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32話 「消えぬ業」

 ――「それ」が世間に噂されるようになったのは、今からおよそ五年前のことだ。その年に、冒険者の間で奇妙な出来事が起きていた。


 夜に冒険者が街の中、もしくは村の中、それ以外で一人で歩いていると、何者かに殺されるという事件だ。


 背後から首を斬られ、反撃するひまはおろか、相手を視界に収める時間すらないという。


 そんな、少し信じられないような噂は最初、カリアナ王国内のギルドで流れており、けれどそれを信じるものはほとんどいなかった。大抵が酒の肴程度の認識で、自分の身に危機が起きるかもしれないと予期していた人間はいなかった。


 もし仮にそんな殺人者がいたとして、実力のある冒険者か、騎士、或いは衛兵がすぐに取り押さえることだろうと、楽観的に見ていた。


 しかし、冒険者を殺す存在の噂はいつまで経っても消えることはないし、高い頻度で街の掲示板には首を斬られて失血死した人間の情報が記載されていた。


 日が経つに連れ、次第に人々はその存在が確かにこの国にいて、いつ自分たちに危害を加えてくるのか分からなくなり、他人事ではいられなくなった。


 更に極め付けの事件といえば、カリアナ王国騎士団の騎士と冒険者が、同じ場所で殺されたことだ。


 殺された冒険者は、その存在の危険度をいち早く理解し、夜道を歩くときは騎士を、それも実力を認められた優秀な人物を同伴させていたのだ。……させていたにも関わらず、その人は行動を共にしていた騎士と同じくして命を絶たれてしまったのだ。


 犯罪者から国を守る騎士。魔物から人類を守る冒険者。この世界に平穏を維持し続けるための職業が同時に殺されてしまったとあれば、それを楽観視できる者がいるはずがない。


 いつしか名前のない、正体不明のその人物を恐れた冒険者達の中で、とある異名が広まっていた。


 冒険者を殺し、冒険者を守ろうとする者を殺し、冒険者という存在そのものに対する怨念が具現化したが如きその者の名は――



 ――「冒険者狩り」



 そう、呼ばれた。



 *



「それは、本当何ですか……?」


 話を聞いていたルナは思わずそんなことを聞いていた。


「本当よ。そのせいで、一時期カリアナ王国内で夜に出歩くことができなくなったこともあったのよ」


 予想外、そんな言葉では表しきれない動揺がルナを襲う。

 あれほど殺人を嫌う師匠だ。彼の過去がそれほど凄惨なものだったなんて、考えたこともなかった。


「何でアイナハル王国でも『冒険者狩り』なんて悪趣味な名前を名乗っているのか、知りたくもないけど、あいつの精神があの頃から変わってないんでしょうね」


「それは……」


 違う、と言いかけて止める。実際のところ、ルナが師匠について知っていることなどそれほど多くはない。

 そもそもどうして冒険者を辞めたのか、という質問をするのに一年かかったルナが、彼のことをよく知っているわけがない。


 けれど、ルナはそれでいいと思っていた。師匠も積極的に話そうとはしなかったし、というより積極的でなくても話そうとしなかった。

 それに、そんなことを知らなくても、師匠はぶっきらぼうながらもルナを大切にしてくれた。そんなことを気にしなくても、いつも通り楽しい毎日を送れていた。


「今の『冒険者狩り』の仕事、色々と聞き回ってたんだけど、どうも犯罪者を取り締まってるらしいわね。意味わかんないよね。他の誰よりも、あいつが一番の犯罪者の癖に」


 消えることのない罪を背負っている師匠が、いつも犯罪者を相手にして最初に自首を勧めているのは、犯罪者に対する共感、或いは同情だったのだろうか。


 結局はそれも、ルナには計り知れない部分であるのだが。


「話を聞いた中で知ったんだけど、あいつ、犯罪者を捕まえるのに真正面から挑んでいるようだけど、ルナちゃんはそれをおかしいと思わなかった?」


「おかしい……ですか? そんなことないと思うんですが」


「おかしいじゃない。だって、あいつのスキルは背景に溶け込んで視界から消えるものなのよ? どう考えたって正面からの戦いに向かない、()()()()()()()()()()()


 透明になる。師匠の場合は擬似的なものだが、相手の視界から消えるというのは、相手から気づかれないのが一番の強みだ。


 気づかれていない内に相手の急所を狙って不意打ちできる、それはまさに暗殺向けだと言える。


 きっと彼は、本来暗殺しか戦い方を知らなかったのだ。だって、元は不意打ちで冒険者を殺すために磨いたスキルなのだから。


 恐らく、今の冒険者狩りとして仕事をするようになって初めて、殺さない戦い方を覚えたのだ。


 ルナも不思議に思っていた。戦闘になるとわざわざ相手を煽るような強気な口調になったり、命を絶つのも容易なほどの技術で的確に手足の腱を狙って行動不能にしたり。


 その理由は、最初から居場所の割れている擬似透明化を有効に働かせるために、相手を煽って集中力をかき乱し、注意を散漫にさせているのだ。


 そして、手足を動かせなくすることで殺さずとも戦いを終わらせられる。


「まあ正直、あいつがどう考えていて自分のスキルをどう使って、なんて私にとってはどうでもいいんだけどね。私のやりたいことは達成できたから」


「やりたいことって、それは……」


「――復讐」


 ボソリ、と俯き気味に呟く。その言葉には、強い意志が込められていて、ルナは思わず唾を飲み込む。


「私の両親は、冒険者だったの。冒険者としての活動を通して出会ったみたいで、私から見ても夫婦仲は良かった。私もそんな両親が好きだったし、今も好き。でも、四年前に、死んじゃったんだ」


 四年前。それは師匠が、本当の意味での「冒険者狩り」だった頃だ。

 つまり、彼女の両親を殺害したのは、


「あいつに、殺されたんだ。丁度その日は家族旅行からの帰り道で、私と、お母さんと、お父さんの三人で家に戻ろうとして馬車に乗ってたんだけど。途中で一旦休憩しようって流れになって、馬車を降りたの。そのすぐ後に、あいつが私達を襲いかかってきて、お父さんが庇ってくれなかったら、きっと私が最初に殺されてたと思う」


 そう言う彼女は、当時を思い出したのか、その目に憎しみの炎をたたえていた。


「お父さんは殆ど瀕死の状態で、お母さんも頑張って応戦してくれてたんだけど、あの時の私でもお母さんの方が劣勢なのは分かってた。それぐらい実力差があって、お母さんもそう思ったから、私を、馬車に無理やり押し込んで、逃してくれたの。そうして逃げた後で、両親が殺された事実を町の掲示板で見たわ。当時は私が足手まといだったからだって自分を責めてたけど、私を生かそうとしてくれたんだってこと、今なら分かる。分かるから、両親が大好きだし、その両親を殺したあいつを許せない」


 過去の師匠に襲われた時に、彼の顔を覚えていたのだろう。だから、店の近くで師匠を見つけた時に、迷いなくこちらへ走ってきて、何の躊躇いもなく刺せたのだ。


 四年もの間、ずっと師匠であるファルベの顔を覚え続けて、虎視淡々と復讐の機会と方法を模索して、こうして実際にやり遂げた。

 どれほどの恨みがあったのか。どれだけの悲しみを積み上げたのか。どれほどの憎しみを抱え続けてきたのか。


 彼女の告白を聞いて、ルナは複雑な心境だった。師匠と過ごした一年間で、彼に対して少なからず好意的な感情はあったけれど、彼女の――メルトの過去に同情する気持ちも強かった。


 かつての師匠の行為は到底許されることではない。どれだけの贖罪を重ねても、いなくなった者達は、帰ってこないのだから。

 彼女の心も理解できて、ルナの知っている師匠の姿も信用したい。だから、


「メルトさんがししょーを恨んでしまう理由も、納得できました。でも、ルナはやっぱり今のししょーがあなたの恨むような人間だって思えません。だから、ししょーとちゃんと話し合って、それから決めたいと思います。ししょーとどう付き合っていくのか」


「そう……今は、それでもいいわ。でもね、これだけは知っておいて欲しいんだけど、私は別に意地悪でルナちゃんにあいつから離れろって言ってるわけじゃないの。私みたいな気持ちになって欲しくないから、ただ憎しみだけを持って生きていくような人間になって欲しくないから、言ってるの」


 それは、なんとなく分かっていた。師匠のことを話すときはともかく、ルナと話すときは穏やかで、優しい言葉遣いだったから。

 師匠と出会ってしまう前は、優しい方だったんだとそれが想像できてしまうぐらいに。


「分かりました。ご忠告、ありがとうございます」


「素直ね。やっぱり、ルナちゃんはいい子……と、着いたみたい」


 そう言って、メルトは馬車の窓を開けて、外を覗く。つられるようにルナもそれに続くと、アイナハル王国を抜けた後に見た巨大な壁と同じ物がそこにあった。


 この壁の向こうが、メルトの故郷。そして、ファルベの「罪」が始まった場所。


 ――カリアナ王国。


 ルナはその土地へ足を踏み入れることになる。



ファルベ君の過去話、第二弾です。一応、彼の過去は四部作になっているのですが、この章で全て明らかにする予定です。


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