24話 「出会い、そして…」
王城から出て、また数時間ほどかけて自宅に戻ったルナとファルベは、着々と準備を進めていた。
準備というのは勿論、「中級」の犯罪者が確認されたという南の湖に向かうための準備のことだ。
「そういえば、ししょー。ラルフさんから話を聞いた時から疑問に思ってたことなんですけど、今日はルナに着いてくるなって言わないんですね」
棚の奥をゴソゴソと探っているファルベに、一つ気になっていることを質問する。
彼は仕事の際にルナを置いていくことも多い。それはルナの魔力量の多さと技量の無さ故に、下手に扱うと犯罪者も含んだ周囲の人間を殺しかねないという危惧からのものであると理解はしている為、今回もそうなのだろうとたかを括っていた。
だが、家に着くまで、そして家に着いてからも彼が一向にその話を切り出さなかったので、つい聞いてしまう。
「これは俺のミスなんだが、あいつと別れる前に捕縛対象のスキルとか聞いてなかったからな。下級なら最悪の場合、情報を持たずに行くのもありだが、いやそれも駄目だけど最悪しょうがないとしても、今回は『中級』なんだ。不測の事態が起こり得る」
下級冒険者は、その下の階級である初級冒険者から一年という期間が過ぎれば、実力の如何に関わらずなれるものだ。
それに比べて「中級」はギルドの依頼をこなし、その実力を認められた者のみがなれる階級であり、今回の対象もそれだというなら、出来る限り警戒しておくに越したことはない。
因みに「上級」は、実力が認められたらとかそういう基準ですらない。彼らの評価基準は「制限がないこと」だ。
普通、スキルには制限がある。ファルベだってそうだし、シャルロットの所有する「時間停止」スキルもそうだ。
だが、上級と認められた者達にはそれがない。発動するのに何らかの条件が必要なこともないし、いくらでも威力も、規模も大きく出来る。
スキルの強さに際限がなく、どこまででも高めることができるのだ。
「それと、聞いた限りだとそいつが発見された原因って冒険者を殺したから、だろ。つまり対人戦闘にある程度経験がある奴ってことだ。スキルは確実に俺以上で知識もあるとなると慎重になったほうがいい」
「だから、保険として、ルナも連れて行ってくれるんですか?」
「そこまで悪意ある意味で言ってないけどな。まあでも、正直そんな感じだ」
「そうですか。ルナは保険でも気にしないですけど」
ルナに変な気を使わせてしまったようで、少し罪悪感を覚える。
「にしても、中級冒険者が同じ冒険者を相手にするなんてな。……俺と同じようなもんか」
「ししょーとは全然違いますよ!だってその人は、その……冒険者を……こ、手にかけてしまうんですよね。ししょーは悪い冒険者の方を捕まえるだけじゃないですか」
たとえ相手が殺意を抱いていたとしても、ファルベは殺しを行わない。その理由についてルナは深く聞いたことはないが、彼はぶっきらぼうな話し方ととは逆に心根は優しいことから、その理由もそれに準じたものだと解釈していた。
どんな理由であれ、彼が殺しを行なっている場面を見ていない以上、今回の対象と似ても似つかないとしか言いようがない。
だから、
「――ッ!」
彼のその顔を見たときに、何も言えなくなってしまったのだ。
鎮痛な面持ち、ではない。悲しそうな表情、でもない。まるで意表を疲れたような、表情という名の仮面が剥がれ落ちたような、そんな顔。
「――」
それから口を結んで、眉を寄せて、揺らぐ視線をルナに向ける。
そして、彼の内に秘めた感情を抑制したような震えた声で、
「……そう、だな。ぼ……俺は、そうだった。その筈だった」
力なく握られた拳を胸に当て、瞑目し言い聞かせるように、自分自身の在り方をその魂に刻み込むように、彼は独りごちる。
「ししょー? どうかなさったんですか?」
意識がここではないどこか遠くへ行ったような曖昧な感覚が、ルナのその一言で現実に引き戻される。
ぼやけていた視界がクリアになり、ルナの心配そうな顔がはっきりと視認できる。
「ああ、悪い。ちょっと感傷に浸ってた。俺らしくもねえ」
他人に見せない姿を見られた恥ずかしさを誤魔化そうと、ポリポリと頭を掻く。
「とにかく、今日のところはルナも同行してもらう。その理由は最大限不慮の事態をなくす為。それだけ理解してくれればいい」
「分かりました!」
いつもの元気な声。かつてなら、煩わしくもあったその声は、彼女と出会って、ルナと行動を共にしていつしか彼の精神を支える一つとなっていた。
それがちゃんと、再確認できたから、
「――ごめんな」
ルナとすれ違いざまに一言、そう呟く。
彼女は何故、そんな言葉を受けたのか分からないだろうし、分からないのが普通だ。けれど、それでいい。結局のところ、これは彼のエゴでしかないのだから。
*
現地に着いた頃には日も沈み、辺りは暗くなっていた。
空から放たれる仄かな光が夜の闇に包まれた世界を照らしてはいるが、それも視界を確保するためには不十分だ。
「出来ることなら今日中に会いたかったんだけど、こうも暗いと危険すぎるな。取り敢えず、近くの村で休んで朝になってから湖の方に向かおう」
湖に向かうまでの馬車の中。ファルベは小窓を覗いて言う。
彼は過去の経験によって闇の中でもある程度視界が遮られないとはいえ、それでも明るい方がいいというのは他の人達と同じだ。
だから、彼の出した結論も当然の帰結で、
「そうしましょう。ルナも王城に行って気疲れしたんでちょっと休憩したかったんですよー」
ルナもそれに同意する。やはり慣れない環境で手持ち無沙汰だと、精神的に疲れたようだ。
「すみません。この近くに宿のある村ってありますか?」
ファルベが、ぎこちない敬語で御者に話しかける。この辺りへの土地勘がない為、近辺に村や町があるかどうかも分からない。
無かったら最悪野宿だな、と呟くとファルベの対面に座るルナが嫌そうな顔をする。
十歳の子供に野宿をさせるのも忍びない(ファルベも十五歳なのでそこまで大きくは変わらないが)ので、望むらくはちゃんと存在することなのだが、
「そうですね…ちょっと地図で確認しますね」
言って、御者は肩にかけた鞄の中から四つに折り畳まれた紙を取り出し、膝上に広げる。
「すみません、よそ見で事故を起こす可能性も少なくないので、一旦停止させて頂いても宜しいですか?」
人気がないとはいえ、全くいないとも限らない。その上この暗さなら、万が一のことも考えるのはおかしくない。
それに、地図を確実に視認できるよう明かりを点ける為にも一度停止は間違った判断とは言えない。
「良いですよ……ルナ、これからちょっとの間馬車が止まるから、宿に泊まるのも遅くなりそうだ」
先程のファルベと御者の会話を聞いていただろうが、一応確認しておく。
「それでも野宿よりはマシなので、我慢しますよ。ししょーの方こそ、大丈夫ですか?その、ちょっとだけ癖の強い方とあれだけお話しされたので、ルナ以上に気疲れしているんじゃないかと」
「そうだな。でもま、あいつとも付き合いは長いから、慣れたといえば慣れた……と思う。慣れたくねえけど」
ルナは陰口というのも出来ないのだろう。本人がいない時も気を使って遠回しな言葉を選んでいる。
だが、言っていることとしてはファルベの認識と変わらない。
と、その時。
地面の土を削るような音を立てて馬車が急停止する。それで終わればまだ良かったのだが、次の瞬間、馬車が勢いよく傾き、ファルベはルナ共々投げ出されてしまう。
「なんだ、どうなってんだよ……ッ!」
地面に転がる体を何とか制御して、両足の踏ん張りで慣性を抑える。
「ルナは!?」
立ち上がって、周囲を見回す。ファルベと一緒に放り出されたルナの姿を探す。
そこに目当ての姿はなく、あるのは信じられないほど大きいクレーターだけ。
否、それともう一つ。暗闇の中に佇む人影があった。
「あー。あんたぁ……冒険者、で合ってるかなぁ。御者と馬はなんとなくさぁ、殺したけどぉ……あんたが冒険者、ならぁ殺すのがもう一人増えるよねぇ」
そこにあったのは、首が両断された馬の死骸と、ナイフが胸に深く刺さった御者の姿。
――そして、鮮血に濡れた腕で、同じく血に濡れた刀を持つ、男の姿だった。




