39話 「『師匠』の経緯」
「――え?」
一瞬、時が止まったような感覚になった後、思わず呟く。
彼女が何を言っているのか、理解できなかった。
「すみません。ルナが聞いていた話だと、貴方――ラウラさんは冒険者狩りを捕らえた方ということだったので、少し食い違いがあって愕きました」
「アタシが捕まえた、ねえ。ま、それも間違っちゃいないさね。ところでそれは誰から聞いたんだい?」
「メルトさんからです。ここまで……半強制的に、ですけど連れてきてくださっている間に、そう聞きました」
その答えを聞いて、ラウラは驚きを隠せない様子で目を見開くと、
「メルト……! あの子から……てことは、ここに帰ってきてるってことだね!?」
体を前のめりにして、捲し立てるように質問する。いきなり反応が変わったラウラに対し動揺したルナは、
「は、はい。そうです」
なんとか、それだけ返す。何に対してそんなに食いつくのか。
「あの子が戻ってきてるってことは、もしかして……ファルベのやつ、殺されちまったってことかい?」
ルナの聴き慣れた名前が耳に入って、思わず唾を飲み込む。
ファルベ、それはルナにとって師匠と仰ぐ人物の名前であり、メルトによって刺された彼のことだ。
彼を刺した当事者のメルトの言葉を信じるのであれば、師匠は命を失ったりはしていない筈だ。
だが、それも不確かだから近いうちに確認は取っておきたいところではあるが。
「殺されてはいない筈です。あくまでメルトさんの言葉を信用するなら、ですけど」
「でも、あの子が……メルトが帰ってきてるってことは復讐を果たしたんだろう? それで生きてるなんて辻褄が合わない、って言いたいところだけどねえ。メルトはそんな嘘をつくような子じゃない。あの子が殺していないって言ったならそうなんだろう」
随分と信頼をされているようだ。とはいえ、実際に本人と対話しないと確信には至らないので、答えの出ない疑問は一旦置いておいて、
「それはともかく、話を戻しますね。さっきラウラさんが言ってたことなんですが」
「あー、アタシが『冒険者狩り』……ファルベのやつを捕まえたって話かい?」
「いえ、それより前の方です。ししょ……彼に、師匠と呼ばれていたこともあったというところです」
かつての師匠がどういう経緯でラウラのことを師匠と呼ぶようになったのか。
ラウラとの関係が今の師匠にとってどのような変化をもたらしたのか。
その辺りの事情を詳しく聴きたいところだ。
「そうだねえ。あんたはファルベが五年前から一年半ほど冒険者を殺害する『冒険者狩り』として活動していた……ここまでは良いね?」
「はい。それは大前提として認識しています」
メルトからこの村に向かう馬車の中で憎悪混じりに説明された通りだ。
彼女のことを全く信用していなかったわけではないとはいえ、こうして第三者からも全く同じ情報がもたらされたことで、師匠の過去が紛れもない事実であることが確定した。
「あいつはその期間で五十人の冒険者を殺してきた。わざわざいう必要もないと思うけど、それは異常事態だ。これまでに同じようなことをした人間は確認されてないしねえ。加えていうなら殺した人間が全部冒険者だったのも異常だ。魔物を倒す職業になるんだから、どれだけ階級が低くても一般人よりは強力なスキルを持ってるんだ。普通はそんな連中を殺そうとなんてしないし、考えもしない」
ラウラの言葉に反論も異論もない。ルナはルナの師匠とともに色々な冒険者と会ってきたが、下級とはいえ誰も彼もが人を簡単に殺してしまえそうなほどのスキルを持っていた。
いや、実際に人を殺している者が多かった。だから、冒険者という職業に就く人間は全員がそのレベルに達していると言われても不思議はない。
「それでね。およそ四年前、一応アタシも冒険者だったからね、当然のようにあいつから狙われたんだ。当時は嘘みたいな噂が流れているような奴だったから、まさかアタシみたいなのを狙ってくるなんて思っていなかったんだけどねえ」
「ラウラさんってすごいんですね。メルトさんから聞いた話だとししょーから狙われた人はししょーの姿も見れずに殺されるみたいな感じだったのでそれで今も生きてるというのは……どうかしました?」
「く、ははは。『師匠』、ねえ。いや、なんでもないさね。続けていいよ」
「ちょっと過剰な表現だったかもしれないですが、姿も分からないままに殺されるって言われている人に襲われて今もこうして生きてらっしゃるので」
過剰な表現かもしれないとルナは言ったが、彼女はその話が過剰だとは思っていなかった。
師匠たるファルベの戦闘に関しては一年近くそばで見てきたのだ。そこから考えても師匠にそのぐらいの技術はあるだろう。
「アタシはちょっとばかし、普通より殺気とか敵意って気配に鋭くてねえ。暗闇から這い出るみたいに襲ってきたあいつの攻撃にも反応できた。今はどうか知らないけど、当時のあいつは暗殺の技術しかなかったからねえ。初撃が防がれた後の行動には粗が多かった。だから、大人気なくはあるけど、力づくでとっ捕まえたのさ」
「捕まえたんですね。酷い噂ばかりが流れていたししょーを殺そうとするわけでもなく」
「そうさねえ。被害者の遺族からすればそうして欲しかったところだろうけど、当時のアタシはそんな正義感より、驚きと哀れみみたいなのが強かったのさ。だってそうだろう? 冒険者に恐れ慄かれる最悪の殺人者が、まだ十一歳の子供だったんだからさ。なんでその年の子供が殺人なんかに手を出したのか、そんなことでもしないとどうにもならない事態に遭ったんだろう、なんて考えちまっても仕方ないだろう?」
ルナには何も言えなかった。それは、どちらの言い分も理解できてしまったからだ。
仮にルナが被害者の関係者だったら、殺してしまいたくなるかもしれないし、彼より年上で襲われてもそれを防げるだけの力があれば、何でどうしてと考えてしまうかもしれない。
「でも、話を聞こうにも捕まえた時のあいつは会話ができるような状態じゃなかった。だから、身柄を拘束したまま、アタシの家まで連れ帰ったんだ。時間をかけて閉ざした心を開けてしまえば、ちゃんと話をしてくれると思ったわけさね」
「それでラウラさんがししょーと呼ばれるようになったんですか」
「実際にそうなったのは、一緒に暮らして半年経ってから、だけどねえ。何せ最初は毎夜毎夜アタシを殺そうと襲いかかってきてたからさ。だけど、顔も居場所も割れたあいつに殺されてはやれないさね。何度も押さえつけて、色々教えてやったよ。特に、スキルの使い方なんかはね。真っ先に教えたのは、『絵』の描き方だったかねえ」
「絵……ですか?」
突然出てきたその単語に引っかかりを覚え、聞き返すルナ。
「そうさ。あいつの『着色』と同じようなスキルは他にもいたけど、そういう奴らは絵描きになったり、化粧なんかを専門とする職業に就いてるからねえ。無理やり戦いに使うような考え方から改めさせようと思ったのさ。当時のあいつの絵は今思い出しても酷かったさね。何たって、白と黒しか扱えなかったからねえ」
そう言って、ラウラは懐かしむように天井に目を向ける。
そこには悪感情のようなものは一切感じられなかった。
「まあ、それからもいろんなことがあったんだけどね、後は本人から聞いてくれ」
天井に向けていた視線をルナの方へ戻し、柔らかな表情が彼女の顔から消えて、
「アタシと暮らしてから一年と半年、つまりは今から三年前のことだね。あいつはアタシに何も言わずに、アタシの前から姿を消したのさ」
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