46話 「鎮魂の儀式」
外は当たり前のように子供たちが走り回っていた。昨日と同じように、誰もが当たり前だと信じて疑わない一日が始まっていた。
その中には、ルナの発した禁忌の言葉が伝わっている形跡は存在しない。
良かった、なんて言ってはいけない。だけど、自分の失言が盗み聞きされていないのを確認できたような気がしてホッとしたのも事実だ。
先日、師匠であるファルベから彼の弱さを聞かされたが、ルナだって彼のことを言えないぐらいに弱いものだと、そう感じる。
胸の奥で湧き上がるその気持ちを抑え込み、すぐさま切り替えると、村の散策を開始する。
「と、思ったはいいんですが……何から手をつければいいのか……」
小さな歩幅で村を巡りながら、ふと考える。ラウラの射抜くような視線から逃れるために勢いで出てきた面が強く、何も予定を立てていなかった。
まず最初にするべきことといえば、挨拶回りだろうか。特に期間を設けているわけではないが、まだしばらくここに留まるつもりであるルナにとっては、村の住人に顔を知ってもらうのが最優先事項だ。
周囲をぐるりと見回して、誰に声をかけようかと思案していると――突如としてドンッ、という衝撃が背中に発生した。
予期せぬ事態に足の踏ん張りが効かず、ふらふらと数歩よろめいて、振り返る。
ルナにぶつかったのは、両手で抱える程度の大きさの球体。蹴るなり投げるなりと遊具としての使い道が多い物体であり、特に子ども達の手持ち無沙汰を解消するのに最適なものだ。
つまり、これをルナにぶつけてしまった相手はというと、
「あ、ごめんなさーい!」
ルナが予想した通り、声のする方向にはルナと同じぐらいの歳であろう少年がいた。
彼の後ろには歳の近い少年少女達が控えていることから、集団でボールを使った遊びをしていたのだろう。
「大丈夫ですよ。では、はい」
足元に転がったボールを拾い上げ、少年に手渡す。ルナよりほんの少しだけ背の高い少年は使い古されたボールを受け取ると、
「……きみはだれ? さいきん引っ越してきたの?」
「引っ越し……ではないですけど、しばらくはここに留まろうとは思ってますね」
とはいえ、そう長くいるつもりもない。せいぜいが一週間かそれ以下といったところだろうが、その時の気分次第だ。
「ならさ、いっしょに遊ばない? この村にはこのボールを投げ合って、相手に当てる遊びがあるんだ。すごくたのしいよ!」
無邪気な笑顔で誘われてしまえば、それを断るのは忍びない。それに、そもそも村の人間との交流を図ろうと出てきたのだ。願ってもないチャンスである。
「そうですね。お願いします」
コクリと一つ頷いた。その時のルナの心は、他の子供と同じように何も考えず、何にも縛られず、遊べるのではないかと、弾んでいた。
*
地面に長方形の線を書いて、更にそれを半分に分けるように線を引き、それぞれに人間を配置して、一つのボールを互いにぶつけ合うシンプルな遊びだ。
その簡単なルール故か、初めて遊ぶルナにも取っ付きやすく、すぐに馴染むことができた。そんな中にも様々な戦術や独自のコツなどがあり、ひどく感心したりもしたのだが。
ともかく夢中になって遊ぶこと数時間、ついに日が頂点まで登りつめ、昼食の時間となった。
総勢十名ほどで遊んでいたが、そのうち半数以上が一度自宅へ帰っていた。
かくいうルナも、昼食は取らないといけないので一旦ラウラの屋敷へ戻ろうと思ったのだが――
「ルナちゃん、いっしょにお弁当たべない?」
隣でそう声をかけてきたのは、ルナと一緒のチームになって遊んだ少女――イルと言うらしい。
セミロングの黒髪に、それと同色の瞳。顔にはそばかすのついた可愛らしい少女だ。
年も近く、同性ということもあって意気投合し、先のボール遊びでは見事なチームワークを見せたこともあった。
そんな経緯で仲良くなった彼女だが、どうやら母親が弁当のおかずを作り過ぎてしまったらしく、分け合うことを提案されたので相伴に預かることとなった。
適当なベンチに腰掛けて、二人で和気藹々と食事する。
そこで、この村について色々なことを聞いた。この村の住人について、誰がどこに住んでいるという位置関係について、そしてこの村の伝統について。(恐らく集落自体はともかく、住人は冒険者狩りの最盛期辺りにやってきたため五年程度の歴史しかなく、それを伝統と呼んでいいのか怪しいところだが)
ここでは、年に一度亡くなった方々を弔うための儀式があるらしい。村の住人全員がそれぞれ花を持ち寄り、墓場一つ一つにそれを添えていく。そして全員で黙祷を捧げるという簡易的なものだ。
それが行われるのが、ちょうど今日であるとのこと。
「ルナちゃんも、ここにきたってことは、わたしたちと同じなんでしょ?わるいひとからにげてきて……それで……」
「ああ、ルナはそうじゃなくて……何というか、連れられてここに来たんです」
「つれられて、なんだ。えっと……だれに?」
「メルトさんですね。イルさんも知ってますよね」
「知ってる……けど」
うつむいたイルが話しづらそうに言葉尻を窄める。その様子に違和感を覚えて、
「どうしました?」
「うーん……この村の大人の人たちがね、あんまり良く言ってなかったから……。もうこの世にいない人にふくしゅう?しようとしてるかわいそうな人だ、って」
なるほど、と合点がいった。この村……いや、この国の中ではファルベが処刑されたという情報が絶対的であり、その意に沿わないメルトはそういう目で見られてもおかしくない。
「そう、なんですね。それはそうと、その儀式のことですが、ルナも参加させて貰えるんですか?」
「うん。わたしといっしょなら、たぶん大丈夫だとおもうよ。だけど、むりに来なくてもいいよ? わたしたちと違って、だれともはなればなれになってないなら、思い入れもないだろうし……」
意外なことに、参加不参加に関しては選択権があるらしい。このような村の催しは基本的に暗黙の了解のようなものがあるというイメージだったのだが。
イルはまだ幼く、その辺りの事情が察せていないだけなのか。
とはいえ、どちらであろうとも、
「ルナも行きます。……ルナも無関係ではいられませんから」
彼女の意思に揺らぎはなかった。ルナの真摯な言葉に少し驚いて、頷く。――と、その直後。
「おーい、メシくったしはやく続きやろーぜ」
最初にルナに話しかけてきた少年、先ほどまで一緒に遊んでいた子ども達の中心人物の彼が、昼休憩の終わりを呼びかけて回っていた。
「あ! もうそんな時間なんだね。わたしたちもはやく行こ!」
「うん。そうですね」
再び子供が集まり始める広間。その端に位置するベンチから立ち上がり、二人は少年少女の集団に合流しに駆け出す。
*
夕暮れ時、疲れ果てた子ども達が各自自宅へ戻り、伝統行事の準備をする。
ルナも同様に、一度ラウラの屋敷へ帰る。そして、今日知り合ったイルと一緒に参加する旨を話す。それを聞いた彼女の反応は案外普通なもので、
『へぇ。ま、いいんじゃないかい?』
と、それだけだった。
ルナは伝えることは伝えたと屋敷を出ると、事前に教えられていたイルの家に向かう。
お世辞にも大きくはない村のため移動距離もさほどなく、そう時間も経たないうちに到着できた。
家の前まで行くと、イルの両親と思しき男女と、嬉しそうに笑う彼女の姿があった。
手を振り、自分の存在に気づけるよう主張する。そんなルナの思惑通り、こちらに目を向けたイルは来訪者の存在を迎え入れる。
「はい、じゃあこれ。ルナちゃんの分」
母親から手渡されたのは花束だ。言うまでもなく、これから行う儀式に必要なものである。
それを受け取って、目的地へ足早に向かう一家の後を追う。
先日メルトと話すために一度通った道のりだ。案内がなくとも十分にたどり着ける自信はあるが、ほとんど部外者の自分が先頭を切るというのも気が引ける。
ファルベとの会話や、メルトの発言を思い返しながら歩くこと数分。目的の場所に到着した。
墓場の入り口には既に村中の人間が集まっていて、村長らしき老齢の男性が杖で体を支えながら演説を行なっていた。
「そして、我々が亡くなった方の想いを引き継ぎ、決して忘れることなくこれからの人生を共に歩むために――」
少し前から始まっていたのだろう。ルナが聞き始めたのは途中からで、話の流れがちゃんと把握できない。とはいえ、やり方やどういう趣旨の行事なのかというのを事前に聞いていたのでそれほど問題もないだろうと結論づける。
すると横に立つイルがルナの方を向いて、
「まにあったみたいだね。よかった」
ホッとしたような表情で話しかける。
「そうですね。でも、もうお話も終わりそうですけど」
あまり良い言い方になるし、偏見混じりになるが、高齢の人間はだいたいが長舌である。少なくともルナはそう認識しており、村長の話がもう終わりかけということはつまり、結構ギリギリの滑り込みセーフだったのではないだろうか。
「――それではこれより、鎮魂の儀式を執り行う!」
村長のその言葉とともに村人が綺麗に列を作り、墓場の中に入っていく。当然、行列を作る彼らの手には花束があり、一つの墓につき一本ずつ取り出し、供えていく。およそ二十ほどの墓を順に巡り、同じ行為を繰り返す。実に単調な作業だが、誰一人として嫌々やっている人間はいない。何故なら、この墓に埋まっているのは同じ村に住む誰かの関係者なのだから。
ルナもぎこちないながらに前の人に倣って丁寧に花を供えていく。
そうして、ゆっくり時間をかけて全員が花を供え終わった後再び入り口のあたりで集合し、手を合わせて目を閉じる。統率されたその動きに少し驚きつつもルナはそれに合わせていく。
そして、墓場には静寂が支配する。誰も言葉を発さず、ほんの少しの物音すら聞こえない、まるで時間が止まったような錯覚を覚えるほどの静けさだった。
全員がそれぞれの関係者に想いを馳せる。ルナは全くいないのだが、これまでにメルトから遺族の沈痛な思いを聞き、本人ほどではないにしろ理解しているつもりだ。
十分ほど経って目を開けた後、少しだけ村長からの話を聞いて、その場は解散となった。
その場に居残る者、帰宅する者、何人かで集まって話す者など各自で好きなように振る舞う。
ルナはイルとその家族にお礼を言い、ラウラの屋敷に帰ろうとする。
暗く深い闇の中、見知った道を通って歩く。
その途中で、
「……あの子が、そうなのか」
「……ああ。間違いない」
――そんな声が、聞こえた気がした。




