ五分もたっていないだろう。だが、ルナは既に永遠とも言える時間を過ごしているような気分だ。
どれだけ待てばいいのか。どれだけ押さえつければ収まってくれるのか。わからないまま必死に、ただ一生懸命に耐える。
だが、そんなルナの努力も虚しく、慈悲も、容赦もないただの暴力と化した魔力の奔流は止めどなく溢れて――
――ルナのいた建物を跡形もなく吹き飛ばした。




